百六話 さあ、ダンジョンに行こう

 そんなわけで、やってきました、アディレイドタワーダンジョン。

 何か響きだけ見ると、タワーマンションにも聞こえなくもないけれど、迷宮王国を冠するアディレイド王国で、一番大きいダンジョンになる。

 アディレイド王国には他にも大小様々なダンジョンが国内各地にあり、その中でも大本命は中心にそびえ立つ塔型ダンジョンだ。

 そのダンジョンは地上部分だけでなく、地下にもダンジョン階層が延びている超大型ダンジョンらしい。


 魔神晶石車を並んでいる車の最後尾に付いた。

 少し先には、アディレイドタワーダンジョンに入るための入場門があって、探索者達の乗る車が中に入るために列を成している。

 このダンジョンに行くためには車が必須のようで、篤紫たちの前だけでなく、周りにも馬車や徒歩で来る人は一人もいないようだ。そうしている間にも、車列は順調に進んでいき、さらに後ろにもたくさんの車が付いていた。


「これはすごいな、毎朝こんな感じなのかな?」

「塔に行くためには、まず周りを囲んでいる壁。そこの入場ゲートで入場手続きをしないといけないらしいわ。

 入場ゲート自体は全部で八ヶ所あって、朝と夕方の二回の二時間の間だけ出入りができるみたいなのよ。冊子に書いてあったわ」

 そんな桃華が持っているのは、国壁門で門番に貰った小冊子だ。ちなみに桃華がずっと持っていて、篤紫は読む機会がなかったりする。


「いわゆる、入場制限って奴か?」

「どちらかというと、これはスタンピード対策らしいわよ。

 ダンジョンが上にも下にも延びているから、あっという間に魔物が増えるらしいわ。さらに、基本的に上層と下層に棲む魔獣の仲が悪いのか、一度スタンピードが始まると一階層が喧噪の中心になって、そのまま塔の外にまで被害が拡大するみたいなの。

 その頻度は一週間に一回だって。正直、無茶だと思うわ。

 ちなみに前回のスタンピードは、二日前だって言っていたわ。しばらくは大きな動きがないみたいで、それがこの混雑の原因らしいわよ」

「待て、スタンピードってそんなに頻繁に起きるものなのか?」

「そこまでは知らないわ。でも、車でしか入場できないのも、その辺りの部分が関係しているのかも知れないわね」


 話をしている間に、篤紫達の番が回ってきた。

 ヒスイが窓を開けると、守衛がプレートを一枚手渡してきた。ヒスイは受け取ったプレートをそのまま篤紫に手渡してくる。


「おはようございます。そちらのカードは立体駐車場のカードキーになります。駐車スペースへの案内のために地面が光りますので、光に続いて進んでください。

 ここから先は、割り当てられた駐車スペース及び隣接するコテージが、不可侵の安全圏になります。スタンピードの際には、車内もしくはコテージに避難してください。

 また、探索中は車内のダッシュボードにそちらのプレートを置いて頂くようにお願いします。

 それでは、実りある探索が得られますように」

 入場手続きはこれだけのようだ。どうやって識別しているのだろう?

 魂樹認証をしている感じもない。それこそ。カードを手渡されて説明を受けただけなんだけど。

 いくら考えても、答えが出てきそうになかった。

 守衛に見送られて、魔神晶石車はタワーダンジョンの敷地内に入った。


 門をくぐると、景色が一気に変わった。

 アディレイド王国は中心の塔に向かうにしたがって、ビルが高く高層化していき、一番近くの超高層ビルは中心にある塔に迫るほどの高さにまでなっていた。それが門をくぐると、塔を囲っている壁のすぐ外側まであった超高層ビルがなくなり、文字通り塔の周りにあるのは立体駐車場だけになった。

 十階はありそうな大型の立体駐車場が、それこそ塔の周りを取り囲むように整然と建っている。


「すごいですね、まさにタワーダンジョンのための施設と言ったところですか」

「おや、どうしたんだタカヒロ?」

『ほぉ……何やら、久しぶりのフルメンバーだな』

 ヒスイの隣にある籠に座っていたオルフェナが、後ろを振り返って呟いた。

 完全にオルフェナは、ヒスイのペット枠になっているようだ。運転席の横に、気が付いたらオルフェナ専用の籠が設置されていた。

 何だかとってもシュールな光景だ。


 ふと気配を感じて後ろを振り返ると、車内後方にある扉、大樹ダンジョンからタカヒロが車内に入ってくるところだった。

 その後から、シズカ、ユリネ、カレラ、さらには夏梛とペアチフローウェルまで入ってきた。


「いえ、ダンジョンを攻略しに行くのでしょう? そういうことならば、我々も出撃するべきでしょう」

「いや待って待って、攻略はしないよ?」

 さらに全員が変身の魔道具で完全武装済み、気合いの入り方が違う。

 ちなみに篤紫と桃華は、変身の魔道具は使っていない。いつもの着替えの魔道具で探検家装備一式を着ているだけだった。探検家装備一式は、桃華の指示による物だったりする。

 

「それに、さすがにそこまで武装すると、過剰戦力になるんじゃないか?

 ダンジョンに車で入場する仕組みに関しては未だにちょっと理解できないんだけど、ある程度鍛えた人間が探索できるくらいのダンジョンだと思うんだ」

「甘いですよ。この国の中心にわざわざそびえ立っているダンジョンです。生半可な仕様ではないでしょう。

 このまま乗っていては時間がかかりそうなので、先に向かわせて貰いますよ」

 車がゆっくりと停車する。

 門からそれ程進んでいないけれど、立体駐車場に向かう車が渋滞していた。前の車に併せて止まりながら、ゆっくりと進んでいく。


「ごめんなさい、篤紫さん。タカヒロさん、しばらく戦いから遠ざかっていたから、大樹ダンジョンのモニター越しに塔を見ていたら、うずうずしていた感じなのよ。私も先に行かせて貰うね」

「タカヒロは下層に向かうって言っていたから、下層に向かうなら安全に探索できると思うわ。また後でね」

 ユリネとシズカが、タカヒロを追いかけて行った。

 少し先で待っていたタカヒロと合流して、羽織袴姿の三人は遙か彼方に遠ざかっていく。


 そう言えばタカヒロたちは、パース王国でドラゴン相手に暴れた以来、しばらく国に帰っていて、冒険らしい冒険をしていなかったっけ。

 桃華の神晶石の中を冒険していたときも、外は一瞬の出来事だったみたいだし、世界がずれて半球が停止、それを改善するために竜人の王国に行っていたときだって、もそもそも存在自体が停止していたんだっけ。

 うん。確かに冒険話を聞かされただけだと、欲求不満になるのも分かる気がしてきた。


 いや、そうじゃなくてだな――。


「それじゃあ、おとうさん。あたしたちは塔の上層に向かうよ。スタンピードが起きない程度に、魔獣を減らしていくね」

「篤紫おじさん、わたしも行ってくるわね」

「篤紫。私たちは夕方までには一旦コテージに戻るわ。コテージの場所を私とシズカに送ってくれれば、迷わずに戻れると思うの。よろしく頼むわね」

「……はっ? ちょっ、待て――」

 物思いにふけっていたら、魔法少女姿の夏梛が手を振って車外に出て行った。その後を、同じく魔法少女姿に変身したカレラと、変身の魔道具で格好だけ魔法少女になったペアチフローウェルが笑顔で付いていった。


「行ってらっしゃい、三人とも気をつけてね」

 隣に座っていたはずの桃華が、車のドアを閉めながら三人に手を振っている。いや、いつの間にあそこに移動したんだ?

 おそらく時間を停止させて、手を振るためだけに移動したと思うんだけど……時間停止の無駄遣いな気がするんだけどな。


「……えーっと、これはどういうことなんだ?」

「昨日の話よ。篤紫さんが出かけている間に、みんなで入国の際に貰った冊子を読んだのよ。そうしたら、日常的にどこかのダンジョンでスタンピードが発生していることが分かったのよ。

 私たちはここに居住地を移したのだから、この地域の安定に尽力する義務があると思うのよ」

 待って、おかしいよ。タカヒロ達は大樹ダンジョンの中にいたはずだから、ずっと一緒に、新しくなったシロサキ自治領まで移動していたんだよね?

 いや、確認はしていなかったけど。


「たぶんすれ違いになったんじゃないかしら。篤紫さんが出て行ってすぐに、四人揃って食堂に入ってきたわよ」

「うわ、マジか。まったく知らなかった……」

「それで話を戻すわね。

 この国には今、篤紫さんがいるわ。今のところ周りに大きな影響が出ていないけれど、篤紫さんが行く先は必ず何か問題が起きるわ。

 今までもそうだったから、今回何も起きないなんてことはあり得ないわ」


 ……えっと、そういう認識なの?

 確かに、今まで色々なトラブルに見舞われて、数々の大冒険はしてきた自覚はあるけれど、やっぱり桃華にもそういう認識をされていたんだ。

 うーん、この……。


「だから急いでパース王国のセイラに連絡を取って、アディレイド王国の王族に取り次いで貰ったのよ。

 それで、アディレイドタワーダンジョンの魔獣を間引く話をして、許可を貰った次第よ。アディレイド王国としても、スタンピードの問題が落ち着くのは願ってもいない提案だったらしくて、快い返事を貰えたわ」

「マジか……マジか……」


 確かに道中何もトラブルが起きなかったもんな。

 いよいよ安定した旅ができると思ったら、ちゃんと裏で動いていたのか。もしかしたら、コマイナと旧シーオマツモ王国をここに移動させたのも、その対策ってことなのか?

 うん、凹むわ……。


 その間にも、車列はどんどん捌けていって、周りから大型立体駐車場がなくなった。やがて閑静な住宅街の一角、周りと比べてもやや大きめの豪邸に案内の光が進んでいった。


 そう。この時点で既に、特別待遇だったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る