第5話「Dearest」
昼休み。……やっとの事で昼休み。
拷問に等しき長い時間を経、俺はようやく昼休みの時間へと至ることが出来た。
俺、頑張った。
俺……、頑張ったよ!
だが、その喜びを分かち合える仲間は居ない。義姉妹を持っているだけで幸福なのだと同級生達は主張し、俺の置かれている厄介な状況を分かってくれはしないのだ。俺は幸福ではない。不幸ではないが、幸福でもないと思う。
同級生達が俺を羨ましがるのは、他人の芝生は青く見えるからであり、他人の食べているものは美味しく見えるからであり、義理の姉妹を持っている者が幸福に見えるのは、とどのつまりはそういう事なのだろう。まあ、もし他人が俺と同じ様な状況であれば、俺も似た様な考えを抱いていたかもしれないが……。
俺は小さく苦笑して、弁当を鞄の中から取り出し、昼食を取る事に決めた。
腹が減っては戦ができず。
義理の姉妹達と生活していく為には、それなりの体力が必要なのだ。
大抵の場合、昼食は誰かと一緒に取るのが学生の基本らしいが、俺は進んでそういう事をしない方だった。弁当を早く食べて外に遊びに行った方が楽しいだろうと思うからだ。昼休みの短い時間を使っての遊ぶためには、それなりの時間配分が必要なのである。
そうやって俺は取り出した弁当の蓋を開けたが、普段通りその瞬間に脱力した。
「母さん……」
思わず呟いてしまう。
普段通りなのだが、弁当箱の中にはたこさんウインナー、海苔でわざわざ顔を作ってあるおむすび、そしてうさぎの耳のリンゴなどが入っていた。これでは高校生の弁当というより、まるで幼稚園児の『おべんと』だろう。少し恥ずかしい。
どうして俺の弁当がこんなに幼い物なのかと言うと、母さんが俺達家族の弁当を作ってくれているからである。いや、弁当を作ってくれるのは有難いのだが、実は俺の新しい家族の中で母さんの精神構造が一番幼い。
うちの新しい母さんは、三人もの娘を持っておきながらそうは見えない幼さばかりが目に付く。まじまじと観察してみても三児の母には見えないくらいだ。髪型も幼く、背も低い。優しい顔付きや体型なども全て中学生ほどにしか見えないのだ。戸籍上は三十七歳らしいのだが、それを信じろと言われても少し困る。どちらかと言えば、姉貴が三姉妹の母親だと言われた方がむしろ自然だと言えるだろう。
しかし、まあ、それも個人差の問題なのかもしれない。
俺は多少頬を染めながら急いで母さんの『おべんと』を食べた。
味は悪くないのだ。新しい母さんの手料理は普段通り最高だった。
大体『おべんと』を食べ終わった頃だろうか。
唐突に変な男達が俺の前に郡を成して現れた。
毎度の如く、奴らだった。
「よ、てっちゃん」
声を掛けてきたのは変人トリオと名高い、うちのクラスの三人組だった。いや、変人といっても、別にマニアックなオタクというわけではない。変人と言うべき人間は、オタクなど以外にも非常に多いのだ。
「元気にしてるか?」
と、最初に声を掛けてきたのが山根だ。
外見は今時の高校生なのだが、かなり趣味が古臭い事で有名だ。妙なこだわりを持っていて、しかも歴史マニアなので、言う事がどうも古臭い。その為か漫画などでは熱く燃える作品のみを好んで読む。当然ながら根暗な話は大嫌いで、『鬱野郎の傷の舐め合いなんぞ不要!』と主張する燃える漢でもある。
「今日は一日中寝てたね、てっちゃん」
「貴方も寝てたじゃないですか」
「そうかな? 覚えてないけどね」
次に漫才の如き掛け合いをしたのが、村瀬と伊倉だ。
ちなみに一日寝ていたらしい方が村瀬で、それを鋭く突っ込んだ方が伊倉である。
村瀬はよく分からない男だ。思考回路が普通とは違うのか、何だか変な奴である。
頭は悪くないし外見も特に言う事はない普通の男なのだが、何故か性格だけかなり変な奴だった。森羅万象を肯定しながら否定し、ありとあらゆるものを否定しながら肯定する、そんな何をしたいのかよく分からない奴だが、どうやら奴自身の独特な価値観があるようで他人に流されていくだけの人間とは一線を画しているようだった。
そして、三人目の伊倉はマゾな人である。
以上、これがうちのクラスの変人トリオの構成員である。
ただ、奴らは変人ではあるが、逆に変人であるが故か、うちのクラスで唯一俺に偏見を持っていない奴らではあった。俺に嫉妬もせず、偏見も持たず、単に遊び相手として振る舞ってくれる。変な奴らではあるが、その変さが俺には少し嬉しかった。川田も、まあ、ネタとして俺に絡んでくれるのは嬉しくはあるけど。
「それで、何の用だ?」
俺は変人トリオの存在を有難く思いながらも、そんな態度は顔に出さずに不躾に訊ねてやった。奴らは褒めると調子に乗るタイプだ。少し突き放した態度で接するぐらいが、奴らと付き合うには丁度いいのである。
「おっと……、そうだったな」
言って頭を掻いたのは、山根だった。
「おまえの姉貴が呼んでるぞ」
「姉貴が?」
言い様、俺は思わず周囲を見渡した。
そして確かに、姉貴は、いた。
姉貴が妙な笑顔を浮かべながら、教室の扉近くで待っている。
俺が気付いたのを認めると、姉貴は更に表情を崩し、俺をゆっくりと手招きした。
おいで、という意味らしい。
「何の用かは知らないけど、まあ、行ってくるよ。また後でな、山根」
俺は山根達に言い、弁当を片付けてから立ち上がった。
何の用なのかは知らないが、呼んでいるのならば行くのが礼儀というものだろう。
「頑張りなよ」
不意に村瀬が親指を立てて言った。
俺も振り返って、親指を立てて返してやった。……どんな意味があるのかは謎だが。
だが、そこで俺はどうでもいい事に気付いた。
うちのクラスの二人の女子が、他とは異なった行動を取っているという事に。
他と異なる行動を取っている女子の一人はさとみだった。
まあ、さとみが姉貴の姿を認めて、訝しげに首を傾げているのは別に問題ない。姉貴が俺の教室までやって来る事はそうないのだし、さとみ自身も姉貴が今日うちの教室に訪ねて来るなどと考えても見なかったのだろうから。
問題があるのは二人目の女子だった。
それは他の誰あろう俺の幼馴染の風音だった。
風音は俺と姉貴の間に視線を交差させながら、何故か不機嫌そうな表情をしていた。目を吊り上げ、頬を膨らませている様に見える。風音はいつも喧しい幼馴染みではあるのだが、こんな不機嫌な表情はそう見せる事がない。こいつがこんな顔をしたのは確か小学生くらいの頃に俺を遊びに誘いに来たが、俺に用があったから断った時以来だと思う。
……そうそう風音を観察しているわけではないから、真偽の程は定かではないが。
風音の様子は少し気になった。
気にはなったが……、まあ、姉貴を無視してまで気にする事ではないはずだ。
俺は首を傾げながら、教室の扉付近へと走り寄った。
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