第91話 名探偵ポアーン、最後の答
「答は殺人事件後に!」
女子アナウンサーの弾んだ声の後、画面は暗くなりしばし無音があって『名探偵ポアーンうまごやし殺人事件』が始まる。君はその最初のカットを見てもう目をそらしたくなる。煙草が切れたのに気づき、灰皿のしけもくを物色して火をつける。いがらっぽい煙に喉がからえずきする。缶ビールを手に取ると、空いた缶がいくつか床に落ちて安っぽい音を響かせる。
2000年に深夜の連続ドラマとしてオンエアした当初、ポアーンのシリーズは地味でマイナーなキャスティングと、すぐにはわかりづらい設定のため、あまり視聴率を稼げなかったが、たまたま見てくれたごく一部の視聴者から圧倒的な支持を得て、その声に応えて半信半疑でつくったスペシャル版がいろいろな条件も重なって高視聴率をマーク。これがまたオンエア後に支持する声が続々と届き、急遽新シーズンのオンエアが決まった。
いま考えれば、インターネットの普及とタイミングが一致していたことも追い風となった。一部のマニアがつくったファンサイトのできがよく、各種メディアで「おもしろサイト」として紹介されたことも人気に拍車をかけた。テレビ局のプロモーションでは手が届かないターゲットに届いたのだ。第2シリーズは深夜ながら毎回10%代という驚異的な視聴率を叩き出し、局もいよいよ本腰を入れた。が、これが不幸の始まりだった。 シリーズにとっても、君にとっても。
初期から関わってきたキャスト・スタッフがはずされ、「実力者」たちが取って代わった。シナリオが人気脚本家に入れ替わったのをはじめ、プロデューサー・監督にも他の人気ドラマシリーズを手がけてきた売れっ子を集め、最悪なことに主人公の名探偵ポアーンその人のキャスティングまでもが変更された。ゴールデンタイムにシフトした第3シリーズは派手な番組宣伝とタレントの人気に加え、「ポアーンは面白い」という噂が広まっていたためもあり、初回いきなり30%超の高視聴率でスタートした。
けれどそのシリーズが歴史的な大失敗に終わったことはみなさんご存じの通りだ。ポアーンの人物設定もキャラクターも変わってしまい、おまけに恋愛のかけひきめいた要素まで加わったことで世界観が完全に崩れてしまったのだ。番組公式サイトの掲示板は非難と失望と悪口雑言で埋め尽くされ、最終回の翌日いっぱいで突然閉鎖されてしまうという異常事態となった(ご記憶だろうか。当時の局の掲示版は書き込みが自由だったのだ)。
曰く「主演を豆本豆蔵にもどせ」。
曰く「脚本をケニー・ワンに書かせろ」。
曰く「おれたちのポアーンを返せ」。
にもかかわらず、最終回にいたっても20%を少し切るくらいの視聴率だったことに気をよくしたのか、それから毎年スペシャル版がつくられることになった。もちろんそれは愚行の上塗りに他ならなかった。毎年無惨な代物が積み重なっていった。「オリジナル版への冒涜が年中行事化された」というのが先述のファンサイト(ファンサイト? いや。いまやアンチ・ファンサイトと化していた!)での評価だった。
去年からは「ポアーン・クイズ」なるものが始まった。8時58分からのミニ番組内でクイズが出題され、9時から本編がスタート、10時を少し回る頃に出されるドラマ上のヒントをもとに10時30分までに番組ホームページに答を書き込む。そして本編終了後、答がわかるというしかけだ。去年は3万件もの応募があったらしい。裏返せばそれだけドラマを片手間にしか見ていなかった人がいたと言うことだ。
「とにかくいまのはひどいことになってます。見ろとは言いませんが、まあぶっ飛ばす対象としてよかったら見てください。番組が終わったらまた電話しますから」と携帯電話に顔見知りのプロデューサーから連絡が入ったのは番組の始まる直前だった。何でもいま局内でポアーン・オリジナルチームの面々が徐々に力をつけてきて、「深夜にオリジナル版のポアーンを復活させる」というプロジェクトを進行しているのだという。「ワンさんの好きなように書いてくれていいですから」そう彼らは言う。「また、お茶の間の前で安心しきっている視聴者を煙に巻いてやりましょうよ!」
なるほど目の前のポアーンはひどいことになっていた。カルト的人気を誇った第1シリーズと第2シリーズからの「引用」だらけのつぎはぎの展開。見ているうちに気持ちが悪くなってきて、テレビを消した。無理だ。いまさらポアーンを書いてくれと言われても悪い冗談にしか思えない。オリジナル版のスタッフである彼らとの関係がこじれたわけではないが、これは断るしかない。たとえ書いたって、ゴールデンタイム版への皮肉と呪詛が渦巻くものになってしまいそうだ。そんなもの、誰が見る? 答は決まっているだろう。その瞬間、不意にさっきの場違いな女子アナの声が頭に響く。
「答は殺人事件後に!」
これを字義通りに取ればどういうことになる? 殺人事件後という以上、事件は完結しているはずだ。答も何も正解は一つしかない。なのに、その後に答がやってくるというのだ。どういうことだ? では完結した殺人事件とは何なのか。そして殺人事件後の答とは。間違った解決への修正ということか? いやいや、それでは面白くない。それでは単に「実は解決していなかった」ということになる。では「正しく解決していた。にもかかわらず答はその後にやってくる」ということか。何だろう? 殺人事件の解決のその先に見つかるもの。それはいったい……。そう。新シリーズのテーマが見つかったのだ。君は携帯電話を手に取ると着信履歴からコールバックする。
(「殺人事件後」ordered by おーね-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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