夏季休み【ルーク編】
「あの、お義兄さん……教えて欲しい事があるんですけど……」
「うん? なんだ?」
ルークがリース家のお屋敷に来たのは俺が怪我をしてから……つまり、去年の年末頃だそうだ。
部屋は使用人の棟の空き部屋。
俺の部屋からは二つ程離れている。
荷物を置いてからケリーと少し話した後、部屋の掃除をしていたらルークが訪ねてきてそう言いながら俯く。
……馬車に乗っていた時からどうも元気がないな?
「なにか悩みでもあるのか?」
「は、はい……あ、いやあの……ぼくなんかがおこがましいかもしれないんですけど……」
「いや、そんな事ないだろ。入れよ。お茶は飲むか?」
飲むなら食堂からお湯を沸かしてくるけど。
と、思ったがルークは首を横に振る。
部屋に招き入れると、しょんぼりと俯いてしまった。
ど、どうしたんだ?
「あの、あの……以前お義兄さんにこのネックレスについて家紋を調べてみろって……」
「ああ…」
「…………調べてみたんです…そしたら……」
「……そうか」
襟元から取り出したチェスの駒の一つの上の部分を取り外したような、片方がデコボコのリング。
その裏にはオークランド家の家紋。
さっきケリーとあまりよろしくない感じの事を話していた家だ。
考えたくはないが、ルークの親がゴヴェス・オークランドだったとしたら……俺とケリーはルークの父親や兄弟を陥れる事になる。
そりゃ勿論、向こうもそれなりに悪さをしているし簡単でもないんだろうけれど…。
「…やっぱりお義兄さんはこの家紋についてご存知だったんですね……」
「まあ、一応な。普通に有名な家だし」
「そ、そうですよね…」
「それで、悩みはやっぱりその事か?」
「…………」
寮よりは少し広い部屋。
テーブルと椅子の方にルークを連れて行き、椅子に座らせる。
お茶はいいとは言っていたが、深刻そうな表情を見るとハーブティーでも淹れてやった方が良さそうだ。
「お母さんの言葉も思い出したんです」
「おお、頑張ったじゃないか」
「……お母さんは言ってました。ぼくの名前は……お父さんが付けてくれたんだよって……。お父さんはぼくが生まれてくることを、とっても楽しみにしていたんだよって……」
「…………。そうだったのか…」
家紋はオークランド家のもの。
正直ケリーがルークにオークランド家の事を調べさせているとは考えづらい。
あいつ、自分の事は自分でやるタイプだし、ルークには荷が重い……内容的に。
だが知らずに、ルークにオークランド家の事を話している可能性は高い。
ルークが悩んでいるのは、きっとそこんところだろうな……。
「……あの、その、だから…ぼ、ぼく…、ぼく……も、もしかして……もしかして、オークランド侯爵様の子供なんでしょうか⁉︎ お母さんはなにも言ってませんでしたけど、ぼくのお父さんって……まさか!」
「落ち着け。まだ可能性の段階だろう」
「は、はい……、はい、でも…」
そうだな、可能性はかなり高い。
オークランド家、所縁(ゆかり)の品を持ち、母親から「父親」に関するわずかな情報。
無論、母親の情報の信憑性に関しては微妙なところだが俺よりもよほど「っぽい」な。
ただもし、ルークと俺の考えが「そう」だった場合……これは相当に頭の痛い問題だ。
なにしろ俺とケリーはお嬢様……と、レオ……の為にオークランド家を潰す算段を話し合ったばかり。
勿論、潰すといってもお取り潰しにしてしまおうとかそういう事ではないが……あの横暴な振る舞いはなんとかしないといけない。
いっそルークが本当にオークランド侯爵のご子息ならば、ルークを跡取りにしてもらうと助かるのだが……生憎オークランド家にはルークより歳上の嫡男様がすでにいらっしゃる。
……まあ、すでに終了のお知らせが流れ、退場カウントダウンが始まってそうな嫡男様だけど。
なんつーか、うん…………エディンは本気で怒らせたらダメだろ。絶対。
あいつ意外と『本気』にならない分、俺ですらあいつの『本気』の部分が未知数すぎて怖い。
レオもそういうところあるけど…エディンの場合根っからのクズだからなー……。
「…ちなみにその事、旦那様や義父さんには話たのか?」
「……、……いいえ、まだ…」
「そう、か…。ケリーには?」
「ま、まだです。話そうと思った時に、ケリー様にダドリー様がとっても悪いことをしていると教えていただいて……」
「あ、そう」
悪い方向にナイスタイミ〜ング、ケリー…。
「……話した方がいいのでしょうか…ぼくがもしかしたらオークランド家の方と関わりあるかもしれないと…」
「うーん…まあ、しないよりはした方がいいだろうな。ケリーも旦那様も、お前の出自には興味を持って調べていたから」
「え! そうなんですか⁉︎」
「ああ。お前の『記憶継承』の現れ方は上流貴族のそれだ。…だからまあ…俺の考えとしてはお前がオークランド侯爵のご子息の可能性は…高いと思う」
「…………」
「とは言え確証がある訳でもない。確認するには、オークランド侯爵に聞かなきゃいけないだろう…」
ルークの母親がご存命なら聞けたのだが、残念ながらもう会って話を聞く事は出来ない。
彼女がルークに言い遺した『父親がルークと名付けた』という話が本当なら、ゴヴェス・オークランド侯爵は『ルーク』という名前に聞き覚えがあるかもしれないな。
その線で探ってみるか…。
……そうだな、この手の内容となると……あんまり頼みたくないけどアイツに頼むしかないだろう。
奴に…………吸血蝙蝠の亜人に。
「お前がこだわるなら、旦那様に話して聞いてもらうのがいいと思うけど……」
「で、でも、それは……」
「そうだな。オークランド侯爵からすれば最悪だな」
それでなくとも旦那様は台頭著しい若造。
古参貴族のオークランド侯爵には目の上のたんこぶ的お方。
家の古さならリース家の方が古いのだが、爵位から考えるとオークランド侯爵家は一度公爵家にもなった事がある名家中の名家!
経緯は不明だが、ご子息が我が家の執事見習いの一人になっているなーんて知ったら顔を真っ赤にして怒り狂いそうなレベルの事態だろう。
それでなくとも貴族にとって貸し借りは命取りになる場合もある。
ご子息を人質に取られているのにも等しい。
まして……愛人や浮気の末の子供ならその公にしたくない事実まで曝される危険も孕んでいる。
浮気の証拠を消すために『お父さんはお前が生まれてくるのを楽しみにしていたんだよ。名前はお父さんが考えたの』とルークの母親に言い含めた可能性もあるが…その母親がスラム街で斑点熱にかかり亡くなっているこの事実。
総合的に考えても…オークランド侯爵からするとルークの存在は厄介な事この上ない!
存在がバレればルークの命に危険が及ぶ事すら考えられる。
例え『浮気ではなく本気』だった場合でも、オークランド侯爵の正妻や、その息子や娘からしたらルークは邪魔者以外のなんでもない。
むしろ『本気』の子供なら尚更彼等にとってはたちの悪い存在。
……やっぱり危ないな…。
旦那様からオークランド侯爵に聞いてもらうのも…危険が多過ぎる。
「…………」
「ルーク?」
「…ぼく、よくわかりません…。お父さんに会いたい気持ちもありますけど、ご迷惑にはなりたくないですし……」
「そうだな。本当にオークランド侯爵が父親なら、正妻もその子供たちもいるからな…」
「…………。……、……っ」
「すぐに答えを出す必要はないさ。簡単な問題じゃないんだ。ただ、ケリーには話そう。俺も一緒に考えるから、あんまり1人で抱え込みすぎるんじゃないぞ」
「……お義兄さん…、…はい、ありがとうございます…」
お辞儀して部屋から出て行くルーク。
結局晴れかやな表情にしてやることは出来なかったが……うーん……心配だ。
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