亜人族と、人の未来の第一歩【前編】
お嬢様は本日もあっちゃこっちゃのお茶会に引っ張りだこ。
授業もお忙しいだろうが、多くの令嬢を味方に付けるべく奮闘しておられる。
土日は特に茶会のハシゴ状態だ。
……全てはレオの婚約者に……お嬢様自身がなりたいのだと思っておられるからだ。
はぁぁ……涙ぐましい……!
なんて健気なのだろう、うちのお嬢様!
俺も出来る事ならお側にお仕えしていたい!
でも今日は……さすがにお城の勉強日、サボれない……この間も休んだし……デートの妨害で……。
と、いうわけで。
「よう、クレイ。久しぶりだな」
「そうだな」
城に行く道で、クレイと……そしてその横には2人の大男。
2人ともクレイよりも大柄で深くローブのフードを被っている。
これからこの3人を城に連れて行く。
そう……『亜人族と人間族の今回の戦争に限る共闘同盟締結』と『亜人族からの武器技術提供』に関する会談が遂に今日、城で行われることになったのだ。
それにしてはやけに亜人側の人数が少ないし、見た目もいつも通りすぎるのだが……これは亜人側の配慮?
「お前らその格好と人数で大丈夫なの?」と思わず聞きたくなる。
会談前の幹部同士の対話は俺の知らないところで勝手に進んでいたようなので、まあ、この人数と格好が彼らなりの礼儀なのなら俺が言うことは特にないのだが……。
大丈夫かなぁ、本当に。
相手は一応生まれながらの政治家たちだぞ?
ニコライには連絡係としてよく会うんだけど、クレイと会うのは半年ぶりかも。
相変わらず仏頂面……。
「…………」
「? なんだ?」
「あー、いや……クレイってなーんか親しみが湧くと思ったら……あの人に似てるんだなぁと思って」
「……あの人?」
「俺が尊敬する人だよ」
そう……兄貴だ、前世の。
仏頂面で、無口で……でも優しくてカッコいい。
男前で更に漢らしい! みたいな人。
腕を組み、微妙な表情のクレイに笑いかける。
「……ところで、その後ろの人が例の“親方”か?」
「そうだ。人魚の亜人、コリンズ。俺たちの使う武具は親方とその弟子たちが作ってくれる」
「…………ふん」
「その横は……」
「オレは熊の亜人、レッカ。クレイ様の副官だ」
どーん、と胸を張る2メートルはゆうに超えた熊男。
いやー、ええー……でかいでかいでかすぎませーん?
俺が見上げるってなかなかないよ?
コリンズという人魚の亜人のおっさんも2メートル近くあるし。
あと牙すごい。
レッカという熊は上顎から立派なのが見えているし、コリンズのおっさんは下顎から鼻のあたりまで鋭い牙がはみ出てますが。
「……亜人ってみんなこうなの?」
「こう、とは?」
「でかいの?」
クレイも耳を含めれば確実に俺よりでかい。
そう聞くと腕を組んで考えられる。
……え、悩むところ?
「大型種の獣人や人魚の血を引く男は皆でかいな。……そうか、普通だと思っていたが人間は比較的皆似たような大きさなんだな」
「あー……」
亜人は多種多様なのだろう。
総じて『亜人』と括っているが、獣人も猫や狼などいろんな種類がいるし、人魚も同様。
その血を引いている彼らも血が混じりあって体の特徴は様々……という事か。
『平均』という基準があるのは人間族くらいなのかもしれない。
……エルフや妖精は分からないけど。
「クレイ様、この人間は?」
「ワタクシのお客様ですよ……ウフフフフフ」
「! ニコライ」
うわ、レッカじゃないけど俺もびっくりした!
木の上にニコライが!
相変わらずキッモいなぁ。
「お前も付いてくるのか?」
「いえ、ワタクシは今日……別な仕事がありますので」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。陛下も戦争は勝ちたい一心だからな」
レオを『兵器』として育てる程、戦争には意欲満々だ。
これからこの3人を城に連れて行く。
ニコライは“万が一の逃走経路の確保役”ってところか。
俺の前に姿を現したのは警告のつもりなのか。
「妙な勘繰りをするな。ニコライは別件依頼の調査中だ」
「え、そうなの? ごめん」
「フフフ、いいですよ……お詫びは是非ヴィンセントさんの生き血で……」
「やるか!」
怖いわ! 何言い出すんだこいつ⁉︎
生き血って……あ、ああ、ニコライは吸血蝙蝠(きゅうけつこうもり)の亜人、だったっけ。
ある意味別件でよかった。
こんなやつとてもじゃないけど陛下の前に連れて行けねーよ。
「まあ、とりあえず今日は簡単な顔合わせ程度だと思ってくれ……」
「ああ」
「俺は途中で抜けるけど、まあ、レオがいるから多分大丈夫。ただ、宰相様と陛下は典型的な『政治家』だから気を付けろよ」
「……ふん」
こいつ、クレイめ、鼻で笑いやがった。
しかし、その後ろではレッカとコリンズが目を丸くしている。
不思議がる理由は分かるけど……俺は別に人間族至上主義ってわけじゃないんでね。
亜人と仲良くしていきたいのは海外旅行が趣味の一つだった前世を持つ、俺なりの個人的な思想って部分が大きいだろうし。
「途中までご一緒しますよ、クレイ様」
「いや、別に……仕事へ行け」
「ええい、ニコライ、クレイ様の補佐官はオレだぞう」
「やめろお前ら。これからどこへ行くのかわかっているのか」
「ほ、本当に大丈夫? お前ら。相手は政治家だぞ?」
「レッカ、コリンズ、お前たちは聞かれた事以外は話すなよ」
「え、し、しかしクレイ様……」
「俺でも判断がつかなければ持ち帰ってツェーリ先生に相談する」
「………………」
不安だなぁ。
「あれ?」
「こんにちは、ヴィンセント」
城門の前まで行くと、スティーブン様が初めて見るワンピース型の簡易なドレス姿の私服でお待ちかねだった。
あれ? なんで? なんでスティーブン様?
いや、これはこれで大層可愛らしいけれども?
出迎え……? なら、なにもスティーブン様が直々になさる必要はないのでは。
と、疑問符まみれの俺ににっこり微笑むスティーブン様。
スカートの裾を摘み、上品にお辞儀をする。
「ようこそ、亜人族の皆様。私は父の補佐として同席致します、スティーブン・リセッタと申します。……まあ、これは建前。本当はレオ様から貴方方に関してお味方するように申せ使っております。不慣れな場にこちらが招待したのですからこのくらいは、との事ですよ」
「それは……多少心強くはございますが……」
「ええ、信用するかしないかはそちらの判断にお任せ致します。私はあくまで中立的な立場と捉えて頂いても構いません。それに、やはり私もお父様や陛下に比べればまだまだ未熟です。状況によってはあまりお力になれないかもしれません」
「少し我らを馬鹿にしすぎではないか?」
どうやらスティーブン様が同席……遠回りに助力するというのが面白くないらしい。
ぎろりと睨んでくるレッカとクレイに、スティーブン様もやや笑顔が曇る。
こいつら顔怖いもんな。
「確かに、そう思われても致し方ないのかもしれませんが……人というのは……いえ、政治家というのはいかに損をせず、相手から利を奪うかを常に念頭に置いて話す生き物なのです。つまらない言葉端から足元を見られるのは、クレイ様もお望みではないのではありませんか? 貴方の双肩には亜人族の全てが掛かっておいでなのでしょう?」
「む……」
「と、今のように……私如きに言葉を詰まらせるのであれば私に是非助力をさせて下さいませ。私も父にどれほど太刀打ち出来るのか、今の自分を試したい思いもございます。利害は一致しているかと思いますが?」
「……む、むう……」
は……早いよ……丸め込まれるの早すぎるよ。
まだお城に入ってすらいないよお前ら……!
「クレイ、スティーブン様はレオの幼馴染で友人だ。信用して大丈夫だよ」
「別に信用しないとは言っていない」
「まあ! ヴィンセントは私を友人であると言ってくださらないんですか⁉︎」
「え! ええ⁉︎ い、いえ! 俺もスティーブン様のことは友人だと思っております⁉︎」
「まあ、良かった! ……と、この様に言葉端から上げ足を取るのが政治家です。ご一緒致しますがよろしいですね?」
「「「……よ、宜しく頼む……」」」
「……………………」
俺もまだまだだった。
政治家モードを会得したスティーブン様マジで怖い……。
これが全攻略対象中『戦略』No. 1の実力……!
スティーブン様が同席するならクレイたちも無体な事にはならない気がする、とても。
「では城内へご案内いたしますね」
「スティーブン様が案内なさるのですか?」
「ええ、レオ様から頼まれているのです。陛下はともかく、うちの父の根回しの早さは貴方もご存知でしょう?」
「…………。……そうしてもらえ……」
「そ、それほどまでに……⁉︎」
忘れていた。
俺は去年の『王誕祭』の準備を手伝いに来た際、アンドレイ・リセッタ宰相様に出迎えられたのだ。
世間話をしながらスルッと“土産物”に関しての“助言”と“旦那様へのアポイント”を引き出された。
テンションやアホっぽさに気を抜くと瞬く間にやられてしまう。
クレイは無表情……いや、仏頂面だがレッカは強面の割に表情が分かりやすいから要注意だぞ。
「ヴィンセントはこれからお勉強……なのですよね?」
「……はい……先週休みましたので……」
先週……ヘンリエッタ嬢とのデートの為に土曜からの城へ泊まり込み勉強会は休んだのだ。
今は城内に関する事を学んでいる。
城の役割や、どの部屋がどんな事に使われているのか、城にある美術品やその製作者、値段……。
城の地下にある実験場はレオが『記憶継承』を強く発現させる為に、幼少期閉じ込められていたとか……ちょっと胸糞悪くなる話もちらほら。
あとは城の地下には、いくつか王族にしか伝わっていない隠し部屋があるのだそうだ。
今日は陛下もレオもクレイたちとの会談でいないので、教わるのは後日になるだろうけど……まあ、そんな話を聞くと男の子だもん、冒険心が疼くに決まってるだろう?
王族として生きるつもりは微塵もないけど、そんな話を聞くと知りたくなるもんだろう?
ぶっちゃけ王族しか知らない隠し通路とか隠し部屋を教わるのは物凄く楽しみです。
「た、大変ですね。学園のお勉強もありますのに」
「俺には必要もないと切り捨てるのは簡単ですが……お嬢様が殿下とご婚約となれば必要になるかもしれません」
「そうですか……。でも、もしそうなってもヴィンセントは後宮に入れないのではありませんか?」
「え?」
「え? ……って……だって後宮は男子禁制ではありませんか。妃には専属の侍女が付きますので、男性のヴィンセントは後宮勤めは無理ですよ?」
「…………」
「え? ……まさか知らなかったわけでは……」
「…………知らなかったわけでは、ありません」
「あ、ですよね。良かった…………ヴィンセント?」
ああ、うん、知ってた。
そうなんだよな、城の中央、北西部にあるそこそこでかい塔は城勤めの女性たちの宿舎であり、上階は王妃たちの住まう部屋がある。
正妃のみ、陛下と同室……または隣室を使うことが許されているが……北西部の塔、通称『後宮』に男は入れない。
陛下の寝所がある中央塔最上部はより一層、入る人間が選ばれている。
俺がそこへ入れるようになるかどうかは、今のところ微妙……というか……。
「い、いえ! 考えがぶっ飛びましたがまずお嬢様が殿下とご婚約にこぎ着けなければ意味がないのですよね!」
「一体どこまで考えたのですか」
「では、私はこちらの方なので失礼します!」
「は、はい、頑張ってください」
「ではな」
「おう! 頑張れよ!」
と、スティーブン様やクレイたちと別れて俺用に用意された部屋への道を進む。
進んでいて、ふと思い出す。
…………そういえば俺に用意された部屋も中央塔の上階だ。
「…………勉強サボって隠し通路とか探しちまおうかなぁ」
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