番外編【メグ】2



あれから半年近くが経った。

時期は夏を過ぎた頃。

お城の側まで散歩するのが日課になってたあたしは、その日もプリンシパル区まで登っている。

いやまあ、別にまた王子様を一目見れたらな〜、なんて、す、少ししか思ってないし?

かっこよかったもんなぁ、王子様。

優しそうだし、穏やかそうだし、亜人の穴蔵にはいないタイプ!

また、会いたいな。

い、いや、まあ、一目見るだけでもいいけど!


「ん?」


今日も特になにもなし。

少し残念に思いながらも外区に戻る。

と、なんか珍しい格好の子がいた。

キョロキョロして困り顔のメイドさん?

もしかして、貴族のメイドが迷い込んだのかな?

少し考えてから声をかける事にした。

人間なんて怖いだけだったけど、王子様があたしを助けてくれたんだもん。

あたしだって、人間を助けてやってもいい、と、思う。


「ねぇ、どうかした?」

「!」


声をかけると半泣きの顔がこちらを向いた。

そして、その顔と髪の色、目の色に胸がどきんと高鳴る。

わ、わあー!

金髪碧眼!

王子様と揃いの色!

すごーい! お姫様みたーい!


「あ、ごめん。こんな所にメイドさんなんて珍しいから、つい」

「あ、あの、わたし、その、迷ったんさ……」


ああ、やっぱり迷子か。

そ、それにしても、なんて可愛い子なの〜!

ツェーリ先生の話してくれるお伽話に出てきそう!

この子の容姿、王子様を彷彿させる。

最初は少し怖かったけど、怖さよりも力になりたい気持ちの方があっという間に大きくなった。


「なぁんだ、やっぱりそうだったんだ。この辺り、プリンシパル区じゃなくてその隣の外区って言うんだよ」

「え⁉︎ 区画が違うんけ⁉︎」

「うん。プリンシパル区はもっと上。良かったらアミューリアのあるところまで案内してあげようか?」

「本当け⁉︎ いいんさ⁉︎」

「うん」

「め、女神様〜〜!」

「うわあ⁉︎」


ひえええぇ!

だだだ抱き着かれーーーっ!

きゃー! きゃー! ぎゃああああぁー⁉︎

怖いのと! なんかこう、女の子のふかふかのお胸がお腹に当たる事へのなんか叫びたい衝動ーーー!


「ありがとう! 本当に困ってたから助かるべさ!」

「あはは。いや、あのね……実は前にあんたみたいな髪と目の人に助けてもらった事があったんだ。だから、なんかほっとけなくってね」

「そうなん? わたしみたいな髪と目の色は珍しいらしーべさ」

「うん。だから、かな? まぁいいや、行こ」

「うん!」


満面の笑み。

可愛い子だなぁ。

貴族のメイドって、こんなに可愛い子が普通にいるものなの?

やっぱ貴族様はすごいんだなぁ〜。


「ねえねぇ、わたしマーシャ・セレナードっていうさ。あなたは?」

「え? あたし? あたしはメグ。へぇ、あんた『苗字持ち』なんだね? すんごい訛ってるから田舎貴族の下女かと思った」

「うぐ…! …た、確かに田舎から出てきたし、養子に入って『苗字持ち』になったけんど…それは酷いさ!」

「あはは、ごめんごめん」


外区はプリンシパル区や、その少し下にある街区より入り組んでいる。

来慣れてない貴族のメイドさんは迷っても仕方ないかも。


「ふぅ…ふぅ…」

「大丈夫?」

「わ、わたし坂道降ったん全然気付かんかったんだべ…」


えぇ……?

割とがっつり坂道だけどな?

気付かないとか、鈍ちゃんなの?


「外区はプリンシパル区や街区に登る坂道が多いから、普通あんまり迷い込まないんだよ?」

「そ、そうだったんけ⁉︎」

「うん。外区は大きな丘になってるの。プリンシパル区はその丘の上にある。お城はその頂上。だから降りてきた人はすぐ気付くんだよ」

「あ、あるぇ…」


ふふ、なんか今まで考えてたメイドのイメージと全然違うメイドだなぁ。

貴族仕えのメイドって、もっとこう、厳格というか真面目というか、貴族と同じような品位っていうの?

そういうのがあるもんだと思ってた。

でもこの子は……普通の女の子だ。

というか、ところどころ訛ってる。

田舎の貴族のメイドなのかな。

こういう子もいるんだ?

けど、メイド服着てるし養子とはいえ『苗字持ち』だもん。

もしかして……。


「ねえ、マーシャはアミューリアに通ってる貴族の召使いなんでしょう? 王子様って見た事ある?」

「え? うん、毎日会ってるさ」

「え…ま、毎日⁉︎」


毎日王子様に会えるの⁉︎

田舎の貴族のメイドと思いきや、偉いところのご令嬢のメイドなのかな⁉︎

でも、そんなところのメイドが迷子になる⁉︎

そ、それに偉いところのメイドが一人で買い物っていうのも……ど、どういう事なの⁉︎

あたしが考えてたメイドのイメージがますますわけの分からない事に〜!


「んだ。わたしのお仕えしてるお嬢様と仲が良いさ。義兄さんが作るお弁当ば一緒に食べてるんよ。そん時、わたしもご一緒さしてもらってるんだ」

「嘘! 王子様とあんたが⁉︎」

「細けぇ事気にしない優しくて素敵なお方だべさ〜。この間、本も買ってくれたんよ。…あ、そうだべ、メグは恋愛小説とか読むべさ⁉︎」

「小説…? いや、読めないよ。あたし、文字とか分かんないもん」


文字なんて、日常生活に必要ないじゃん。

いや、まあ、ツェーリ先生には習ってるよ?

でもそれはエルフ族の文字。

人間族が使ってるやつじゃない。

人間族は読めないし書けないだろう。

あたしたちも、人間族の文字は読めないし書けないのよ。

恋愛小説?

そんなのあるんだ、って感じだわ。


「でもあんたみたいな訛りの強い田舎娘にも本を買ってくれるなんて、確かに優しい人なんだね。……いいなぁ」

「⁉︎」


やっぱり、あの王子様は優しくていい人なんだね。

あたしが亜人族だと気付いて助けてくれたのか、知らずに助けてくれたのかはよく分かんないけど……こんな田舎娘がメイド服着ただけみたいな子にも優しくしてくれるなんて。

いいな。

また、会いたい。

会ってお礼を言えたら……このモヤモヤした気持ちも晴れるのかな……?


「恋愛小説に興味あるんさ⁉︎」

「は、はぁ?」


ひえ、なに⁉︎

突然顔が!

王子様と同じくらい綺麗に整った、金髪碧眼の美少女が顔を近付けて⁉︎

手、手も握られ⁉︎


「今いいなぁって言ったんべ⁉︎」

「え、いや、違…」


え?

なに?

なにが起きてるの今。

と、とりあえずなにか、変な方向に勘違いされてない⁉︎


「読めないなら読めるようになればいいんさ〜! わたしが教えるから! だから恋愛小説、読んで! 貸すから!」

「…………は、はあ?」

「大丈夫! 文字の読み書きなんてラクショーだべ! わたしでも一日でマスター出来たんさ!」

「え、ええ? いや、それは普通無理…え? あんた『記憶持ち』なの?」

「そうと決まればダッシュで帰るさ〜!」

「こ、こらー! 人の話を聞けー!」


手を引っ張られて坂道を駆け上がる。

なんてパワフルなメイド!

こういうものなの⁉︎ 貴族のメイドってこういうものなのー⁉︎

絶対違う気がする〜〜〜!


「ありがとうメグ! この辺りなら分かるべさ!」

「あ、そう、うん、良かったね。それじゃあ……」

「待って! お礼がまだだよ!」

「い、いいよお礼なんて! そんなつもりじゃなかったし!」

「そう言わねーで!」


ちょっとだけちょっとだけ〜、と言いながらマーシャはわ無遠慮にあたしの腕を引っ張ってアミューリア学園の敷地の中へと連れて行く。

ちょ、ちょっとこれ、いいの⁉︎

ここ、貴族の使う図書館だよね⁉︎

四角い建物に連れ込まれ、戦々恐々と辺りを見回す。

人の気配はなく、壁一面天井まで本、本、本……。

中央には螺旋状の本棚があり、同じような螺旋階段が取り付けてある。

す、すごい造り……貴族ってこんなところで勉強してるんだ……?


「な、なにこここ」

「第ニ図書館だべさ。使用人専用の図書館で、文字の読み書きがまだの使用人はここで習うんだよ!」

「え……いや、だとしてもあたしは部外者だよ?」

「バレなきゃヘーキヘーキ」

「バレたらどうすんのさ⁉︎」

「この時間帯は貴族の人たちが寮さ帰ってくるから人なんていねーさ」

「それあんたも帰んないとまずいんじゃないの?」

「うちのお嬢様は勉強してたって言えば怒んねーさ!」


え、ええええぇ……!

本当にいいの〜⁉︎

この子、本当に大丈夫なのかな?

すたすた本棚に近付いて、何冊か見繕ってきてくれる。

テーブルのあるところを見て「座って座って!」と促して、持ってきた本を置いた。

どうしよう?

もし、貴族……ううん、人間に亜人族だとバレたらあたしだけじゃなく、このちょっとオツム緩そうな子も酷い目に遭わされちゃうんじゃ……。


「まずはこれだべな〜。『はじめての文字』! みんな最初はこれで勉強するってお嬢様が言ってたんさ」

「……ね、ねぇ、本当にいいの? あたし部外者だし、それに……」

「大丈夫大丈夫〜。それに文字覚えるのなんて簡単だべー」


簡単……。

簡単、なのかな?

人間族の文字か……興味は、ある。

もし人間族の文字を覚えられたら、王子様にお礼の手紙とか書けたりする、よね?

それに、穴蔵の中で家事ばかりしているよりは、あたしも諜報員の訓練とか受けてクレイの役に立ちたい。

人間族の文字の読み書きが出来たら、町の諜報員よりもっと重要な仕事が出来る。


「………………」


そう、ね。

やってみる価値は、あるかな。

本当に簡単なら、あたしだって亜人族のみんなの為になにか出来るようになるかもしれない。

やってみよう。

きっとこんなチャンス二度とない!


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