番外編【メグ】4



第二図書館から出たら、マーシャが突然跳ねながら大きく手を振って駆けていく。

でも期待を裏切らない。

案の定、すっ転ぶ。

あの子……ドジの呪いか何かにかかってるんじゃないの……?

もーぅ、仕方ないなー!


「ほんとあんた、ドジだね。気を付けなよ」

「えへへ、ありがとう」

「友達か?」

「うん! メグっていうの!」

「初めまして、メグといいま……っ」

「…………」


マーシャに手を差し伸べる。

立たせてから、マーシャが駆け寄った人が歩み寄ってくるので背を正す。

黒い髪で、黒い瞳。

それに、執事の服?

……え?

あれ、この人……。


「!」


あ……知ってる。

この人、春にあたしが川で溺れた時に助けてくれた人だ……!

あたしが、亜人って知ってる人だ!

……どうしよう……どうしよう!

亜人ってバレたら、もう、マーシャと……。


「初めまして」

「!」

「マーシャの義兄(あに)でヴィンセント・セレナードといいます。義妹(いもうと)がお世話になっているようで……。大変でしょう? こいつの相手」

「え、あ、いえ……そんな、こちらこそ……」


あ、あれ?

覚えて、ない?


「わたしの義兄さん! なんでも出来るし凄いんさ! ちょっと最近小姑くせーけど」

「ああ?」

「ンンッ! そ、それより義兄さん、どうしてこんなところにいるの?」

「町に買い物だよ。もうすぐレオハール様のお誕生日だからな。当日学園にいらっしゃるかは分からないが、準備だけはしておこうかと思って」

「! ……王子様の、お誕生日……」


王子様、もうすぐ誕生日、なんだ?

お誕生日……きっとお城ですごいパーティーとか、するんだろうな……。

あたし、何にもお礼してない。

お礼、したいのに……。

あたしから出来る事なんて何にもないし、バカな事考えるのやめよう。

色んな人に、国中の人にお祝いされるんだものね。


「そっか、十二日だっけ。来れるようになるといいけどな〜」

「まぁな……」


ん?

なんだろう?

ちょっと暗い……?


「お、王子様のお誕生日って、やっぱりお城でパーティーとかするの? きっと凄いんだろうね」

「え? するんかな? お知らせはきてねーってお嬢様言ってたさ」

「ああ、多分今年もしないと思う。増税しないといけないくらい、国費が切迫しているんだ。こんな時にパーティーを開きたいなんていうのは妹姫マリアンヌ様くらいだろう」


え?

どういう事?

今年も? 今年『も』⁉︎

王子様なのにお誕生日のパーティーとかしないの⁉︎


「お可哀想だな、レオハール様。学校にも来れねーんだよ? お誕生日くらいお外出してやればいいんに」

「? え?」

「あげふっ!」


どういう事?

王子様はお外に出られないの?

マーシャがお兄さんに頭を殴られる。

それほど強い感じではなかったけれど……。


「政務がお忙しいんだろう。年末年始は特に決済やら来年の予算やら式典やらで仕事が増えるからな」

「そ、そっか。……式典?」

「年越えの儀式、年初めの儀式と、昨年の貴族たちの功績を讃える忠誠の儀式……が主なところかな。旦那様も毎年呼ばれているだろう? 納税額や治める土地の出荷量、出荷額、国への貢献度などから爵位に変動ある貴族が王族の前で忠誠を誓い、その爵位を賜る。爵位が下がる方も、忠誠の誓いは行わなければならない」

「うへぇ……」

「うえぇ……貴族ってそんな事してたの? っていうか、爵位って毎年評価で変わるもんなんだ⁉︎」

「いや、地位が高い方はそう簡単には下がらない。それだけ実力があるからな。変動があるのは大体伯爵家以下。あとは、アミューリア学園で功績を残した『記憶持ち』の市民や納税額の多い豪商に苗字や爵位が与えられる事も多いな」

「市民に苗字が? やっぱり『記憶持ち』って得だよね…」

「『記憶持ち』でなくても、商人として大成功すれば苗字は貰えるぞ? それから、あとは俺たちのように名家の執事家系に嫁入りするとか……」

「あ、あたしが? いやいや、無理無理……」

「えー、なんで? いいじゃん、メグなら貴族のお屋敷でもやってけるよー! わたしがやっていけてるんだから!」

「……あー、うん……そう、だね……」

「…………」


……多分あんたは例外だと思うよ、マーシャ……。


「まぁポンコツメイドがちゃんとやっていけているかいないかは本人が一番良く分かっていると思うが……」

「義兄さんひどいっ!」

「俺は町に買い物に行く。お前は遅くなる前に帰れよ」

「あ、それなら義兄さん、メグのことば送って行ってほしいべさ」

「え⁉︎」

「だってメグ女の子だし」

「俺は構わないよ」

「っ」


え、えええ〜⁉︎

マーシャってばなんて余計な事を!

無理だって! あたしが帰るのは亜人の穴蔵だよ⁉︎

お兄さんはそりゃ構わないかもしれないけどさ〜!

……あんまり一緒にいて、思い出されでもしたら……。


「帰る方向が同じなら送らせてくれないか? 途中まででも義妹の大切な友人を一人で帰すのは忍びない」

「…………」

「義兄さんはこう見えてめちゃ強いから大丈夫!」

「なんだこう見えてって」

「……じゃあ、途中、まで……」

「ああ、行こうか」


そういう事じゃないんだけど……マーシャってほんと、能天気でしょうがないなぁ。

この子と話してると……自分が、普通の人間になったように錯覚する。

帽子の中の耳がへにょんと垂れるのが分かった。

……やだな。

亜人とバレたら……もう、こんなに無防備に、満面の笑みなんて……向けてくれないんだろうな……。

もう、友達みたいに接して、もらえない。


「メグ、さんだったっけ? マーシャとはどこで知り合ったんだ?」

「え? あ、あの子がこの間、外区に迷い込んでたの見かけて……、それで、プリンシパル区まで案内してあげたんだ。それからちょくちょく……」

「ちょくちょく? ……あいつまさか仕事や勉強をサボって……⁉︎」

「ないない! ちゃんと仕事を終わらせて、勉強も頑張ってるよ! あたしと会う時いつもあの図書館なんだ。人がいなくなってから、あたしに文字の読み書きを教えてくれてるの。本も、あの子が名前を貸してくれて借りてくれるんだ。だからあの子のこと怒らないで! 近づくなって言うなら、もう会わないから……!」

「え、いや、別に会うなとは言わないけど……あいつが君に文字の読み書きを?」


あ……!

しまった! 自分からバラしちゃった……!


「………あ、あの、図書館に勝手に入った事は……」

「は? ああ、それは別に構わないよ。第ニ図書館は使用人専用だけど、午後三時から十時までは一般開放されるんだ。王都に住む者は自由に出入りしていい。まあ平民は文字の読み書きが出来ない人、興味ない人が多いから開放されてるってそもそも知らない人が多いけど」

「…………っえ……!」

「あと本の貸し出し? それも、別に図書館員の許可を取ればマーシャが借りたものを借りて行っても構わないはずだ。文字を書けるようになれば自分で借りた方がいいけど。第ニ図書館の書籍は、数が多いけど貴重なものはないから申請すれば平民にも貸し出されるんだ。自分の名前が書けるようになったら今度受付でやってみるといいよ」


え……。

ええ……。

ええええええええええ〜〜!


「すんごい罪悪感感じてたのに……」

「『記憶持ち』じゃなくても優秀なら爵位は夢じゃない。ま、『記憶持ち』と同等の知識はそう簡単に得られないから相当勉強しないとダメだけどな」

「……おにーさんは『記憶持ち』なんでしょ? あの子が言ってた」

「ああ、たまたまな。ヴィンセントで構わないよ?」

「えっと、じゃあヴィンセント……」


うっ。

人間の男の人を名前で呼ぶなんて……なんか背徳感が……。

い、いいのかなぁ。


「も、学園の生徒、なんだよね? どんな事してるの?」

「そうだな、今は学業と剣技や弓技、マナーやダンス、社交性なんかを中心に学んでいるな。二年生に上がるとより専門的に興味のある分野を学ぶことになるから、俺は戦略辺りを選ぼうと思っている。もうすぐ戦争だし」

「戦争……」


ーーー『大陸支配権争奪代理戦争』。

クレイが介入を目論んでるって言ってた。

そんなものに介入して、あたしら亜人が自由に外を出歩けるようになる?

無理だそんなの。

だって、あたしらは神様に認められていないんだよ。

無理だ。

無理だよ。

なのに……。


「……大丈夫だよ」

「え?」

「あ、いや、俺が言うのも変だけど……ほら、今回は……守護女神様が味方して下さるから」

「……あ、ああ、そういえばそんな噂があったね……」

「本当だよ」

「え?」

「うちの王子様は、嘘なんてつかない」


真っ直ぐな目だった。

クレイと違ってしっかりと『あたし』に向けてくれる言葉。


「俺は市場で買い物があるけど、君は?」

「! あ、あたしは、このまま外区まで帰るよ。ありがと」

「そう、気を付けて」


うん。

と、手を振ってその背中を見送った。

マーシャのお兄さんか……。

そういえば、あの人にも一応助けられたんだよね。

マーシャのお兄さんだったなんて……。

しまったな、お礼、言えば良かった。

適当に、理由付けて。

送ってもらったお礼しか言えなかったよ。


「………………」


あの人も、王子様も……戦争に、行くのかな。

クレイみたいに、戦争、戦争って……みんな、おかしくなっていくようだ。

いや、クレイは、あたしらの事を最優先に考えて、そういう結論に達したんだろうけどさ。

でも、あたしはクレイに行って欲しくない。

だって門前払いどころか、亜人にはその資格なしって、他の種族に襲われたらどうするの。

亜人は確かに人間族よりは頑丈だけど、純血の獣人族や人魚族には絶対勝てないよ。

だってあたしらは獣人族や人魚族の『下位互換』『劣等種族』……!

クレイ……どうして分からないの!

分かってて、なんで挑むの⁉︎

そんな事しても無駄死にするだけかもしれないのに!


「っ……」

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