クレイと俺【後編】



率直な疑問だ。


「何故?」


王妃が平民の赤子と自分の娘を取り替えるように、当時自分の侍女だったミアーシュに命じた理由。

ニコライはその時初めて笑みを消し、首を横に振る。


「その理由はミアーシュも知らなかった。問い質しても王妃は話さなかったそうだ。ただ、笑っていた。そしてその笑みがとても恐ろしかった、と」

「……………」


…これまでレオの話を軽々しく王家の闇が〜、とか言っていたが、これは本格的に闇が深いっぽい。

レオハールルートをプレイしていたらその辺りも明かされていたのだろうか?

今となってはやっぱり知りようがない。

ネタバレを見ても、プレイしていたとしても、実際その場面に直面しなければどのみちこの胸糞の悪さは味わえなかっただろう。


「ところで、よくミアーシュはあんたにその話をしたな?」

「…かなり重い病に冒されていた。余命は2年ばかりと医者に言われているそうだ。故に、俺が現れたのは贖罪の最後の機会だと捉えたらしい」

「…………」


こいつ仕事モード中は一人称も変わるのか。

え、なに、二重人格的な人なの?

怖いわ〜…。

……まあ、それはいいや。

つまり、ミアーシュはあまり永くないのか。

戦巫女が出会って助けた、とは、もしかしてその病を治癒の力で癒した、とか?

へー、病気も治せるのか治癒の力。

…ダメだ、現実逃避するな。

考えろ、これは重大な案件なんだ。

お嬢様の破滅に関係する。

マーシャにも深い関わりがある。

胸糞悪くても向き合え俺。


「………それじゃあこの姿絵と地図は?」

「姿絵はエレザの息子夫婦のもの。そして、地図はミアーシュの居場所」

「…っ」

「ミアーシュは今、セントラルに居る。ここから東の地区の、豊かな村に1人で住んでいた。家は没落し、結婚もしていなかったので家族もいないようだ。王妃を恨んでいるようだったが…村の者は元貴族という事でミアーシュとはほとんど交流しようとしていない。孤独な老婆さ」

「…………そうか…セントラルの東区…」


ってリース伯爵家の土地やないけーーー!

うーん、地図を見る限りお屋敷のある町の側の村っぽーい!


「…………」


思わず考え込む。

この話を鵜呑みにすると、ミアーシュという老婆…証人が生きているうちに国王に会わせて説明させないと、永遠に闇に葬られるかも。

しかしやはり、決定的な証拠があるわけではなく…その証拠となりえるのがこの姿絵。

大体20年近く前のもの。

新しくないのは紙と絵の具のお疲れ具合でなんとなくわかる。

しかしたかが姿絵…証拠にならないと言われればそれまで。

あとは、マーシャの『記憶継承』の具合か。

普通の王族がどんなもんなのかは正直分からないんだよな。

レオは人体実験みたいなのを受けてて、所謂普通の王族よりすごい、みたいなので。

その普通の王族がわからん。

あとは王妃がそれを認めるか否か。

動機がよく分かんないのも問い詰める時、材料不足になる。


「証明は難しい」

「!」


俺が唸っているとクレイが口を開いた。

俺と同じことを考えていたらしい。

無表情だが、眼差しは厳しく、なにやら決意めいた光が宿っている。

…シンプルにイケメンだな、こいつ。

いや、乙女ゲームの攻略対象だから当たり前だけど。


「他の貴族の使いもたまに王女マリアンヌの出自を調べて欲しいと依頼してくる。結果、これまでははっきりとした証拠が得られずにいた」

「………」

「だが、お前の依頼は少し違った。『本物』から辿ったのだからな。…しかし、やはり決定的な証拠はない。証人が嘘をついていたと言われればそれまで。そしてその証拠を捏造(ねつぞう)したと言われればやはりそれまで。…ならばあとは『本物』が『本物』であると証明する他ない」


マーシャが王族である証明。

『記憶継承』による能力の現れ方。

アミューリアで学ばせれば、それは如実に現れるかもしれない。

しかし……それまでの間、レオはあのマリアンヌ姫の“所有物”扱いか。

今すぐどうこうするのは無理だと。

お嬢様やリース伯爵家のことも心配なのに…。

やはり戦巫女が召喚されるまで待つか?

戦巫女がレオハールルートでミアーシュを助けるまで?

そんな…それじゃあお嬢様はどうなる?

レオの気持ちは巫女に奪われるのか?

そりゃ、あいつが救われるのならそれに越したことないけど…。

秘め続けた初恋って事で、終わるのか?

今のエディンならお嬢様をそれは不幸な目に遭わせたりはしないと思うが…でも…お嬢様はそれで幸せになれるのか?


…………マーシャが『本物』と証明すれば……。


いや、マーシャの気持ちはどうなる?

あいつは今更自分が『本物のマリアンヌ姫』と言われて受け入れられるのか?

お嬢様のために王族としての証明を求めても困惑されるだけだろう。

マーシャの気持ちは…。

レオの気持ちは……。

お嬢様の気持ちは………。


「…っ、…」

「………正直、我々亜人は人間の王族にあまり興味がない」

「ん?」

「だが、戦争には興味がある。………取引をしないか」

「…取引?」


長い足を組み替え、少し前のめりになったクレイが俺に持ち掛けてきたのは…取引?

怪訝な顔になったはずだ。

しかし、クレイは気にした様子もなくやっぱりサクサク話を進める。


「貴様がなにを画策していても無償で手伝ってやろう。その代わり、戦争の日時と場所が分かったら教えろ」

「………。…介入するつもりか? 戦争に」

「……そうだ。我々亜人はこの世界の民として認められない。ふざけるな、我々は存在している。それを天神族に見せ付ける…! 『大陸支配権争奪代理戦争』…これに勝利すれば大陸の支配者は我々亜人となる。それで認めさせてやる…我々はここに居るのだと…!」


部屋中に充満する殺気。

怒りを一切隠さないクレイの表情に、こいつらのこれまでの全てが詰まっているかのようだった。

肌がビリビリとする。

その怒りは、もっともなものだと俺も思う。


「…………」


『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』の世界で、クレイがどう巫女と関わるのか、俺は知らない。

クレイの事は追加のメイン攻略キャラとしてしか知識がないから。

…けど、なんか……そりゃ、存在を認められてないお前らにとっては…その怒りはごもっともなんだろうけれど…。


「順番が違うだろ」

「⁉︎」

「⁉︎」

「お前らが認めさせるのは、神様が先じゃねーだろ。まず、お前らを生み出した奴らじゃないのか?」

「…………なに?」


立ち上がるクレイに、ニコライが「ヒェ」と小声で怯えて後退る。

さっきまでニタニタしていた奴がこうも怯えるって事は、クレイはそれだけ亜人たちの中でも実力があるんだろう。

だが俺だって引き下がれない。

さっき、マーシャとメグに会っちまったばっかりだからな。

だから…。


「お前たちは人間と獣人や人魚が交わって生まれた混血児たちの末裔なんだろう? なら、先に人間に認めてもらえよ。確かに人間は自分と違う奴らを嫌うけどな…そうじゃない奴もいる。お前、俺はその“そうじゃない奴”だって判断したから今日は顔も隠さず会ってくれたんだろう? 俺以外にだって“そうじゃない奴”はたくさんいるさ」

「っ」

「亜人の長なら、仲間の命を戦争で危険に晒すな! 介入しようとしたところで天神族がお前たちを戦争に参加させるかどうかは分からない。それに、例え優勝したとしても認めないかもしれない。だったら、俺みたいな“そうじゃない奴”を少しは頼ってみろよ。…そして、取引するんだったらお前の耳と尻尾が先だ!」

「………………………………」



……………………は…、しまった…現実逃避と欲望が入り混じって口から出た…。

うわ! すごく気持ち悪いものを見る目で見下ろされてる!


「…………触れたいと言うのか? 貴様、この俺の耳と尾に…」

「最初からそう言って…、…い、いや、触らせてもらえるなら是が非でも触りたいけど…」


無意識に両手がわきわきと指を動かしてしまう。

だって、あのいかにも固い毛に覆われた耳と尻尾…絶対ゴワゴワしてる。

そりゃ猫の高級感溢れる毛並みも好きさ?

嫌いな奴いんの?

でも犬のゴワゴワした毛並み…ダブルコートで奥は猫に劣らぬフワッフワ感…二つの感触を堪能できる贅沢感は犬ならではだと思わないか⁉︎

もちろん固い肉球もいい。

猫のふかふか肉球もあれはあれで魅力的だと思う。

しかし、手に乗せられた時のあの固い感触に「ああ、俺は今お手をされている…」と感じる幸福感は猫では味わえない!

上手に出来たでしょ、と言わんばかりのドヤ顔を見せつけられながらされるお手は最高だ。

たまらなく癒される…!


「…………。訳の分からん男だ。途中まで俺も納得させられそうだったと言うのに…」

「すまん、欲望が先んじた」

「…大体俺の毛並みは固いぞ」

「犬の固い毛並みが触りたい」

「狼だ」

「狼、イヌ科だろう」

「は?」


あ、この世界にイヌ科とかネコ科とか区分がないのか。

ええいまどろっこしい。


「どうなんだ、触っていいのかダメなのか!」

「…………も、もう好きにしやがれ…」

「よっしゃあ!」


頭を抱えたクレイ。

俺は許可が出たのでテーブルとソファーの隙間を移動してクレイの横に立つ。

あ、こいつ俺と背丈変わらねーのな。

耳の分、俺より大きい。

では失礼して、まずは耳。

ダークグレーの髪の隙間からピンと立ち上がる耳に触れる。

あ、あったかい…そしてなんてゴワゴワとした触り心地…。

これだよこれ…ああ、癒される…。


「かわいーな〜〜…」

「…………か…かわ………っ」

「尻尾もかわいーなぁ〜〜っ」

「…………っ」


ゴワゴワしていて、しかし中には暖かな芯。

これだよ、これ。

犬の尻尾のゴワゴワ感…。

漂う獣臭が野生的でたまらない。


「ええい、も、もういいだろうが! 離せ!」

「あ」


…チッ。まあ、犬は尻尾触られるの嫌いだしな。

…狼か。


「……で?」

「ん?」

「…俺は報酬は支払ったことになる。貴様は我々に何を差し出す?」


あ。

……やばい何も考えてなかったな。

いや、つまり…亜人たちに俺がしてやれること、だよな?

亜人たちがこの世界に居場所を与えられるような…認められるような…。

俺の世界は間違ったやり方でたくさんの人が傷ついた。

だからこいつらには間違えて欲しくない。


「うん」

「?」

「…レオハール王子に会わせる」

「…………っ!」

「お前自身で見極めて、お前のお眼鏡に叶うなら俺と一緒にあいつを王にしよう。そうすれば少なくともウェンディール王国にお前たちの居場所が出来る。今の王は…アレだからな…。……そのために協力してくれないか?」


手を差し出す。

お前のストーリーを、残念ながら俺は知らない。

だけど、俺が亜人たちにしてやれる事って言ったらこの国で暮らすお前たちを陽の光が当たる場所に誘ってくれそうな奴に引き合わせてやる事くらいだと思う。

それで少しでもレオが「王にならなければ」と思ってくれたらいい。


「……お前もレオハールを王に推す者か。それで王女の事を調べていたと…」

「それも込みだな。俺は…レオハールと友人なんだ。あいつと戦争を共に戦い、生き延びたい。あの王子は色々、諦めている。生きて帰って、その後どうしたいとか…全然考えてないんだ。あんなに優しい奴なのに…そんなのあんまりだろう? あいつを王にしたいと思うのは…俺のエゴなのかもしれない。でも友として、あいつに王になってほしいと俺も思うんだ」


もちろんこの国の一国民としても、それを望む。

でも友人としてあの王子の未来を願うのは当たり前だ。

諦めて欲しくない。

この想いはお前と同じだろう、エディン。


「お前は俺のこと信じて正体を晒してくれたんだろう? 今度は俺以外のことも少し信じてみろよ」

「…………」


ゆっくりと、仏頂面が形容しがたい笑みを浮かべる。

色々なものが混じり合っている笑み。

それしか俺にはわからない。

亜人の長、なんて俺の想像するよりずっと多くの物がその肩に乗っかっているんだろうから…。


「……いいだろう…その話、乗ってやる」


差し出した手に、クレイが手を重ねてきた。

残念ながら肉球はない。

でも、これがいい方向に向かえばいいと思う。


「正直、あの姫が王位を継ぐのは我々にも良いことだとは思えない」

「我々を排除すると言い出しそうですからねぇ…フフフ…」

「…ああ、言いそうだなぁ…」


そもそも亜人の存在を知っているのか?

勉強嫌いで有名だから、下手したら存在を知らない可能性もあるぞ。

いや、知られてない方が亜人たちにとってはいいのかも。


「…………さて、それじゃあ…まず何から始めるべきかな」

「もう少し情報を集めよう。今、王子レオハールは城に監禁されているらしいな?」

「うわ、よく知ってるな⁉︎」

「俺たちの諜報能力を甘く見るな。この国の事なら裏も表も最新の情報は持っている」

「…そいつぁ頼もしいな…」


貴族の噂話とかも知ってるのか?

…でも、確かにエレザやミアーシュのことを調べ上げたこいつらの諜報能力を借りれば…。


「まずレオを城から助けたいんだが…」

「お前の仕える主人が原因らしいが、そこのところどうなんだ」

「やっぱり俺のことも知ってるのな」

「当然だ、ヴィンセント・セレナード」

「…俺が守るべき方だ」

「…………必要な情報があれば教えてやる」

「幾らだ?」

「我々は同胞からは金は取らない」


一体、俺の何がこんなにクレイの信頼を寄せてもらえているのやら。

無論、悪い気はしないけど。

むしろ、かなり嬉しいけど。

あれか?

同じイヌ科だと思われたんだろうか?




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