番外編【レオハール】3



『ねえ、レオ…ここは息苦しいのだわ。いつこのパーティーは終わるのだわ?』

「まだ始まったばかりだからしばらく終わらないよ、エメ。それより体調はどう?」

『そうね…だいぶ存在が安定した気がするのだわ。でも、この場所は嫌いなのだわ…息苦しいのだわ』

「どうして?」

『悪意が渦巻いているのだわ…エメここ苦手なのだわ』

「……あははは…」


それはなんとも言えないなぁ、と『女神祭』を祝うために城のホールに集まった貴族たちを見渡す。

ふわふわと僕の右上に浮かぶ幼い少女の姿をした女神は、頬を膨らませる。

しかし、彼女同様…いや、それ以上に…僕も居心地が悪い。

なにしろ真後ろの玉座には、陛下、王妃様、マリアンヌが鎮座してパーティーを見下ろしている。

僕はその下で、エメリエラの器である5つの『魔宝石』が置かれた台座の横に立たされていた。

彼女の言葉がわかるのが、僕だけだから。


「レオハール様、初めまして…ノース区、男爵家のルエリーでございます」

「初めまして。今日はどうか楽しんでいって」

「は、はい! ありがとうございます!」


地方貴族のご令嬢か。

きちんと頭を下げて、頬を染める…とても可愛い女の子だなぁ。

けど…………うう…マリアンヌの視線が痛い。

だが、月に一度しか会えない母も来ている手前、そんな我儘も言い出せないようだった。

…確かに…まさかマリアベル様が出席されるなんて思わなかったよ。

『女神祭』は女性が主役の扱いとなるから、出ないわけにはいかなかったのかもしれないが…。


「……………」

「……………」

「……………」


……圧が…圧がおかしい…。

真後ろからの圧がおかしいよ…。

陛下はマリアベル様が男漁りしないかとピリピリしておられるし、マリアンヌはせっかく両親が揃っているのにお喋りも出来ない、僕も相手をしないで余計に苛々しているし、マリアベル様はそもそも陛下の隣に座るのも嫌そうだったし…。

もー、なんなの〜…?

せめて客人たちの前でくらい仲良くしてくれないかな…?

空気の圧が半端ない…!


「あれが『魔宝石』? 女神の宿る神秘の石か?」

「しかしどこに女神が…?」

「陛下とレオハール様にはお見えになるらしいぞ」

「ほお…」


…奇異の目。

僕はそれなりに慣れたものだけど、やはり僕以外にエメリエラが見える者は現れない。

『魔宝石』で人間が魔法を使うには、エメリエラの魔力を中継できる『器』となる少女を見つけ出さなければならないのだ。

その条件はエメリエラと同じ『少女』であることと『魂の波長』が僕のように合う事。

そしてその可能性があるのは、僕たち世代か、それよりも若い世代の貴族。

…マリアンヌはーーーダメだった。

だから陛下は『王誕祭』の時と同様に…いや、あの時よりも入念に準備をさせて、国中の貴族の少女を今日、この場に招待して集めさせた。

よりにもよって僕のお嫁さん探し、と銘打って集めたもんだからさっきから貴族の少女が引っ切り無し。

立ちっぱなしだし、横からはエメリエラが文句言うしマリアンヌは背後から射殺さんばかりに睨んでいるのがわかるし……つらい…帰りたい…。


「レオハール様、こんばんわ」

「本日はお招きどうも…うっ!」

「ご招待ありがとうございます」

「! ローナ、エディン、こんばんわ」


いつもの調子で話しかけて来たエディンの脇をこっそりローナが抓る。

そうか、学園の生徒たちも来る時間になったのか。

わあ、最初にローナとエディンが挨拶に来てくれるなんて…ちょっと元気が出た〜。


「私事(わたくしごと)ですが、エディン様との婚約解消が無事にまとまりました。…数日後には完全に他人となりますわ」

「おい、他に言い方ないのか」

「…そう、やっぱり解消するんだね…」

「合わないので」

「合わないからな」

「…あははは…」


きっぱりと声と台詞が被ってるところを見るととても良い夫婦になれそうだったように思うのだけれど…。

ん? そういえば…。


「あれ、今日はエディンがちゃんとエスコートしてる…」

「最後くらいはちゃんとエスコートしろと母上に脅…言われた」

「そうなんだ。…でもローナも婚約が嫌だったのは初耳だな〜。言ってくれれば僕からもそれなりに動いたのに」


頼んでおいてなんだけど…。

君がエディンを嫌なら…僕も無理強いはしたくない。

君が幸せになってくれるのが一番だし。

エディンは女癖は悪いけど根は真面目なやつだから、君を任せて大丈夫だと思ったんだけどな〜。


「嫌といいますか、今だに一切興味が無いといいますか…」

「そ、そう〜…」


そっちの方が酷くない…?


「…それはそうと、プレゼントありがとうございました」

「あ、うん」

「本日はドレスが紫ですので、後日使わせていただきます」

「いや…」


持っていてくれるだけで…。

君に持っていてもらえるだけで僕は。


「では、失礼致します」

「…ん? …そこにあるのは『魔宝石』だよな? 今日も居るのか? 女神」


頭を下げたローナに続いて、エディンも後ろの陛下たちに頭を下げる。

だが途中で僕の真横の台座に『魔宝石』があることに気がついたんだろう、立ち止まって2人で5つの石を見下ろした。

エディンはエメリエラが宙に浮いているって…見えはしないけど知っているから次に僕の右横を見上げる。

不思議そうにしながらも、同じ場所を見上げるローナ。


「見えるか、お前」

「? いいえ…この辺りに女神様がいらっしゃいますの?」


…ローナも見えない、のか。

そうか、見えないのか…。

…………良かった。


「うん。誰も見えないから、今のところヴィンセントしか信じてくれてないんだけどね〜」

「ん? 陛下もか? 陛下にも見えなかったのか」

『あんなに汚れた心では、王族といえど見えるはずないのだわ』

「…ん、うん…。見えるということにはなっているけどね…」

「ふーん。分かった」


陛下ね……僕が奇妙なことを言い出した、くらいの疑いの目で見てきたよ。

…とは言えないよね。

でも実際、大きな水晶玉だった『魔宝石』が5つに分かれてしまったのを見て、ほんの少しだけ信じることにしたらしい。

ミケーレや他の研究員があの場にいて、『魔宝石』が今の形になったのを見ていたから即完全否定されなかった、が正しいかも。

エメリエラの存在を安定させる為に、国に大々的に『守護女神』として公表してくれたのはありがたいけれど…その裏で陛下の人気取りや国の金策…増税の不満を逸らす事に利用された感は否めない。

…つまり陛下は、エメリエラが存在してもしていなくても、国民や貴族が王家を支持し、増税できればそれで良かったんだよね。

まあ、さすがに僕の立場からそれは言えないけど。


「…今度学園で守護女神様について詳しく教えてくださいませ。参りましょう、エディン様」

「俺は興味なっぶっ」

「失礼致します」

「な、仲良くね…?」


…僕からは見えなかったけどエディンが顔を痛そうに歪めたのでローナが何かしたな。

さ、さすがヴィニーの主人…。

やっぱりお似合いに見えるんだけど。


『…レオは今の娘が好きなのだわ? とっても甘やかな光が満ちたのだわ』

「⁉︎」

『愛の光はエメの力を強くするのだわ。レオ、先ほどの娘を追い掛けて、一緒にいるのだわ。そうすればエメ、もっと力が戻ってくるのだわ』

「そ、それは無理。今はパーティーの最中…」

「レオハール様」


僕の前に立っていた2人の兵士に声をかけられてしまった。

そろそろ戻って来いと。

ですよね。

この後も続々と到着する貴族令嬢たちに逐一挨拶していかなければならないんだよね。

普段とは比べ物にならない数のご令嬢と。

うう、気が滅入る。


「レオ様」

「レオハール様、こんばんわ」

「あ、スティーブ、ライナス」


凹んだところに爽やかな笑顔で現れた幼馴染と、癒し系のライナス。

あ、心がちょっと元気になった。


「スティーブはタキシードで来たんだね」


ドレス姿も可愛いと思うのだけれど。

でもやはり、事情を知らない者たちは宰相の息子がドレスで現れたら変だと思うだろうな。


「はい、ドレスも考えたのですが…その辺りは父と相談しながらタイミングを考えていこうかと」

「あ、いつかは着るつもりなんだね」

「リセッタ、その時は俺にエスコートさせてくれないかっ」

「え、ええ? …も、もうライナス様おやめください…! 気が早いです…! そ、それに、私まだ…ライナス様のお気持ちにお応えする勇気がありません!」

「分かっている! 待っている!」

「…………」


…これは、どうしたもんかな…?

個人的には応援したいんだけど、王子という立場からすると宰相の子息と公爵家の跡取りは…取り持つべきではないだろうし…。

そ、そもそも2人は両親にどう説明する気なんだ?


『愛の光なのだわ…!』

「…………」


まぁ今日のところはエメリエラが喜んでいるのでいいや。


「ではレオハール様、俺は宰相様に是非ご挨拶を…」

「え、今日⁉︎ …そ、そう…が、頑張って…」

「はい!」


「はい」なの〜?

変な汗がにじみ出てきたけれど、もうここからは2人とその家族の問題だ。

友人としては応援するよ…頑張ってライナス…。


「こ、こんばんわ王子様…」

「! ああ、はい。初めまして」


いかんいかん、仕事中だったんだ。

頬を染めた愛らしい少女が膝をついて礼をする。

僕というよりは、僕の後ろの陛下たちへの至上の礼。

後ろにも、その後ろにも…『僕の婚約者候補』という撒き餌に釣られて集まった少女たちが並んでいる。

本当はエメリエラの媒体となる少女を探すのが目的なのに…可哀想だな…。

けれど、それはつまり陛下が一応エメリエラの存在を軽んじてるわけではない、という事だよね…。

でも、な。


「初めまして、王子様…! わたしはーーー」


「お初にお目にかかります殿下。わたくし………」


「こんばんわ、殿下。初めまして……」


王子妃を夢見る少女たち。

大変申し訳ないのだが、僕は心の底から君たちがエメリエラを見えなければいいと思ってる。

だって見えてしまえば…その娘は…………。


『…レオ、さっきの娘のところへ行きたいのだわ。たくさん悪口が聴こえるのだわ…もう嫌なのだわ…!』

「…………」


エメリエラの魔力を中継する存在。

それは代理戦争『代表』になるという事だ。

この場の令嬢たちは、争いなどと無縁で生きてきたはず。

それが突然、戦争の代表なんて…そんなの無理だ。

どうか誰もエメリエラが見えませんように。


「女神があそこに? 本当か?」

「レオハール王子には見えているらしいぞ」

「…疑わしいものだな…。姫の代わりに王になろうと虚言を吐いたのではないか?」

「シィ、聴こえるぞ…」


クスクスと笑う声も、一部でそう囁く声も。

僕にも聴こえているよ、エメ。

そうだね、息苦しいね。

僕も出来る事ならローナやエディンのところへ行きたいよ。


「本当に女神がいるのなら、ぜひ、その奇跡を見せて頂きたいものだ」


…………大丈夫。

大丈夫、ちゃんと笑えてる。

ヴィニー以外にバレた事ない。

あんな陰口いつものことだ。

エメリエラにはまだ奇跡なんて起こせない。

奇跡を起こせる程、力が戻っていないんだ。

それを知らない貴族の言葉なんて、聴かなくていい。

だって仕方ないんだから。

僕のことはいいけど、エメリエラの事まで疑うのはやめてあげてほしい。

彼女は人の『信じる心』と『愛する心』で力を得るのだそうだ。

どうしたらそれが伝わるのだろう。



「レオハール」



…………。

背中がゾワっとした。

後ろから地響きのように聴こえてきた声に笑顔を崩す事なく振り返る。

高い場所で見下ろしていた陛下の目が、なぜだかとってもお怒りモードなんだけど…あれ、僕何もしてないはず…なんで?


「はい、陛下」

「女神はまだ魔法を我らに与えぬのか」

「…………」


思わずエメリエラを見上げてしまう。

頬を膨らませて、肩を震わせる少女の女神は『なんなのこいつ、生意気なのだわ!』と憤慨する。

確かに今の陛下の言い方は怒らせても無理ない。

エメリエラの事を半信半疑なのに、欲しいものだけは要求する。

ううううう…ど、どうフォローすれば…。


「エ、エメリエラ…存在は安定したのかな、って」

『…だいぶマシなのだわ。国民たちのエメの事を『信じる心』のおかげなのだわ。断じてここの会場の大多数のやつらの心ではないのだわー!』

「お、落ち着いて」


それは分かるけど、君が怒っても誰も怒ってるって分からないからー!

…見える女の子が現れませんようにって願ってきたけど、誰も見えないままって僕1人が通訳しないといけないって事だよね。

あああ…ど、どうしたら〜…。


「…気味が悪いわ…」

「っ」


扇で口元を隠しながら、それでも、僕にも届く声。

見下ろす青い瞳。

王妃様の声は久しぶりに聴いた気がするな〜。


「1人でブツブツ…本当にそこに女神がおいでなの?」

「お、お母様…お兄様が嘘を言っていると仰いますの?」

「だってそこの王子以外に見える者はいないのでしょう? それとも貴女には見えて?」

「…わ、わたくしにも…それは見えませんけど…」

「やはり薄汚い下女の落とし胤ね。民や貴族たちの支持欲しさに女神が見えるなどと嘯いているのでしょう? 見苦しくてよ」


「……………」


マリアンヌさえもおろおろと押し黙る。

仕方ない、相手は王妃だ。

僕以外に見える人もいない。

…そうだよね、仕方ないよね…。

大きな水晶が5つに分かれたくらいで、女神の奇跡とは言えないもの。


『…………レオ、ごめんなさいなのだわ…』

「…エメリエラ…」

『エメ、力が戻ってないから、証明できないのだわ…。悔しい…悔しいのだわ…!』

「君のせいではないよ」


「まあ、良いではないか」


…意外にも王妃様を窘めたのは陛下。

まさか陛下に庇われるなんて思わなかった。

やはり、多少はエメリエラの事を信じてくれているのかな…?

見上げてみると、陛下は王妃様の方を見てこう言った。


「…真実か偽りかはこの際どうでも良い。…守護女神が現れてくれたおかげで増税の反発も最小限…其の方たちの暮らしも維持しつつ、戦への準備も捗るというもの…。コレにしてはなかなかによい案よ」

「………そうですか…分かりましたわ」

「…………」


…………、…陛下…そんな気はしていたけれど…やっぱりほとんど信じてなかったんですね…。

王妃様の僕への批判が終わって、ホッとした様子のマリアンヌ。

僕は陛下たちに頭を下げて、賑やかな会場と、陛下たちの側にいるマリアンヌ派の貴族たちの声に挟まれたまま少しだけ目を閉じた。


『……………。…レオ…エメは…』

「ごめんね、エメ。今は何も言わないで」

『…………わかったのだわ…』


…うん、そうだよね。

別に忘れていたわけではないし、勘違いもしていない、と思う。

僕は自分の生まれた意味を忘れてない。

僕はこの国の未来のために生まれた兵器なのだから、陛下が満足したならそれで十分。

僕には僕の役割があるように、マリーにはマリーの役割がある。

ただそれだけのことなのだ。

ほぼ無意識に、服の下のネックレスに手を当てていたけれど…。


大丈夫。


…大丈夫…僕はちゃんと笑えている。


目を開けた。

会場の隅に、彼女は居る。

僕にはそれだけでいい。




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