百二十七話 灼銀と魔道具
「篤紫さん、それどういう仕組みになっとるん?」
篤紫の魔道具工房には、なぜか全員が集合していた。
元々ルルガには魔鉄を頼んであったので、いつも通りマリエルとミュシュも付いてきていた。そこまでは想定内だった。
「それは何なのですの? 鉄ではないのですの?」
アクセサリー、特にネックレスに関して女性陣が気にならないはずがなかった。
最初は咲良が一緒に行くと言い出して、工房まで付いてきてじっと見ていただけだった。他の二人は桃華と魔法の練習をしていたはずなんだけど、いつの間にか瑠美が来て、その後時間を置かずに紅羽と桃華が工房に入ってきた。
篤紫は一旦作りかけのネックレスを作業台に置いて、脇で見ていたヒスイに魔力を流した。出発してから若干魔力消費効率が悪いように見える。
魔神晶石車を展開しているからかな? やっぱり無理があったのかな。竜人達に状況を説明して、収納した方がいいのかも知れない。
取りあえず、魔鉄の説明か。
「これは魔鉄と言って、魔力を含んで柔らかくなっている金属だよ。柔らかいから加工がしやすくて、いろいろな形状に造形できる金属なんだ。
仕上げに魔力打ちすると、硬化して形状が変わらなくなる。と言っても堅さは鋼程度だけどね。いわゆる魔法金属かな」
「それはすごいですの。誰にでも成形ができるのですの?」
「できるよ。気になるようだったら、みんなやってみる?」
「あっ、それ、わいもやる。絶対にやるんや」
「私も作りたいです」
さっきから気になっていたようで、紅羽の質問に瑠美と咲良も食いついてきた。
全員にネックレスを……と思っていたけれど、せっかくだから自分で作った方がいいのかもな。そもそも大事なのは魔術を刻み込むときだけだから、形は好きな形で問題ないし。
「それじゃあ、とりあえず魔道ペンを作るよ。ちょっと待っててな」
「なあ篤紫、せっかくなら新しい金属があるんだが……使ってみるか?」
篤紫が魔鉄を切り分けようと思って持ち上げた所で、ルルガが何だか赤いブロックを取り出してきた。
まるで宝石のような、吸い込まれる程の美しい朱色をしている。少し薄めの波目模様が浮いていて、見る位置を変えるたびに模様が形を変えている。
「……いいんだけど、何でこのタイミング?」
「いや、ほら。魔道具なら未知の鉱石だといろいろ問題があるかも知れないけれど、魔道ペンなら絶対に失敗しないだろう?
ほら、これなんだが。特殊な魔法銀……赤いから灼銀って名前をつけたんだが」
「は? 魔法銀って言えばミスリルのことじゃないのか。青銀と何か違うのか?」
「いや分からねえ……マリエルの自信作らしいんだが、俺には硬過ぎてとても加工できねえんだ。いや、そもそも硬いとかのレベルの話じゃないし……」
そう言ってルルガはマリエルを見た。
横でルルガの話を聞いていたマリエルは、顔を向けたルルガに大きく頷いた。
「溶鉱魔炉は、今まで原材料に鉄鉱石だけ使用していたのですが、溶鉱魔炉を増設したタイミングで、他の素材も試してみたのです。
金や銀、銅をはじめとして鉛、白金にミスリル、アダマンタイト、オリハルコンなどの一通りの原鉱石を投入していったところ、ほとんどの鉱石が『消滅』しました。
その中でも唯一、銀鉱石だけが溶鉱魔炉に反応して、そのブロックができました」
今、後半に幻の金属が出ていなかったか?
っていうか、そんな幻の希少素材、見た事がないぞ……。
それにわざわざ溶かさなくても、普通に高性能な素材だよな……しょ、消滅させちゃったって言っていたような気がするんだが。
「ほわあ、綺麗なもんだなあ」
「冷たくも暖かくもないですの。不思議な金属ですのね」
全員が直接手に持って確認して、最後に咲良から篤紫に手渡された。
さっそく灼銀を見てみる。
確かに、直接触れているのに一切の温度がない。
指で弾くと、鈴が鳴るような甲高い音がした。なんだこの金属は?
試しに、種火で加熱しても一向に熱くならず、水流と微風を組み合わせて冷やしてみても、全く温度は変わらなかった。
一切の熱を遮断して、かつ熱を奪う事もしない。
「すごい金属じゃないか、何が駄目なんだ?」
「……加工がな、一切できないんだよ。いくら加熱しても溶けないからさ。
虹色ハンマーで叩いても下の金床が凹んじまった。完全に八方塞がりなんだよ、頼むわ篤紫」
何でナナナシア星にいる時にこの鉱石を出してくれなかったんだろう。
正直言って、星の上でなら魔術で干渉できた……待て、もしかしてナナナシア星から離れて、通信が途絶えた今って魔道ペンが通用しないのか?
篤紫はさーっと血の気が引いていくのがわかった。
もしかしてまた、自由に魔術が使えないのか?
急いで魔鉄を丸めて、魔力を込めながら青銀魔道ペンを打ち付けて一旦、魔鉄を硬化させる。うん、魔道ペンの挙動は一緒だな。
細く息を吐く。ここまでは『篤紫の魔力』だから問題ない。
いきなり動き出した篤紫に、周りがびっくりして静まりかえった。
硬化した魔鉄に魔術を書き込む。
今回は簡単に、爪先でタップすると光球の魔法が発動し、ダブルタップすると消灯する簡単な魔術を記述する事にした。
Tap with your fingernail to activate the magic of the lighting.
To stop the magic of the light bulb, double tap with your fingernail.
魔術を描き込んでからピリオドを打つ。これも『篤紫の魔力』が由来だから、ピリオドを打つたびに魔術が淡い輝きを発しながら、確実に有効化されていく事も確認できた。
よし、いつもの魔術だな。
「うわぁ……描くの早すぎませんか? こ、これってすごい技術力なんですよね……?」
「分かるんか、咲良さん。篤紫のやっているのは、神業の領域なんだ。
全ての文字に、全く同じ量の魔力を込めて描き込んでるんだよ。それでいてあり記述速度なんだよな。凄いんだけど、本人が凄さを認めねえ」
ルルガの説明に咲良だけでなく、瑠美と紅羽も感嘆の声を上げている。
そんなに大したことじゃないと思うんだけど。
魔石をテーブルの上に置いて、その上に魔鉄を丸めて作った魔道具を置いた。
とりあえず、爪先でタップする。問題なく光り出した。
爪先でダブルタップしてみる。光っていた石はすっと光が消えた。
よかった、何とか魔道具は作れるらしい。よかった。
当然、周りからどよめきが上がる。目を上げると、みんなが興味津々と言った目で見ていた。
集中していたから気が付かなかったけれど、ずっと見られていたのか。うわ、何だか恥ずかしい。
桃華はニコニコして何だか嬉しそうだ。
「えっと……みんな、ごめん?」
「いいのよ、そんなところも篤紫さんらしいのよ。半信半疑だったのが、確信に変わっただけよ。結果オーライね」
「いやなにそれ、そのふわっとした感想は」
「そのままよ。みんなの目が変わったわ、いつも通りの手際でね」
「えっ? お、おう……」
何だか桃華に乗せられたような気がするけれど、取りあえずやる事だけはやってしまおう。
目下の問題はこの『灼銀』か。
いつも通り、魔道ペンを使って様子を見ていく。
青銀の魔道ペンを使ってまず表面を削ってみる。当然、傷一つ付かなかった。
魔力を込めて側面で軽く叩く。リィンと、鈴のような音色が響くのみで、表面に一切の変化が見られなかった。
まあ、順当か。
次に、敢えて虹色魔道ペンで同じ行程を繰り返してみた。
ルルガが言っていたように、ニジイロカネの力を持ってしても何の変化もさせられなかった。
さて、最後に挑戦するのは紫魔道ペン。
これが通らないと、完全に為す術がないのだけれど……。
「あ……通った……」
紫魔道ペンを突き立てると、スッとペン先が抵抗なく刺さった。
そのまま、灼銀を持ち上げてペン先を通して、手で持ちやすい大きさにブロックを切り分けていく。
「お、おい。マジかよ。本当に加工し始めたのかよ……」
「うへぇ、なんで削れんねん」
「さすが……私の師匠です。やってくれると信じてていました」
灼銀を切り分けて一本一本先端を尖らせていく。側面に模様を描いていき、合計で二十本の灼銀のペンができあがった。
最後に、これを魔道ペン化させる。
This is a mage pen.
一本一本に刻み込んで、そして固定化のために紫魔道ペンを打ち付けた。
あの鈴の音がリィンと響き、合計二十本の灼銀魔道ペンが完成した。
一本を腰の……あれ? いつの間にか腰のホルスターにペンホルダーが一カ所追加されている。桃華か、桃華が追加で作ってくれたんだな。
作業が早すぎる件について。平常運転の模様。
「お疲れ様、綺麗なペンができたわね」
全員に一本ずつ手渡していく。
それに併せて、いつの間に作ったのか桃華がペンホルダーを一つずつ手渡していく。いや待て、ほんといつの間にペンホルダー作ったの?
「まあ……いいか。これで準備ができたから、おまちかねアクセサリー作りを始めようか」
一旦、紫魔道ペンを腰のホルスターに収めて、魔鉄を千切って配った。
さてここからが、ある意味本番だ。
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