お嬢様と俺と入学の日……の、夜【前編】



男子寮と言うところは、意外と自由である。

入学初日の夜、俺は自分で食事を作って食べていた。

勿論、食堂で。

そこで子爵や男爵家のご子息様4名ほどに、水をぶっかけられた。


「今日は随分調子に乗っていたな! 使用人風情が!」

「ベックフォード様やレオハール様、リセッタ様に取り入ろうとは…なんて薄汚い!」

「恥を知れ! 下民が!」


…うーん、やはりお嬢様やレオハール様、スティーブン様やライナス様は特別だったか。


「……………」


中身のない言葉に傷つくほど…。

お嬢様の言う通りだな。

中身のない言葉とは、こんなに虚しく響くのか。

…それより、明日はお弁当何作ろうかな。

そういえばライナス様の苦手なものとかは聞いていない。

意外と好き嫌いが多かったらどうしよう。

レオハール様は砂糖が苦手と言っていたから、無難にピクルス抜きのハンバーガーかサンドイッチにするか。

ハンバーガーは面倒だな、サンドイッチ…具は何にしよう。

お嬢様は果物系がお好きだが、さすがに野郎どもに生クリームと果物のサンドイッチは物足りないよな…。

生クリームはレオハール様の苦手な砂糖がめちゃくちゃ入ってるし。

食材は明日、食堂の厨房に入荷するらしいから早めに起きて確認しなければ。


「聞いているのか貴様!」


あ、まだいたのかこいつら。

ヤバイ、全然聞いてなかった。


「なにを騒いでいる!」

「!」


あ、ライナス様。

丁度いい、明日の弁当のリクエストを聞こう。


「わ、我々は、ただ、み、身の程を弁えろと…」

「つまらぬことを…! アミューリアで学ぶ者は等しく、来世で国のために尽くすべく能力を高めねばならない! 身分の事を掲げるのなら、それに見合う実力を示せ‼︎」

「うっ」


……………。

おお、まるで蜘蛛の子を散らすように…。


「大丈夫か、ヴィンセント」

「ライナス様、丁度良かったです。お弁当のリクエストはありますか?」

「…………。うん⁉︎」




間。




「サンドイッチですか? わぁ、私、チーズがいいです〜」


食器を片付けて席に戻ると、ライナス様だけでなくスティーブン様も座っていた。

どうやら俺が絡まれているところを発見したスティーブン様が、ライナス様を連れて来てくれたらしい。

わざわざ申し訳ない事をした。


「ライナス様は苦手なものはありますか?」

「俺か? 俺は…野菜全般が苦手だ」

「子供か」

「よ、よく言われるが、味気なくて苦手なのだ」


…つい素で返してしまったが、ライナス様は気にされていないようだ。

つーか、野菜苦手ってサンドイッチほぼ否定じゃねーか。


「分かりました、ご安心下さい。お野菜も美味しく調理してご覧に入れます」

「野菜が美味く? な、なるのか?」

「…………ライナス様のお家のシェフはちゃんと免許のある方なのですよね?」

「ああ。…ただ、祖父の代から変わっていなくてな……シェフは祖父の好きだった料理を一週間ローテーションで作るんだ」

「軽く地獄ですね」

「ああ、なかなかにな…」


…仮にも公爵家のご子息がロクなもん食ってねーな…。

手の込んだもんは時間がないから作れないが、さっきの礼もあるし、野菜たっぷりサンドイッチにして味覚に革命をもたらしてやろう。


「それにしても、ヴィンセントは凄いな。剣や弓の腕も立つ、馬術も料理も出来る…座学も男子ではトップだった。とても使用人とは思えん」

「執事の嗜みです。それに、座学はレオハール様やスティーブン様も点数は同じでしたよ」

「リース家の執事は剣や弓や料理も嗜むのですか?」

「主人の為に戦うこともあるやも知れぬ、と義父(ちち)の教えです。料理は趣味ですが…馬術は移動手段の延長…(と、お嬢様の趣味も兼ねている)ですかね…一応馬車の御者も勤めますので。座学はお嬢様の従者として恥ずかしい振る舞いをしない為に学びました」

「…うわぁ…ますますセスのようです…」

「……………」


…セス?

あ、ああ…スティーブン様ご愛読の恋愛小説の登場人物か…。

目をキラキラさせているところ悪いのだが、貴方も乙女ゲームの攻略対象ですからね?

と、言えればどんなに楽か…。


「それはそれとして、レオハール様はお戻りになられたのですか?」


昼間、城に呼び出されてから結局学校には戻ってこなかったよな?

それを聞くと、スティーブン様が俯いてしまう。


「…多分、お城でお休みになると思います…。マリー様はレオ様に本を読んで貰わないと夜眠れないらしいので…」

「は?」

「は?」


俺とライナス様の声が被る。

…き、き、聞き間違い、だよな?


「ほ、本?」

「ええ…。ですから、レオ様にはよく私も本をお貸しします。マリー様がお好きそうなものを…」


…!

…それでレオハール様も恋愛小説を…。


「そのうちの何冊かは戻ってこなかったのでレオ様が買い直してくださいました」


借りパクされてんの⁉︎


「ま、待ってほしいリセッタ様。…マリアンヌ姫は13歳になられたはずでは? 寝る時に本を読んでもらうなど、幼児ではないか」


俺があえて聞かなかった事を…ライナス様!


「たまにレオ様に同衾するようせがむそうですから…本ならまだ良いかと…」

「⁉︎ …だ、大丈夫ですか、その姫君…」

「………レオ様もお断りしているんです。けれど、レオ様はお立場がそれほど強いわけではなくて…」


押し切られるのか。

で、でも13歳でお兄ちゃんをベッドに引きずり込むってもはや違うゲームじゃないか⁉︎

俺も妹が前世にも今世にも居るから…こ、心の底から恐ろしい…‼︎


「…………あれ? 女の子の声が聞こえませんか?」


あまりの事に押し黙る俺とライナス様。

それで食堂が静かになり、スティーブン様が食堂の入り口を見る。

因みに公爵家子息と侯爵家子息のお二人がやってきた為、食堂に残っていたその他の貴族はそそくさと去った。

つまりここには俺たちだけだ。

いや、そもそも男子寮に女の子の声?

スティーブン様は目の前にいるし…まさか今度こそ本当にマーシャのやつが迷い込んできたんじゃないいだろうな。


「見て参ります」

「俺も行こう」

「わ、私も…」


何故か3人で見に行く事に。

食堂を出て、すぐに声が慌ただしい事に気付く。

そして、聞き覚えもある。


「や、やめて下さいっ! わたし、義兄さんに用があって来たんです!」

「へえ? 用ね…。メイドの分際で男子寮(こんなところ)にこんな時間に、どんな用なんだ? すぐ終わるから、いいから来い」

「嫌! 義兄さん!」


嫌がるマーシャの手を掴み、無理やり連れて行こうとするのはエディン。

ああ、笑顔が引きつるぜ。


「こんばんわ、エディン様。私の義妹(いもうと)になにか御用向きでも?」

「ひぃい⁉︎」

「! 義兄さん!」


俺と同じく状況を把握したライナス様が飛び出す前に、華麗に素早く俺がエディンの肩を掴む。

引っぺがすまでもなく自分から離れてくれたので、マーシャとの間に割って入る。

……だが、この場合女人禁制の男子寮に入ってきたマーシャも悪い。

こいつ後で説教だな。


「な、なんだ貴様! また俺の邪魔をしに来たのか⁉︎」

「コラァ! ディリエアス貴様〜! 無理やり女性を連れて行こうとするとは何事だー!」

「げっ、ベックフォード…っ。生活指導員かあいつはっ」


生活指導員…。


「エ、エディン…今のはさすがに引きます…」

「やかましいっ! 大体、メイドがこんな時間にここ(男子寮)に居ればそういうお役目で来たと思うだろう!」

「思うかっ‼︎」

「…お、思いませんよ…最低です…」

「このように貴族の殿方が皆、お二人のように紳士ばかりではないんだぞ。どうして来たんだ?」

「義兄さんに聞きたいことがあって…」

「俺に聞きたい事? だったら寮の管理人に言伝なり手紙なり渡せば良かっただろう? そもそも男子寮は女人禁制だからお前は入って来ちゃダメだって言ったよな?」

「え」

「え…」

「え?」

「えっ」


…………え?

なんでみんな驚くの。

俺何かおかしなこと言った?


「……そ、そんな手が…! 義兄さん天才…⁉︎」

「ここに来る前言っただろう…!」


だからメモしておけとあれほどっ!


「にいさん? 貴様の、いもうと⁉︎」

「ヴィンセント、お前妹がいたのか⁉︎ 似てないな⁉︎」


ライナス様、素直過ぎか。

黒髪黒眼の俺と金髪青眼のマーシャじゃそう思うよな。

…なんだ、そこに驚いていたのか。


「似ていないですよ、血は繋がっていませんから。義妹のマーシャです」

「……………」

「ご挨拶」

「ふごふっ! …ま、マーシャ・セレナードですっ!」


何をぼーっとしているのか。

相手は公爵家子息2人と侯爵家子息だぞ。

チョップしてやっと挨拶したマーシャに、公爵家子息2人がやけにぼんやりとしている。

…なんだ、そんな呆けるほど信じられないのか?


「…わ、わあ…黒髪黒眼と金髪青眼の義兄妹……ま、まるで『氷の王子と微睡みの姫』みたい…」


…そ、それはまた恋愛小説かなにかだろうか?

スティーブン様、本当に恋愛小説がお好きなんだな…。


「‼︎ …こ、『氷の王子と微睡みの姫』! わ、わたしも読んだ! 氷の王子様の騎士様、ルイシスと妹騎士のエレナーデでしょ⁉︎」

「⁉︎」

「‼︎ そ、そうです! 微睡み姫に心奪われた感情の希薄な王子に仕える氷の騎士ルイシス…そして、魔物に両親を殺され、ルイシスの父に助けられて引き取られた女騎士エレナーデ…!」

「エレナーデは氷の王子様が好きになっちゃうんだよね!」

「そうなんです! そしてルイシスはエレナーデを義妹と思えなくなって…」

「絶妙な四角関係が切なくて切なくて!」

「はい! 中盤にエレナーデが王子が心を寄せる姫のためにドラゴンの討伐に向かうことを決意し、それを案じたルイシスが王子の護衛を放り出してエレナーデを追ってしまうシーンは特に切なくて…」

「分かるー!」


チョップ。


「はぐふっ!」

「馴れ馴れしい。…で、盛り上がっているところ悪いが用件は?」

「…あ…あの、その…コ、コレ…」

「? 俺の書いたメモじゃないか」


マーシャの事だから、色々とど忘れするだろうと思って事前に女子寮でお嬢様のためにするべき日課を書き出して渡しておいたものだ。

分かりやすく書いたつもりだったんだが、どこか分からない事でもあったんだろうか?


「…お、お茶の淹れ方を教えてください…」

「…………。…3回程、お茶を淹れられるか確認を取った記憶があるんだが」

「…じ、自分の分みたいに淹れる訳じゃない、か、ら…」

「………。それと、その指に巻いた絆創膏は?」

「⁉︎ …こ、これは、朝ごはんを自分で作ったんだよ! サンドイッチ! …ハムを切る時に……」

「クッキーもまともに作れないお前が包丁を使ったのか⁉︎ 馬鹿か⁉︎ 無謀な!」


メモを見せられた時に目に入った。

マーシャの指に巻いてある絆創膏。

その理由を聞いて頭を抱える。


「ん? …待て、使用人宿舎にも確かシェフは居たはずだよな? なんで自分で朝食を作った?」

「ぎくっ!」

「……まさか、9時過ぎまで寝て…」


使用人宿舎のシェフは、使用人用なので朝が早い。

俺は使用人宿舎でお嬢様のお弁当を作るつもりだったから事前に調べておいたのだ。

使用人宿舎の食堂は朝6時から9時、昼は13時から16時、夜は20時から23時。

それ以外の時間は、厨房は自由に利用していいが自分で作らなければならない。

使用人なので皆、最低限の調理スキルはある。

…こいつ以外は。


「今からでも遅くないからお屋敷に帰るかポンコツメイド」

「ヤ、ヤダーッ」



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