番外編【ローナ】幼少期



あの子供は、よく働く。

だから我が家に迎えても、きっとよく働くだろう。


斑点熱が流行り、今よりも幼いころに気が付いた自分の“医療知識”を頼りに父に無理を言って廃れた街の跡地にやって来た。

そこで出会った子。

ヴィンセントと名前を付けて、我が家で引き取った。

彼は期待通り、よく働く。

そして…………






「え? カーチェがヴィニーに?」

「はい、すぐでなくても構わないので是が非にでもと…」

「…………それは、さすがに年齢の差がありすぎるのではなくて? ヴィニーは実年齢は分からないけれど…わたくしとそう変わらないでしょう?」

「私もそう言ったのですが、ダメで元々、と言って…」


カーチェは我が家のメイドの1人。

今年15歳になる、礼儀見習いで我が家に来た子だ。

来年からアミューリア学園に通う彼女は、なんと私と歳の変わらなさそうなヴィニーを婿に欲しいと言ってきた。

わたくしは先日9歳になった。

あの子は年齢が分からないけれど、多分、わたくしとそんなに変わらない。

男の子でわたくしと身長が変わらないから、年下かもしれないくらいだ。

だからさすがに、それはちょっと…。


「なんにしても本人の意思を確認しないと…。ヴィニーには話したの?」

「はい…。さすがに早いと断られました」

「当たり前だわ…。婚約ならまだしも…」

「そうですよねぇ」


もう少し大人になったら歳の差など気にならなくなるでしょうけれど…。

さすがに成人前はダメよね。


「まあ、ヴィンセントは黒髪黒眼で顔立ちも美しいですから…気持ちは分かりますけど」

「確かに整っているけれど…カーチェの年齢でヴィニーはちょっと犯罪だわ」

「ですよね」




そんな事のあった2年後。




「え? エリアナが?」

「はい、ヴィンセントを是非婿にと…」

「待って、エリアナは今年いくつ?」

「………28です…」

「………………エリアナ…そんなに追い詰められていたの…? お、お父様に頼んで縁談を探してもらうわ…!」

「お待ちくださいお嬢様! …他にもカトリナやシーナ、リリア、ミリアやマリナがヴィンセントを婿に欲しいと…」

「え…」


絶句した。

未婚のメイド全員じゃない…!

どういう事⁉︎


「待ってシシリアメイド長…、わたくしの記憶が正しければそのメンバーは…未婚者全員ではなくて?」

「はい…」

「そんな事があるの? ヴィニーは、確かに背丈はわたくしを越したけれど…多分わたくしと年齢は変わらないはずよね?」


わたくしは先月11歳になった。

義弟のケリーがやって来てから、何故かヴィニーはあの子にお兄さんのように振る舞う。

それが悪い事だとは思わないし、ヤンチャなケリーの相手をヴィニーがしてくれるのはありがたくもある。

最近のヴィニーはケリーのお兄さんのようで、以前にも増してしっかりしてきたし成長期らしくどんどん男の人のようになっているけれど…それでもだ。


「婚約の申し込みが殺到しているのです…」

「ケリーではなく、ヴィニーに?」

「…ケリー様にではなく、ヴィンセントにです」


…まあ、ケリーと比べるとヴィニーは大人っぽいものね…。

ケリーももう少し成長すればたくさんの令嬢から婚約の申し出があるはず。

いえ、今はヴィニーの問題ね。


「ああ、お嬢様こちらでしたか」

「ローエンス、どうかしたの?」

「実は困った事がありまして…。ヴィンセントの事なのですが…」

「ヴィニー…?」


なにかしら、嫌な予感がする。

シシリアも同じことを思ったらしく、心配そうな顔をして父の執事ローエンスを見た。


「いろんな家のメイドから婚約の申し込みが殺到しておりまして」

「ど、ういう事…?」


動揺が声に出てしまう。

今まさに、シシリアメイド長と同じような話をしていたのだ。

でも、それは我が屋敷内でのこと。

しかしローエンスが持ってきたのはよその貴族の屋敷に仕えるメイドたちからの、ヴィニーへの婚約申し込み。


「一つ二つなら、メイドとはいえ貴族令嬢へのお屋敷に嫁がせるのをお断りもできるのですが…」


良家へ行儀見習いで入るメイドのほとんどは子爵や男爵家の中でも家庭教師を雇えないほどお金のない家の令嬢たち。

うちで預かっている子たちもそうだ。

しかし、ヴィニーは同じ使用人の中ではよりランクの下。

平民からわたくしが選んで連れてきた、下男。

ローエンスの家に引き取ってもらい、現在でこそ『苗字持ち』ではあるけれど…。

そんなヴィニーを『記憶継承』の系譜を継ぐ貴族令嬢の婿に入れるのは血を薄めることになる。

いえ、そもそも、どうしてヴィニーなの?


「ですがローエンスさん…よそのお屋敷のメイドがどうしてヴィンセントを?」

「多分お嬢様のお茶会に付き人としてついて行った時に見初めたのだろうね。最近ぐんぐん背が伸びてきたから、大人びてきたし…」

「元々妙に色気のある子だったけど…よそのお屋敷でメイドを引っ掛けてくるなんて末恐ろしいねぇ…。実はうちのお屋敷のメイドたちもみーんなヴィンセントに婚約の申し込みをしたいと言ってきてるのよ」

「えー…なにそのモテ期到来パパ羨ましすぎるー」

「くねくねしないでおくれ、気色悪いねぇ…。義父親(ちちおや)のあなたにも相談するつもりだったんだが…、どうする?」

「いやー、まあ、貴族なら普通に婚約者を定める歳だけど…うちは使用人の家系だしねぇ…。そんなに急いで結婚させる必要はないなぁ。本人も興味なさそうだし…」

「そうだよねぇ…」

「そうよね…」

「よそのお屋敷のメイドの顔をヴィンセントが覚えていれば話は別ですが、ヴィンセントにこの話をしたら「そういえばよそのメイドさんはみんな具合が悪そうだった」と本気か冗談か分からないことを言っていましてねぇ」

「え」

「え…」




…………この時に感じた、嫌な予感は…時を追うごとに明確に浮き彫りになる。




「ヴィニー、話があるわ」

「はい! お嬢様!」



あれからさらに2年。

わたくしは昨日13歳になった。

昼過ぎの中庭で、アフタヌーンティーを楽しむ時間。

ヴィニーはすっかり背も伸び、燕尾服が様になるようになってきた。

そんなヴィニーが淹れるお茶を飲みながら…話を切り出す。


「貴方、結婚には興味はなくて?」

「え? ないですね」

「即答かよ」


ケタケタとはしたなく笑うケリーを睨む。

すぐに「ごめんなさい」と謝る事が出来るのはケリーの美徳ね。

しかし、謝るくらいなら最初からしなければいいのだけれど…。

まあ、ケリーは後できつく叱るとして…。


「けれど貴方、最近輪をかけて婚約の申し込みが増えたのではないの?」

「婚約の申し込み? 俺に? 全然そんなのありませんよ?」

「え?」


正直耳を疑う返答。

ローエンスが差し止めているのかしら?

何のために?

戸惑うわたくしにケリーが肩を落として「義姉様」と首を振る。

わたくしよりも少しだけヴィニーとの時間の多いケリーのその反応。

ま、まさか…。


「なんか引き抜きのお誘いは多いみたいですけど」

「引き抜き?」

「はい。俺みたいな若造を引き抜きたいなんて…よそのお家はそんなに使用人に困っているんですかね」

「…………」

「…………」

「そろそろスコーンが焼きあがるのでお持ちしますね」

「え、ええ…………」


ぱたん。

中庭に抜けるガラス扉が閉まる。

すぐにわたくしはケリーと顔を見合わせた。


「どういう事なの?」

「婚約の申し込みイコール引き抜きだと考えているらしいです。…うちのメイドや、農園で働く下女たちに恋文を渡されても全部俺宛だと思うみたいで俺に渡してくるんですよね」

「………⁉︎」

「俺経由でヴィニーに恋文を渡すと、添削されて送り主のメイドに戻って来るらしくて…」

「て、添削…⁉︎」

「デートに誘っても買い物に付き合う荷物持ち感覚。愛を告げても斜め上の頓珍漢返事。…それら全てがどうやら『素』のようです。あれはもう何かの呪いですね」

「……………、……ケリー、まさかヴィニーは…………アホなの?」

「…………義姉様今気付いたんですか?」











薄々気付いてはいたけれど。

*********

こちらはそら様のリクエストとして執筆させていただきました。

そら様、リクエストありがとうございました。

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