お嬢様とレオの初デートですよ!【2】



 いや、まあ、心配はしていたけれど……。


「……え、ええと……きょ、今日は、いい天気で良かったよね」

「は……はい」

「…………。……え、演奏会は、どんな曲が流れるのかな……」

「さ……さあ……」

「そ、そうだよね、分からないよね! …………ご、ごめんね」

「い、いえ、そ、そんな……」


 ……という会話を馬車の裏の席で聞いているのだが。


「お、思っていた以上に初々しいというか……」

「あの、アスレイ先輩……この場合ってどういう感じでお助けすれば良いのでしょうか……」

「お嬢様も王子様も声だけでガッチガッチですよね」


 端に座るメグが若干引いた顔で俺たちを見上げてくる。

 と、言われても俺もまたどうして良いのか分からない。

 エディンとマーシャのデート邪魔してやるぜ! とか十数分前の俺たちは、よくもまあ本当にそんな事が言えていたものだと思う。

 アンジュの言う通り……これはどうしたらいい?

 どうしたらお助け出来る!?

 お嬢様のもどかしい空気が声だけでここまで伝わって、泣きそうになってしまう。


「慣れしかないと思うけれど……ああ、でも殿下の気持ち分かるなぁ。私もリーネ……あ、婚約者ね。……彼女に初めて会った時は緊張したものだから」

「そ、そうなんですか」

「アスレイさんはどうやって婚約者さんと出会って婚約が決まったんですか?」


 ワクワク、と途端に目を輝かせるメグ。

 おいおい、なんで急にそんなにテンション上がるんだよ。

 今お嬢様の話だろ?

 そういえばメグも結構恋愛小説を読むんだっけ。


「親同士が決めたんだよ。……初めて引き合わされた時はあまりに綺麗な人で言葉を失ったんだ。で、そのあとはもう、何を話したか覚えてない」

「な、なんと?」

「最近初めて会った時、私が何を言っていたか聞いたら『ずっと犬の話をしていた』と言うんだ。当時飼っていた老犬の話をね、していたらしい。まあ、結果的にその話から私の事を気に入ってくれたと言ってくれたから、良かったのかもしれないけれど……」

「……ペットの話ですか……なるほど」


 リース家には犬も猫も馬も牛も羊も鶏も蜂もいるから、生き物に関する話題には事欠かない。

 でもレオから動物を飼ってる話は聞いた事ないしな?

 馬? 馬の話とか?

 それはいいかも。

 レオの愛馬はリース家から贈られた馬だと聞くし!

 よし、お嬢様、馬のお話を……!


「あ! ……そういえばローナも料理をするとスティーブに聞いたんだけど、普段どんなものを作るの?」


 おお! 料理の話題!

 ナイスだレオ! その話題ならお嬢様も合わせられる!

 何しろ最近のお嬢様はお菓子作りに凝っておられるらしく、俺のレシピを真似して作ってしまうから、俺がお嬢様に食べてもらうお菓子がネタ切れになりつつあるぐらいで……ん? お菓子?


「ゲッ……」

「っ」

「ど、どうしたんだ二人とも、顔が青いぞ?」


 アスレイ先輩に言われる通り、俺とメグの顔はそりゃ青いだろうさ。

 だってお嬢様、今朝めっちゃ頑張って女子寮の厨房でお菓子作ってたらしいんだ。

 クッキーを食べたあとでも食べられるお菓子を何日も前から考えて、学園でも試作して……。

 俺もスティーブン様もそれに何回かお付き合いしたので何を作ったのかは知っている。

 ……お嬢様、それをレオに告げるか?

 まあ、別に言っても構わないとは思うが……サプライズにした方が面白そうだったのにな。


「……そ、そうですわね……お、お菓子が多いでしょうか……。凝ったものはヴィニーがあまり作らせてくれませんので」


 え?

 俺別にそんな事して…………してるか?

 お嬢様! 俺が作るのでお嬢様は座っていてください!

 って、まあ確かに言ってるけれど!

 だってお嬢様に俺が作ったものを食べて欲しいし?

 貴重なご奉仕タイムだし?


「そういえばヴィニーはローナが見付けてきたんだよね? その辺り、詳しく聞いた事がなかったけど……聞いてもいい?」


 あれ?

 まさかの俺の話題?

 待って、もっと色気のある話題……は、俺の精神衛生上よろしくないけどなにも俺がここにいるのに俺の話題を選ばなくても良くない?

 つーかもしかして俺がここにいるの忘れてませんかお二人さんよ。


「そうですわね……ヴィニーは、私が六つの時に現ルコルレ街で会いましたの。当時、斑点熱が流行っていたのを覚えておられますか?」

「! ……ああ、うん……覚えているよ……」

「その時、スラムの支援で解熱の薬草を届けに行った折に……とても良く手伝ってくれたのがヴィニーでした。言われた事は完璧にこなし、言われなくてもやってほしいと思っていた事をやってくれる。それを見て、是非我が家の使用人に欲しいと思い、声をかけました。そうしたら二つ返事で了承してくれたので……その時にヴィンセント、と、名を付けました」

「……そうだったんだ」


 ……ああ、覚えている。

 熱に浮かされ、うっすらとした意識の中でお嬢様に手ずから飲ませてもらったあのにっっっっがい薬湯も、体が自由に動くようになる喜びも……。

 そして、名前を与えられ、居場所を与えられた瞬間の景色も。

 地に足が付く、というのだろうか。

 ふわふわしていた感覚が、消える瞬間。

 飛行機の事故で飛ばされた『俺』が、そこに——この世界の人間になった瞬間のような……そんな感じだな。


「……そうだったんだ……」

「ああ……」


 メグが同じ話を聞いて、何やら神妙な面持ちになる。

 まあ、そういうわけでそんな俺の出自がまさか王族とは誰も思うまいよ。

 怖いわー、乙女ゲーの世界。


「……斑点熱か……」

「? レオハール様?」

「ローナ、まだ口外しないで欲しいんだけど、サウス地方で斑点熱の報告がちらほら届き始めているんだ」

「!?」


 思わず振り返る。

 えぇ……!? 嘘だろ!?

 なんで…………いや、でも、そういえば……あれは南からもたらされたと噂があったな……?

 そう、確かに南だったはず……サウス地方……まさか……!


「南の方って、まさかメロティス……?」

「っ……」


 メグがアスレイ先輩に聞こえない音量の声で呟く。

 メロティス……妖精の亜人。

 クレアメイド長を生皮だけ残して殺し、マーシャの実母マリアベルを乗っ取ってどこかへ消えた……あまり放っては置きたくない野郎。

 奴が何か仕組んでいたのか?


「……解熱の薬草でしたら、ルコルレ街の生産が安定しておりますので備蓄は……」

「うん、その時は期待させてもらう。……それもなのだけれど……『原因』がまだ捕らえられていないらしいんだ」

「? ……『原因』? ですか? 斑点熱の……まさか発生源が分かるのですか?」


 え、マジ?

 思わずメグと耳を馬車に押し付けてしまう。

 いや、待てメグ、お前の耳は俺より立派なんだから押し付ける必要ないだろ。

 雰囲気か。


「僕も最近知った事なんだけど、十年周期でヨハミエレ山脈を越えてくる鳥の獣人がいるようなんだ。あまり大きくはない種族で、なぜ山を越えてくるのか理由も分かっていないんだけど……」

「っ……」

「その獣人がサウス地方の畑を荒らしたり町の人を襲ったりして、病が広がるらしい。サウス地方は暖かいから多種の薬草が育ちやすいが、冷夏だと薬草不足して国中に蔓延しやすくなる」

「はい、流行病についてはわたくしもそう習いました。……ですがまさか獣人がヨハミエレ山脈を越えて現れるなんて……」

「獣人は言葉が僕らとは違うから、何を言っているのか分からないんだよね……。でも、今回はエメも巫女もいるし、話が出来るかもしれない。……と、探してはいるんだけど……」

「殿下、それは……その鳥の獣人が病原体を持ったまま王都に現れたら……」

「うん、その可能性もゼロではないし、その獣人が一体だけという確証もない。実際、斑点熱はサウス地方からセントラル南区に近いところでも報告が来ていてね……」

「まあ……」

「リース家には解熱の薬草を準備していてほしいし、ローナはいくつかの町を救った功績もあるから今回も頼りにはさせてもらいたい。問題は流行る時期が夏になるかもしれないってところなんだよね……」

「確かに夏場はよろしくありませんわね。食中毒なども流行りやすくなりますし、薬草は収穫前です。備蓄はございますが、規模によっては去年の収穫分で足りなくなるかもしれません……」


 ちら、とメグが俺を見上げる。

 不安げな表情。

 俺も二人の会話に表情は険しくなっていると思う。

 斑点熱が……もしかしたら夏場に流行るかもしれない。

 俺が死にかけたのは冬場だった。

 そうか、あの頃は新しい薬草が収穫出来たから……。


「……レオハール様、ローナ様、デートって忘れてないよな……?」

「「っは!」」


 アスレイ先輩の一言で別な意味で俺とメグの表情が険しくなったのだが……。


「……びっくりするほど仕事の話で盛り上がってる……」

「確かに……」


 ふ、二人が普通に会話出来ている事を、喜ぶべき……か?


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