演劇鑑賞
ケリーたちが入学してから初の日曜日。
俺たちはウェンデル西区に集まっている。
先日ハミュエラに演劇の観劇に誘われた。
スティーブン様とマーシャがノリノリで「行く!」と答えた為だ。
いや、まあ、別に俺たちまで来なくてもそれはそれで良かったんだろうが…。
「スティーブン、ベックフォードにあまり我儘を言うんじゃないぞ」
「エディンは私の保護者ですかっ。私、ライナス様に我儘なんて言いませんっ」
「ダダダ大丈夫ダ…」
「ライナス様…本当に大丈夫ですか?」
「ダダダダイジョウブダ…」
「…………」
「…………」
このように。
ライナス様が観劇が決まって以降…正確にはハミュエラが「ライナスにいににデートのプレゼントですー」と言って以降このザマだ。
顔は顔面蒼白で、今にも倒れそう。
「…ベックフォードが緊張で倒れたら俺たちで運び出すぞ…」
「そうですね…ライナス様の名誉のために…」
というか、俺とエディンしか運べないだろうな。
あの人、自分の使用人連れて来てないから。
よその貴族の使用人に任せるわけにはいかないし、ライナス様の体格は俺たちの中でも特にご立派だ。
普段家事しかしていない使用人に、あの体格の男を運ぶのは酷だろう。
倒れないで頂くのが一番だが、ロボットみたいな歩き方になってて不安は募るばかり。
「全く…人生初のデートだかなんだか知らんが、デート如きで倒れそうになるとかどんだけ童貞丸出しだあいつ」
「……慣れ過ぎてるのもどうかと思うけどな」
お前は今、全世界の童貞を全員敵に回したぞ。
俺含めな…‼︎
……仕方ないじゃないか。
俺は分かりますよ、ライナス様。
初めての彼女(?)と初デートだなんて緊張しますよね!
俺、前世でも今世でも彼女いた事ないですけど!
だから想像ですけど、男の夢ですよね! 初デート…!
「というか、そんなこと言うお前の初デートっていつだったんだ?」
「あ? いつだっただろう…? …6歳の頃のヘンリエッタ嬢か? 出会って3秒で「結婚してやってもいいわよ」とか上から目線で言われて腹立って散々エスコートして楽しませてから婚約話は断って…二度と会ってない」
「…………」
やっぱりクズだった。
つーか、ヘンリエッタ嬢って昔からああなんだー…。
「ヴィニー」
「はい! お嬢様!」
制服ではなく、普段着ドレスのお嬢様。
はあ、お可愛らしい!
本当なら御髪も俺がセットしたかった…女子寮が男子禁制でなければ! くぬぅ!
因みにマーシャもきちんとこの日のために用意した普段着ドレスだ。
アミューリアの生徒は本来街に降りる時は制服着用だが、西区は『プリンシパル区』よりも下にある為ここまで出てくる場合普段着着用となる。
しかし劇場はある種の社交場。
正装に近いものでなければならず、俺もエディンもタキシードである。
マーシャは…うむ、メイクもバッチリ。
よしよし…。
お嬢様の横に並んでも恥ずかしくない格好だな。
しかし顔が明らかにソワソワと…顔と動きがうるさい。
「では、わたくしもマーシャのお目付役として同行します。…エディン様と貴方はどうなさるの?」
「俺はあの喧しい西のご子息が苦手なんだよな…」
「あの方を得意な方は相当稀有ですよ…」
「そうね…」
満場一致。
「え、そうですけ? わたしは良い人だと思いました! チケットくれたし!」
「お前はな」
……でもなかった。
「開演まで時間はあるが…どうしたものか。チケットは持たされたが…」
「レオハール様もまだ来られませんよね?」
「あいつは来ないとさ。行くと観劇を観に来た貴族がそれどころではなくなるだろうと」
「あ、ああ…」
もう次期国王って公表されたもんな。
確かに、劇を楽しみに観に来てそこに次期国王が居たらそれどころじゃないな…心持ちが。
観られる側もいつもどおりの演技が出来なくなるかもしれない。
「ハミュエラ様はそこまで分かっていなさそうですね…」
「分かってないだろうな…。分かってたらベックフォードに「デート」なんてプレッシャーかけなかっただろう」
「スティーブン様も心配しておられましたもの…。あんなに緊張されては気になって観劇に集中出来ないかもしれないと…」
「…そ、それはそれで残念ですね…」
「ぶっ倒れそうな顔だったもんなぁ〜…ライナス様大丈夫だべか…」
「お前は貴族に囲まれて観劇するという状況をもう少し理解した上で、ライナス様の半分くらい緊張感を持て」
「ふ、ふぐぅ…っ!」
だが、そう考えるとハミュエラ・ダモンズという貴族はガチで裏表のない、打算もなにもない人物と捉えることが出来る。
それは貴族としてかなり危険だ。
去年一年で思い知った、貴族とは本当に泥沼の足の引っ張り合いが好きな生き物。
ライナス様もかなり馬鹿正直…いや、愚直…いや素直な人物だが、ハミュエラは輪を掛けて酷い。
ある種、アルトも裏表のない性格…ツンデレで分かりやすい…けど、血筋かなにかなのか?
公爵家として生き残れるのか心配になるなぁ。
「で、お前のところの義弟とその従者もまだ見当たらないが…まさか逃げたのか?」
「いえ、観劇そのものは芸術の嗜みとして一度観せておきたかったので来るようには伝えましたわ。それに、わたくしが思うに……」
「ケリーケリーケリ〜! 見て見て、あそこの屋台のパンは動物の顔を模ってるんだよー! さすが芸術地区と呼ばれるウェンデル西区ですねいっえーい!」
「……」
「ケリー顔が犯罪者みたいだよー、ダメだよ笑って笑って、笑った君の顔が好き! えー、無視しないでよーぅ! そんなこわーい顔してると女の子も逃げにちゃうよー! あ、俺っちがキスしてあげ…」
「やめろ! 離れろ!」
「きゃー! こっわーい!」
「ハ、ハミュエラ様〜、アルト様が呼吸困難で静かになっちゃいましたよ〜⁉︎ く、首は離してあげてください〜! 死んでしまいますよ〜!」
「あ、やべ」
「……………………」
成る程、逃げようと思ってもアルトやケリーのようになるのだな。
そしてもうケリーが完全に本性丸出しの丸裸にされている。
貴族とは思えない人殺してそうな凶悪顔…。
俺でさえ余程の事がないと見ないぞ、あんな顔…!
……恐るべし、ハミュエラ・ダモンズ!
「あ! ローナオネーサマ、マーシャちゃーん、ちわすでーす! 執事のオニーサマ、セントラル公爵家のオニーサマもちゃんと来てくれてハミュエラは感動の雨あられですー!」
「ごきげんよう、ハミュエラ様。本日はお誘いありがとうございます」
「俺も、この度は貴重な機会を頂きありがとうございます。本日はよろしくお願いします」
ひえ。
お嬢様はともかくエディンの猫かぶりモードとか初めて見たかも…⁉︎
マーシャまで目を剥いてドン引いてる!
…こいつ貴族らしく振る舞えたのか…。
「マーシャ…」
「はっ! …あ、あのあの、ハミュエラはま…」
噛んだ。
「……ご、ごきゅげんうるわしゅう…」
噛んだ…。
「本日はお招きいただき、ありがとうございますっ!」
そこだけはちゃんと言えたか…。
「我々の様な者にまでご配慮頂きまして、その寛大なお心遣いに感謝致します」
と、とりあえずマーシャの挨拶の締めで俺が付け加えると、ハミュエラは…。
「あんるぇ〜? ライナスにいにはどこですかー?」
あれ?
俺たちの挨拶聞いてない感じ?
「先にスティーブン様と劇場に入られましたわ。道の前ですのでわたくしたちも入りましょう」
「あ、俺っちは劇団の人たちに挨拶して来るのでお先にどーぞでーす! ひゃっほーい、ライナスにいにの初デート盛り上げるぞーぅい!」
「⁉︎ お、お待ち下さいハミュエラ様⁉︎ まさかなにかされるおつもりではありませんよね⁉︎」
「え?」
今の発言聞き捨てならん!
ライナス様をこれ以上追い詰めないでやってくれぇ! マジで!
これ以上変な刺激与えたらあの人本当に倒れる!
「スティーブン様がお誕生日だそうなのでケーキ用意してまーす!」
「⁉︎」
「⁉︎」
「え、もう過ぎてるぞ?」
冷静に切り返すエディン。
スティーブン様のお誕生日は4月4日。
確かにもう過ぎてる…。
それに一応レオ主催で誕生日を祝う夜会もしたぞ?
学園のダンスホールはそういう時、使っていいらしい。
「知ってます! けどライナスにいにはダメダメなのでサプライズ苦手だと思うんです! お誕生日、好きな人に祝ってもらったら絶対とっても嬉しいです! 何回お祝いされても絶対幸せです! ケーキと、あとお花たくさん用意しましたー、たくさん降らせまーす!」
「え、あ…」
「ライナスにいには黙ってればいいでーす! わーい!」
と、走り去るハミュエラ。
……え、えーと…。
「………ダモンズは敬語が使えたんだな」
「それは俺も少し思ったけどそこじゃないだろ」
多分目一杯頑張った敬語だったな。
いや、だからそこではなくて…。
え、じゃああのライナス様の今にも倒れそうな緊張の面持ちは…。
「…………」
「大丈夫ですか、フェフトリー様」
「だ、大丈夫に見えるか……さ、酸欠で気分が悪いわ…っ」
「そんな状況で人の多いところに行かない方がいいですよ。ロビーで待っておられた方が良いですね」
「言われんでもそうする。…全く、ハミュエラの奴め…」
「あ、あの、それじゃあぼく、アルト様と一緒にお待ちしています」
「一人で待ってる!」
「わあ、ご、ごめんなさい〜」
でも待ってるんだ…。
って、いうかケリーが俺も知らない完全他人行儀モード…!
…ハミュエラの存在がケリーの心にこれまでなかった壁を作ったのか⁉︎
違う、ケリー、別に仲良くしろとは言わないけど学校に来て壁を新しく作るのは違う!
学校は友達という名の味方を作るところだ!
「……で、でも、その…」
「は、はい?」
「…ライナス兄さんがちゃんと、その……い、いや、やっぱりいい…!」
「……。分かりました、ちゃんと見ておきますよ。ヴィニーが」
「俺が⁉︎」
いや、まあ確かにアルトのツンデレ今日も絶好調かよ、愛い奴めとか少し思ってたけど!
ツンデレキャラ嫌いじゃないけど!
そこで俺が巻き込まれるの⁉︎
「べ、別に俺はライナス兄さんがハミュエラの仕掛けたサプッ!」
「はいはい、分かりましたから。それは大声で叫んじゃダメなやつですよ」
確かに。
ケリーが口を塞がなかったらハミュエラ以上の大声で暴露していることになるな。
…まあ、いいか。
確かに恋人になって、初の誕生日…普通にみんなでパーティーしてお祝いしただけだもんな。
気は遣ったんだぜ?
でも本人が謎の「まだ早い」って言うから…。
思えばあの時はまだ穏やかだったな。
ハミュエラが入学してなくて。
「なあ」
「はい?」
また隣に来たエディンが僅かに小声で…。
「因みにお前どっちをエスコートする? 俺はマーシャでも構わんぞ」
「どっちも任せないので一人で入れ」
そうだな、劇場は貴族の社交場の一つだからな。
パーティー会場のように観客は大体男女ペアだ。
無論、指定された席に座る時は隣同士に座る。
ハミュエラがどんな席を用意してるのかは知らないが、一般的な劇の鑑賞時間は約3時間。
ずーっと隣に座りっ放しになるわけだ。
あははははははは。
「ケリー様、俺はマーシャをエスコートしてやりますのでお嬢様のエスコートはお願い致します」
「分かった任せろ」
「えー…」
「なんだその不満そうな声と面(つら)は。じゃあエディン様にエスコートしてもらうのか?」
「やだ。義兄さんでいい!」
「あからさまだな」
マーシャもまだエディンには嫌悪感があるのだな。
そうだ、それでいい。
こいつは結局女関係では、ただのクズだ。
その判断は正しいと言えよう!
「それではダメよ、マーシャ。お断りするならちゃんと淑女らしくお断りしなさい」
「淑女らしくお断り⁉︎ ど、どうするんさ⁉︎」
「お誘いは嬉しいのですが、すでに義兄に頼んでおりますの。またの機会にお誘いくださいませ…かしら」
「俺で断る時の作法を教えるのやめろ」
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