お嬢様とマリアンヌ姫
「お前ら先に入るとか酷くないか」
「おや、エディン様」
「こんばんは、エディン様」
「学園ぶりですエディン」
「ディリエアス公、こんばんは、お久しぶりです」
「ああ、君はベックフォード家の…」
俺たちが入場して1分もしないうちに見慣れない服装のエディンとディリエアス公爵が会場に現れた。
2人が入ってきたのは俺たちが入ってきた入り口とは違う、玉座横の扉。
あれ、エディンの奴、剣なんか下げて…いいのか?
パーティーの会場で武装するのは騎士団員だけのはず。
…そ、それにしてもディリエアス公まで来たとなると…姫の思いつきで開催された小規模パーティーのはずなのに、国王や王妃、宰相や騎士団総帥まで揃ってしまったな…。
見ろ、学生たちの表情がさすがに強張ってるぞ。
「ローナ嬢にはうちの愚息が迷惑ばかりかけて…はあぁ…ゆっくり謝罪をしたいところだが陛下のお側に控えねばならない。パーティーが終わったら是非謝罪を…」
「い、いえ…父が来ているそうですので、わたくしは父に会いに行こうと思っております。お気遣いなく」
「リース伯爵が? では是非リース伯爵にも謝罪を…!」
「ち、父上…」
そして騎士団総帥にペコペコ頭を下げられるうちのお嬢様。
…本当、真面目でいい人なんだけどな…ディリエアス公…。
「…時にディリエアス、その服装は見習い騎士の装いか?」
「あ、ああ…人手が足りんから急遽会場警備の手伝いをする事になった。というわけで、ローナ、すまないがエスコートは執事にしてもらってくれ…と、伝えに来たんだが…不要だったようだな」
「そ、そうでしたの…すみません…全然気にしておりませんでしたわ」
「むう…」
作戦忘れてるんじゃないだろうな、と言わんばかりの表情。
…時にディリエアス公を見て思い出したんだが、ディリエアス公は今回の『元サヤ作戦』のこと知ってるんだろうか?
旦那様にも説明しておかないとややこしい事になりかねないよな?
お会いした時に説明しなければ。
「まあ、それはそれとして…どうだ、ローナ。見習いとはいえ騎士の装いの俺はなかなかだろう?」
「え?」
「っ…そこは世辞でも似合っていると言っておけっ」
「はっ! …は、はい、とてもよくお似合いですわ…」
…………何回目かわからないが…本当に大丈夫だろうか、この作戦…。
「エディン、その件はお前に任せるがな…ローナ嬢にあまり無理を強いるのは許さんぞ」
あ、ディリエアス公は『元サヤ作戦』のことご存知っぽい。
「では、皆はパーティーを楽しんで来られるといい。行くぞエディン」
「はぁ」
不安によるため息がでかい。
いや、こればかりはお前の気持ちがよくわかるけどな…。
「むう…」
「どうされたんですか、ライナス様」
「またもディリエアスに先を越された気がしてな」
「…まあ、困った方ですわ…ライナス様。ライナス様がエスコートされなければスティーブン様は他の方にエスコートされていたかもしれませんのよ」
「う、そ、それは…」
「お、お嬢様…」
なんでそう禁断の扉へガツガツ煽っちゃうんですか。
騎士団志望のライナス様にはそう見えたの…か?
ん?
「はあ、なんて素敵なのかしらエディン様…」
「騎士の装い、凛々しくてお似合いだわ〜」
「あ〜ん、攫っていただきたいっ」
「やだ、騎士様に攫われたいなんて…分かりますけど〜!」
「きゃ〜〜っ」
………お嬢様には一切通用していなかったが、やはり一定の層にはきゃっきゃされてるなぁ…。
とろけた顔のご令嬢がピンクとハートのオーラを撒き散らしておられる。
まあ、確かに…見習いとはいえ騎士団の装いはグッと大人びた感じがしたけどな。
…悔しいがさすがメイン攻略対象の1人…認めるのは非常に癪だが…イケメンだ。
「さあ、私たちもマリー様にご挨拶をしませんと」
「そうですわね」
「スティーブン、なにかあっても俺や宰相様がいるからな」
「ええ、わたくしもフォロー致しますわ」
「微力ながら私もお側に控えております、スティーブン様」
「ふふ、はい。大丈夫です」
ドレス姿のスティーブン様をマリアンヌ姫がご覧になるのは今日が初めてなんだものな。
お嬢様とレオの噂のことを、あのお姫様がどの程度勘違いしているかは分からないが…ほぼ1ヶ月間、エディンとお嬢様が再婚約に向けて働き掛けてきた努力で多少は改善されていればいいんだが…。
でも、やっぱりスティーブン様の目に見えた変化の方に意識は持って行かれることだろう。
なにより、ドレス姿のスティーブン様はお美しすぎる!
お嬢様に引けを取らない美少女っぷりだ!
「こんばんは、マリー様」
「ええ…こんばん、…なぁに、あなた…初めて会うわよね? いきなり愛称で呼んでくるなんて馴れ馴れしいわよ!」
ほら、やっぱりー!
「やはり分かりませんか? 私ですよ、スティーブン・リセッタです」
「は、はあ?」
「陛下も王妃様もお久しぶりでございます」
上品にお辞儀をするスティーブン様。
さすが、前世の記憶がはっきり残っているだけあり令嬢としてのマナーも完璧だな…。
…下手したらマリアンヌ姫より淑女の礼儀が出来ているのでは…。
「おお、アンドレイから話は聞いていたが…そうかそうか、其方であったか…。前世の記憶が強く出すぎていたのだそうだな。もう淑女として生きると決めたのか?」
「それはまだ決めておりません。ですが、もう以前のように自分に嘘をつくことはやめようと思いまして」
「あら、残念ね。わたくしあなたの怯えた姿は嫌いではなかったのよ」
「マ、マリアベル様、ご冗談を…」
「ふふふ、ほんとよ?」
じょ、冗談が笑えねーなこの王妃…。
「まあ、前世と性別が違ってしまったのは残念ではあるが、リセッタ家の世継ぎは残すよう努めてくれ。其方のような優秀な人材の子孫は次の世代に残して欲しい」
「…努力致します。お気遣いありがとうございます、陛下」
「うむ」
「またあとでお話ししましょうね、スティーブン」
「はい、マリアベル様。ぜひ」
…………あれ?
終わってし…まったな?
主に国王と王妃様がにこやかに対応し、マリアンヌ姫が口をパクパクさせている間に挨拶が終わってしまった。
……もしかして、国王や王妃がいたおかげでマリアンヌ姫も好き放題できる状況じゃない?
だとしたら、結構無事に終わるかもしれないな、このパーティー。
…どうなることかと思ったが…。
「はっ!」
スティーブン様の挨拶が終わると呆然としていたマリアンヌ姫が我に返った…ぽい。
改めて、ゴテゴテしたドレスと統一感のない装飾品、長い髪は盛り上げられてそこにも好き放題取り付けられた髪留めの数々と…これはもはや一種の芸術品を目指しているのかと疑う装いだ。
相変わらず独特な感性だな。
そんなマリアンヌ姫の側へライナス様が一歩近づき、頭を下げる。
「ノース区ベックフォード家のライナスです。お久しぶりです、マリアンヌ姫」
「え? あ、ええ…ひ、久しぶりね…」
「レオハール王子がここ1ヶ月、学園に来られないのですが何かご存知ですか?」
「ラ、ライナス様っ」
「!」
一難去ってまた一難。
公爵家子息でありながらなんて余計なことを。
いや、聞きたいのは山々だろうけども!
お嬢様が慌てて声をかけるが、ライナス様は真正面からマリアンヌ姫を見据える。
スティーブン様も、横に近づいて「ライナス様」と止めようとするが一度出た言葉はもう取り消せない。
…しかし…。
「ああ、そのこと? お兄様はご公務でお休みしてるのよ。ねえ、お父様?」
「うむ、そう聞いている。確か、マリアンヌの執務のサポートであったな?」
「ええ!」
「…………、…そ、うですか…」
ムッフー、と鼻息荒くドヤ顔で(大してない)胸を張るマリアンヌ姫。
こ、この姫君、国王をすでに騙くらかしていたのか。
確かにエディンが「国王ならマリー姫の言うことを鵜呑みにしてレオの監禁の事も特に触れないかもしれない」的な事をぼやいていたけれども…!
娘可愛いとこんなに馬鹿になるのか?
王様なのに?
…でもさっき娘(息子)にデレデレすぎて人目も憚らず抱き付いて頬擦りしてた宰相様見ちゃったしな〜っ!
いや、でも、王様だろアンタ!
レオだってアンタの息子だろ⁉︎
なんで姫の我儘は聞き入れるくせに息子への気遣いの言葉一つでてこねーんだよ…⁉︎
「レオ様は本日はおいでになられないのですか?」
「いいのよ! お兄様は来なくって!」
「そ、そうですか…」
スティーブン様の援護も甲斐無く、横暴な一言で片付けらる。
生徒たちの空気が冷めた気配。
…城勤めの役人貴族たち以上に、アミューリア学園の生徒たちの目や態度はあからさまに冷やかだ。
この場で陰口を叩くものは誰1人いないが、アイコンタクトで大体通じ合っている。
姫よ…アンタみたいなやつを俺の世界でなんて言うか知ってるか…?
K (くうき) Y(読めない)…だ。
…死語だけど、これ以上ないくらい相応しい言葉だろう。
そりゃ他にも厚顔無恥とか悪口雑言とか…色々思いつくけど、この場だとやっぱこれが一番だな…。
後ろの空気が極寒だけど、ほんと気付いてないっぽいぜこのお姫様…。
「では、失礼します」
ライナス様も無駄と悟ったのか、頭を下げる。
マリアンヌ姫がレオを監禁している事は、他の生徒は知らないはず。
ここで追及したところで証拠があるわけではない。
まだ表情は納得していないライナス様にスティーブン様が「証拠もありませんから」と耳打ちしていたのが俺には聞こえた。
ので、ライナス様も悔しそうに頭を下げて下がるしかないのだ。
いや、しかしライナス様がこういう…貴族っぽくない性格なのを忘れていたな…。
正義感が強すぎるというか、真面目がすぎるというか。
「こんばんは、マリアンヌ姫様」
あ、次は俺とお嬢様の番か。
俺は挨拶すべきだろうか?
姫の誕生日の時は挨拶した時、首を傾げられたしな。
今日は頭を下げるだけにしておこう。
お嬢様が一歩前に進み、スカートをつまんでお辞儀する。
その後ろで一緒に頭を下げた。
しかし、事件は次の瞬間に起きる。
「えーと、貴女は…誰だったかしら」
え?
頭を下げたまま、思わずこっそり見上げてしまった。
な、なんだと?
「…リース家のローナでございます」
「ローナ?」
「はい。本日はお招き頂きありがとうございます」
…え、このお姫様、貴族の名前覚えてないの?
それならそうと侍女でも侍らせておくべきじゃ…。
王族(仮)なのに一度挨拶した貴族の名前をど忘れは…信頼が下がる!
レオなんて地方貴族の名前も覚えてるぞ?
そりゃめちゃくちゃ人数いるから覚えるのは大変だけど、記憶継承で暗記能力が高ければ覚えられるはずだ。
…もちろん、真剣に覚えようとすることが第一条件だが。
「…しかし、失礼ながらマリアンヌ姫様…この度の『星降りの夜』、アミューリア学園で行われる予定の夜会に被せて城でパーティーを催されたのはやりすぎですわ。本日婚約が決まった者もいたかもしれませんのに。この国の女王となられる方が、家臣たちの未来を潰すようなことをしてはいけませんわ」
「お、お嬢様…」
サバァ! と、鋭い切り口で突っ込むお嬢様。
その姿に冷めていた貴族令嬢たちから「よく言ってくださったわ!」みたいな熱い眼差しが光る。
いや、それはそうなんだけど状況的に今お嬢様がそれを言うのは絶対まずいです!
なんで我慢せず言っちゃったんですかお嬢様〜〜っ⁉︎
「……お前がローナ・リース…」
「?」
「?」
「お前がお兄様を誑かした泥棒猫ね⁉︎」
「え…?」
「⁉︎」
ざわ…。
マリアンヌ姫の怒声に近い声に、会場が騒つく。
俺もお嬢様も、驚いてマリアンヌ姫を凝視した。
あれ、怒るとこそこ⁉︎
その後ろで国王が表情を険しくし、王妃は目を見開く。
え、は?
こ、この姫君、なんて…?
「許さない…、絶対…お前のせいでマリーの、マリーだけのお兄様がおかしくなった…!」
「あの、マリアンヌ姫様…何を仰っているのか分かりかねます」
お嬢様を背に庇うように立ち、少し下がる。
なんだ?
なにか、様子が…。
以前城で見た癇癪の前兆に似ているが……まさか。
だってここ、パーティー会場だぜ?
王とお妃も後ろに座っているのに…そんな事…。
「衛兵! この女の顔を叩き切りなさい! 二度とお兄様の前に出られないようにするのよ!」
「な!」
「っ」
ざわざわとした声が大きくなる。
やはりマリアンヌ姫は俺の想像を超えてきた。
こんな…王やお妃まで出席したパーティーで、出席者の令嬢の顔を切れ?
馬鹿なのにもほどがあるだろ。
ディリエアス公爵が困惑気味に顔を国王へ向けて指示を仰ぐが、国王も同じような顔だ。
会場の端にいたエディンも呆れ顔のまま駆け寄ってきた。
「マリー姫、何を言っている?」
「そ、そうですマリー様、ローナ様はリース伯爵家のご令嬢ですよ⁉︎ いくら姫でもそれは無礼です!」
「お黙り! 何をしているの、早くやりなさい!」
「む、無理です姫様…! そのようなご命令には従えません」
側にいた衛兵に無茶振り。
さすがに即座に断られる。
当たり前だ。
その間に駆け付けたエディンとライナス様も俺とともにお嬢様の前に立つ。
その様子がまた更に癇に障ったのか、すごい顔で睨みつけられる。
おわ、こわ…。
「マリアンヌ、ローナ・リースはミケイルの娘。そのようなことは父も許さぬ。なぜそんな馬鹿なことを言い出したのだ」
「なっ! 見てわからないのですかお父様! あのローナという女はこのように男をたらし込んで侍らせていい気になってるんですよ! お兄様も騙されてすっかりこの女に夢中になっているんです!」
「なにを馬鹿なことを…」
…この温度差よ。
完全にアホを晒したな、マリアンヌ姫。
国王が呆れ果てた様子で首を横に降る。
王妃は扇子を広げて口元を隠し…でも目は笑ってるな。
会場全体が「この姫なに言ってるの」と言わんばかりの空気。
その冷めた眼差しにマリアンヌ姫はますます顔を赤くするのだから、心が強い。
いや、もうお得意の逆ギレしか出来ない状況、なのか?
「もうお前は部屋に戻りなさい。ローナ嬢には後できちんと謝罪を…」
「マリーは悪くないわ!」
「マリアンヌ!」
ほーらついに国王にも怒られた。
それでも肩を震わせながら、唇を噛み、俺たち越しにお嬢様を睨み付ける。
お嬢様の横にはスティーブン様。
お嬢様の前には俺とエディンとライナス様。
姫の後ろには国王とディリエアス公爵、宰相様、そして王妃。
更に、俺たちの後ろにはアミューリア学園の全生徒。
誰1人、この中でマリアンヌ姫の味方をする者はいない。
「部屋に戻らぬか! 良い、デュラン、マリアンヌを部屋へ」
「はっ」
国王がディリエアス公爵に命じると、先程「その女の顔を叩き切りなさい」と無茶苦茶な命令をされた衛兵がマリアンヌ姫の腕を掴もうとする。
それを振り払い大きな声で「無礼者!」と叫びビンタまで食らわせるマリアンヌ姫。
お、おいおい…。
「離せ! 触るな無礼者め! お前らみんなクビよ! もう、触るんじゃあないわよ!」
「うわ!」
「いて!」
集まってきた衛兵たちからぽかすか遠慮も容赦もなく殴る蹴るの暴行で大暴れするお姫様。
はしたないというレベルではなく、もはや姫のやる事ではない。
なりふり構わないとはああいうのを言うのか。
腹を蹴られた衛兵さんが、よろりとライナス様の方にこけそうになる。
「大丈夫ですか」
それを支えてやるライナス様。
相手はあれでも姫だ。
国王の手前あまり乱暴にも扱えないとはいえ、やられるの早すぎやしないか?
…だから、俺も油断した。
あの姫君は俺の予想など助走なしで飛び越えてくるのを忘れていたんだ。
「!」
よろめいた衛兵の腰から剣を引き抜き、身を屈めて別な衛兵の脇を擦り抜けるマリアンヌ姫。
そのまま拙い振りかぶりで、剣を振り回し始めた。
会場から悲鳴が上がる。
エディンが剣を抜くのが見えたが、マリアンヌ姫の血走った目が俺の後ろを…お嬢様を見据えていて背筋が冷えた。
この女は…本気でお嬢様を…!
「お嬢様!」
「! ヴィ…っ!」
手当たり次第に振っていた剣を避けた衛兵の1人がエディンにぶつかりそうになり、エディンはそれを避けるために一度下がる。
そして、その瞬間を狙い、マリアンヌ姫はお嬢様めがけて突進してきた。
一番確実に貴女を守れる方法は、俺が盾になる事。
目標を定めた姫は凶刃を突き出す。
多分、俺のことなど見えていないのだろう。
いや、別に見えてなくていい。
俺の命はお嬢様のために。
ーーー『そう。では、ヴィンセントと呼ぶわ』
貴女を救えるなら俺はそれでいい。
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