エディンは誕生日だった
俺がヘンリエッタ嬢を気絶させた翌日の二時間目の休み時間。
「そういえば忘れるところだった」とレオとスティーブン様がエディンになにやら小箱を渡していたので「それなんですか?」と聞いてしまったのだ。
真顔で「誕生日プレゼント」と言われて思い出した。
5月28日、本日はエディンの誕生日だった。
すまん、ガチで記憶にございませんでした。
「別に忘れていたわけじゃないんですけど、今日ってエディンの誕生日だったんですね」
「いや、完全に忘れてただろう?」
「忘れてたけど」
「ディリエアス、俺も一応プレゼントは送らせてもらったが、届いたか?」
「部屋の中プレゼントまみれで全部開けてない。それより今夜が面倒だな…」
「毎年の事ながら誕生日パーティーだけは逃げられないものね」
と、笑顔で言うレオ。
普段のパーティーなら入場して数秒後にはもういなくなっていたり、そもそもパーティーに現れなかったりするエディン。
己の誕生日までは逃げられないのだろう。
去年はどうだったんだっけ?
…………あれ、去年は…。
「去年ってエディンもライナス様も誕生日パーティーしてませんよね?」
「うっ」
「言ってやるなヴィンセント…。アミューリアに入学後、誕生日パーティーは自分で主催しなければならないのが公爵家のしきたり。去年は俺もベックフォードも入学後で色々後手に回ってパーティーにこぎ着けなかったんだ」
「エディンは遊びまわっていたせいでしょう…? 私はマリー様のお誕生日月と同じなのでいつも控えていたんです。今年はレオ様が開いてくださいましたし、ライナス様にも素敵なお祝いを頂きましたけど」
「そ、そうだったんですか?」
え、マリアンヌ姫と誕生日月が同じだと誕生日パーティー自粛しなきゃいけないもんなの?
…しかし、去年今頃のスティーブン様を思うと…あのマリアンヌ姫なら自分より前にパーティーしただけで怒るのかも…と思わないでもない。
むちゃくちゃだったもんなぁ。
「スティーブン様は月初ではありませんか。何故同じ誕生月だからとパーティーを控えておられたのですか?」
「え? …ええと、色々あるんですよ。父がマリー様のパーティーより派手にやろうとしたり、マリー様の誕生日の準備でお父様がお忙しかったり…昔、私の誕生日とマリー様の誕生日パーティーの準備を同時進行してお父様が倒れたことがあって…」
「…………」
主にアンドレイ様があのテンションではっちゃけすぎてさすがにキャパオーバーで倒れたからか。
…うん、ダメだろ宰相うぅ!
あんたが倒れたら誰が国政を支えるんだー!
倒れた理由が酷ッい!
スティーブン様…だからご自身が我慢なさって…なんてお優しい…!
「あとは私の誕生日にレオ様が来られた事で、お休みになる時の本を読んでもらえないと駄々をこねておられたから、翌年にマリー様もご招待したんですけど…」
「あの時は凄かったねぇ〜…もう飽きたから帰るーって突然泣き出すんだもん」
「そうですね、あれは驚きましたね…ふふふふ」
「あったあった。完全に赤ん坊の駄々だったよな」
…と、笑い飛ばせる幼馴染組。
なんというか、さすがだ…。
「まあ、そんな訳で自粛するようにしていたんです。…毎年何かしら面倒くさい事が起きるので」
「…無体ですわね…」
ス、スティーブン様…!
「で、話を戻すとエディンから誕生日パーティーの招待状のようなものは届いていないんですが。まさか今年も準備にしくじったんですか?」
「しくじった、というか…面倒くさくて全然やってなかったんだよな。面倒くさくて」
二回も言うな。
「エディン、誕生日パーティーの主催は練習しておかないと卒業後に苦労するよ?」
「365日誰かの誕生日で夜会が行われてるのに俺がする必要なくないか?」
「どんな理屈ですか…。私も来年は自分で誕生日パーティーの主催はやりますから、エディンも頑張ってやってください。自分の誕生日くらいしかエディンはパーティーにまともに出席しないではありませんか」
「そうだよ。一応貴族の交流の場なのだから公爵家子息の君がまともにパーティーに現れないのは色々まずいよ? それでなくとも良い噂がないのに、君」
「そんな事はないぞ。『王誕祭』と『女神祭』はちゃんと出てる」
「それセントラル貴族が全員招待される大きいパーティーじゃないですか」
幼馴染にめっちゃ心配されとる。
…しかし、二人に言われて思い出す。
先日ハミュエラに観劇に誘われた時のエディンのタキシード姿。
なんか見慣れないというか、初めて見た気すらした。
だから思い返してみると、確かに去年エディンをパーティーで見た記憶がないのだ。
俺の記憶にないだけで、パーティーには行って……、…『王誕祭』と『女神祭』は、って…。
「……ライナス様、お顔の色が優れませんわね?」
「う…うむ…」
「そういえばライナス様は来月お誕生日ではありませんでしたか?」
「う、うむ…」
「…まさか…」
俺とお嬢様がライナス様の顔を見てから顔を見合わせた。
この顔は……この顔だろ。
「準備が進んでおられないのですね?」
「し、使用人がいない故、全部自分でやっているのだが…難しくて敵わん…」
「お前馬鹿だろ」
エディン、それは言ってやるな…。
俺も少し思ったけど言ってやるな……武士の情けだ…。
「エディンだってパーティーが開けていないのだからライナス様をどうこう言えませんよっ! …ライナス様、私もお手伝いするので頑張りましょう!」
「そうそう、僕も手伝うから」
「ス、スティーブン…レオハール様…!」
「何を仰っているんですか、お二人がお手伝いしてはライナス様のためになりません」
「⁉︎」
「⁉︎」
お、お嬢様⁉︎
「主催とはその貴族が行わなければ意味がありませんわ。お二人がお手伝いしてはライナスが主催の苦労をきちんと理解出来ません。まだ一ヶ月もあるのですから、最後まで頑張って頂くべきです。今年がダメでも来年、再来年もございます」
「ロ、ローナ様…で、ですが…」
「使用人がいらっしゃらないのならセントラル内で雇えば良いのです。ライナス様」
「そ、そうか…そういうことも出来るのか…。ローナ嬢、助言感謝する」
「いいえ、差し出がましい真似を致しました」
「…………」
幼馴染組が押し黙る。
お嬢様…相変わらずお厳しい…。
いや、この場合俺がライナス様のお手伝いを進言するべきだったかもしれないな…。
ん? いや、それより…。
「つまりエディンの誕生日パーティーはなしですか?」
「ない」
と、断じたのは本日誕生日のエディン。
え、えー…。
「…でも実家には呼ばれている…」
「が、がんば…」
「エディン様、先程スティーブン様とレオハール様も言っておられましたが、誕生日パーティーの主催は在学中にしておきませんと卒業後に苦労されますわ。来年こそは真面目に行った方が良いかと」
「…気が向いたらな」
やる気ねぇな!
「あ、ライナス様。俺でよければ使用人の募集、お手伝いしますよ」
「本当か、ヴィンセント!」
「ええ、伝手(つて)はありますので」
ローエンスさん…義父さんから万が一お嬢様やケリーに使用人が必要になったら〜、ここに頼ってみて〜、とあのゆるい感じで聞かされた場所が二ヶ所と人物が一人。
城下町の求職場らしく、下手な人は紹介されないはずとのことだから大丈夫だろう。
「まあ、そんな伝手があったの?」
「え? はい。義父さんに教わっておりましたが」
「そう…それじゃあわたくしにも一人か二人メイドを探しておいてくれる? マーシャには来年の為に色々教えておかなければならないの」
「…分かりました」
あれ?
気のせいか…?
……お嬢様の顔が険しい…。
「マーシャのお友達の子にも声はかけてもらっているのだけれど…」
「マーシャのお友達?」
あいつ人懐こいから友達は多いみたいだけど…。
でもそれは使用人宿舎の中の話。
他の貴族のメイドがお嬢様のメイドになる?
いやいや、そんな馬鹿な?
「ええ、メグという下町の子なのだそうだけど」
「…………」
「貴方も知っているのではなくて? マーシャが言っていたわよ」
「…………は、はい…え、ええ…ぞ、存じ上げては、はい…おりますが…」
「? どうかしたの?」
え?
いや、お嬢様マジすか?
メグをお嬢様付きのメイドに迎える、だと?
さすがに下女から雇ってメイド見習いからだろうけど…メグを⁉︎
「あ、予鈴です」
スティーブン様が言うのでみんなさっくり席に戻る。
しかし、お嬢様がメグをメイドにって…。
は? ちょ、いや、今更だけど本当に……ゲームが始まったらどうなるんだそれ⁉︎
時間軸的に今年の『星降りの夜』のはずだ…戦巫女が召喚されるのは!
…けど未だ召喚の話は出てないし…。
色々変わり過ぎて、まさか戦巫女が召喚されない…?
まさか?
「…………」
いや、ちょ…それはさすがに…。
そんな事になったら『代理戦争』は…か、勝てるのか⁉︎
いやいや、無理だろ。
だって戦巫女がいない、イコール魔法が使えない…だぞ!
国王もアンドレイ様も戦巫女の捜索は続けているはず。
レオに魔宝石を常に身に付けて探すよう言っているくらいだし。
まだ五月末だし…巫女が召喚されるまでは時間もあるか。
…………。
つーか巫女が召喚されない、イコール、ゲームが始まらない。
ゲームが始まらない、イコール、お嬢様が破滅エンディングで亡くなったり苦労することもない…じゃないか?
それはそれで……。
い、いや! 戦争が厳しくなるだけだ!
やっぱり来て! 来てください戦巫女様!
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