九十三話 あら、こんなところに竜晶石が

 話を詰めた結果、竜晶石に辿り着いて世界が元に戻ったら、正式に大樹ダンジョンの中に竜人の国を発足させることになった。

 木を切って家を建てて、新しい街並みを作ってゆっくりと過ごす。寿命が万年単位の竜人族にとって千年毎の王位交代だけでも、けっこうな負担になっていたようだ。


 最終的に竜晶石を魂地化すれば、その交代制の王位からも解放される。

 大樹ダンジョンは、竜人族にとって理想となる終の住処のようだった。


「いやしかし、いいのか? ここって、そもそもが馬車の中なんだぞ?

 俺たちはそもそもが旅人だから、まだ世界中を漫遊する予定なんだ。外が動いても、中に全く影響はないとはいえ、旅に連れ回すことになるんだけど……」

『ああ、それならば逆に私らにとっては願ったり叶ったりですな。

 そもそも竜晶石が魂地化すれば、私らが竜晶石に魔力を注がなくても、基本機能が維持できるみたいだからの』

 黄竜族のライジが、困り顔の篤紫に答えた。


「確かに魔力の送受信機みたいな位置づけにはなるけれど……」

『今までずっと、星に魔力を注いでいたのです。その役目がなくなるのは有り難いことなのです』

「え……待って。そもそも、あれはソウルブロックだったんだよな? だとすれば、いくら魔力を注いでも、そのままじゃ星に還元されていなかったはずだぞ」

『……え、そうなのですか?』

「待って、ナナナシアに聞いてみるよ」

 緑竜族のトリレインが逆に首を傾げてきた。

 って言うか、あちこちで喋られると、みんな声が上から降ってくるから、誰が喋ったのかすぐに分からないんだけど。

 正直、誰かが代表で喋って欲しい……あ、全員が各竜人族の代表か。




 ナナナシアに電話で確認したところ、やっぱりソウルブロックに魔力を大量に注いでも、ナナナシア星には還元されないって言っていた。

 むしろ、竜晶石がやたらと大きくなったのも、魔獣であるドラゴンが地上に溢れかえっているのも、さらには魔獣から魔族に進化した竜人族が地底に増えていたのも、全て魔力を注ぎすぎたからと言う結論を貰った。


 むしろ竜晶石は、いまはただの巨大魔晶石だ。いわゆる魔族溜まりの強力バージョンみたいな状態なのだとか。だから早く竜晶石を魂地化した方が、ドラゴンの異常発生を少なくできるらしい。

 ついでに、まだ着かないのかと催促された。


 落胆する竜人族の首長達の相手を、中に残る夏梛とペアチフローウェル、オルフェナに任せて、再び篤紫と桃華は外に出た。




「結局この崖は登れそうにないということか」

「そうみたいね、ちょうど水が噴き出したあとが洞窟になったから、あそこに進んでみればいいんじゃないかしら」

「運が良ければ、目的を達成できる気がするよ」


 馬車の御者台にある神晶石を外す。馬車を神晶石の中に収納した。

 外に出たのは篤紫に桃華、そしていつも通りヒスイが篤紫の後ろに付いてきている。洞窟探検が楽しみなのか、せっせとゴーレムを取り出している。

 そんないつも通りのヒスイに、篤紫と桃華は何だかほっとした。


 さらにヒスイは、ゴーレム達に探検帽子をかぶらせて、上着にズボンまで着せたところで、篤紫の動きが止まった。靴下をはかせて、靴まである。

 隣の桃華を見ると、ニコニコ顔で見ていることから、あの衣装は桃華が作って渡した物なのだろう。確かに今は非常事態だから、深紫色のロングドレス姿以外の衣装が着られないからね。

 ヒスイも探検セットを一式装備したところで、出発する運びになった。


「それじゃあ、張り切っていきますか」

 水流が凄かったのか、十メートル位の巨大な洞窟になっていた。さっき水が全部流れてはいなかったようで、底の方にはまだそれなりに水が流れている。

 当然道などなく、篤紫達の前には五体のゴーレムがいて、岩棚を破壊しながらどんどん道を作ってくれていた。


「明かりを……」

 少し中に入ると周りが暗くなってきたので、明かりを付けようと思って手をかざすと、急に周りが明るくなった。

「あれ……ヒスイ?」

 足下にいたヒスイが、体ごと光り輝いていた。

 篤紫の意を汲んで明かりをともしてくれたんだと思う。ただ、伸ばした手が完全に手持ちぶさたになってしまった。しばらくぶらぶらさせて、ため息をついて手を下ろした。


「篤紫さん、何やっているのよ、もう。そのパターンずっとでしょ?

 ヒスイちゃんありがとうね」

 後ろで一部始終を見ていた桃華が、大きなため息をついた。

 真っ暗だった洞窟が明るく照らし出された。


 そこは、広大な地底湖になっていた。篤紫が岸壁に穴を開けなければ、この空間いっぱいに水をたたえていたのだろう。見上げればまだ濡れている壁が、ヒスイの照らす光に反射してキラキラと光っていた。

 その広い地底湖の先、ちょうど中心辺りになにやら見覚えがある白い柱が立っていた。


「ねえ、篤紫さん? あれってもしかして、竜晶石かしら……」

 言われて、もう一度天井を見上げていた篤紫は、顔を下ろして桃華の顔を見たあと、その視線の先に顔を動かした。

 あの柱はさっきも見た。水面から顔を覗かせたその柱はまっすぐ上、遙か上の天井を突き抜けて上に伸びている。場所的には外で見えていた竜晶石の真下に当たる。

 つまり、あれは竜晶石なのか。

 この状況は、きっと上で竜晶石を管理している白竜族のみんなも、全く想定していないと思う。


「……たぶん。間違いないかな」

「問題は、あそこまでどうやって行くか、かしら?」

「それなら船を……中にいる竜人の職人に作って貰おうか。ヒスイ、ゴーレム達に馬車が置けるくらいの……って、もう終わっているし」

 篤紫が振り向くと、既に壁と地面が削り出されて、広い岩棚ができていた。ヒスイが恐ろしいくらい気が利く。

 篤紫がヒスイに手を伸ばすと、ヒスイがかぶっていた帽子を脱いだ。一瞬篤紫は動きを止めるも、そのまま手を伸ばしてヒスイの頭を撫でた。

 褒めて欲しかったのか、撫でてあげると嬉しそうだった。


 岩棚に馬車を展開し、中に入って状況を説明すると、家を作っていた職人の人たちがさっそく作ってくれた。

 筏船を。

 それも巨大な竜人族規格の筏なので、ペアチフローウェルにゲートを開けて貰って湖面に出したら、それだけで竜晶石まで繋がった。


 船とは、いったい何なのだろうか……。


 何だか馬車の中に、恐ろしい人たちを迎え入れてしまったような気がする。

 今もほら、渡した筏が大きすぎて、壁と竜晶石の間に引っかかって、全く動かないみたいだし。

 完全にサイズが規格外のため、実際に湖面に降り立ってみるとさらに愕然とした。筏として組まれているのだけれど、どう見ても橋にしか見えない。一本の太さが直径で二メートルはありそうな大木だ。


 そして、丸太と丸太の隙間も空いているから、滑ったら普通に水面に落ちる……。


「さて、竜晶石に着いたわけだけど……」

「ちょっと待ってて。ナナナシアに電話して聞いてみるわね」

 桃華が電話したところ、竜晶石に触れて待っててくれればいいということだった。

 篤紫は竜晶石に触れる。

 ひんやりとした感触が手のひらに伝わってきた。巨大な魔晶石だけあって、いくらか魔力が漏れているのか、何となく触れている腕全体がむず痒い。


 そうこうしているうちに、竜晶石が触れていない方の手のひらが温かくなってきた。不思議に思って手のひらを見ていると、表面から球体の宝珠が盛り上がってきた。


「えっ、ちょっ……マジかよ」

 宝珠はそのまま篤紫の手のひらから滑り落ちて、一度丸太の上で跳ねたあと、チャプンという音とともに地底湖に沈んでいった。

 ぼんやり見ていた篤紫も悪かったかもしれないけれど、片手しか使えない状態で大きな宝珠を出現させるのはどうかと思うよ、ナナナシア。

 呆然としていると、桃華が再び電話を始めた。


「安心して。さっきの宝珠は、竜晶石に当たってナナナシアちゃんの元に戻って行ったみたいよ。もう一度送り直すって言ってた。

 今度は落ちないように、私も支えるね」

「了解。さすがにあの出現の仕方はないわ……」

 そうしているうちに、再び手が温かくなって宝珠が浮かび上がってきた。

 今度はちゃんと準備していたので、手の平を上に向けて宝珠が落ちないように、桃華も横にいて落ちないように支えてくれた。

 いやしかし、大きい宝珠だな。

 それだけナナナシア星半球に影響を及ぼしている異状は、大がかりな物だと言うことか。


 今度は両手で持って、ちゃんとホルスターのポケットに収納した。

 筏の丸太を伝って岩棚まで戻ると、今度は桃華がキャリーバッグの中に筏を丸ごと収納していた。

 と思ったら再び筏を取り出して設置した。


「そういえば、魂地化がまだだったわね。誰がやればいいのかしら?」

「確か魂根がそれぞれの竜人族領にあったから、誰か一人が魂地化させて、他の首長五人も認証させないといけないかな」

「何だか、そういう所は面倒くさいのね」

「世界規模のネットワークだから、逆にその辺の認証をしっかりしておかないと、ぐだぐだになる可能性があったんだよな。

 それよりも先に、世界の修復をやっちゃいますか」


 篤紫は宝珠を取り出してゆっくりとしゃがんだ。


「地面に置けばいいんだよな?」

「ええ、確かナナナシアちゃんがそう言っていたわ」


 そのまま宝珠を手放すと、地面にゆっくりと沈んでいった。

 全部が地面に沈むと、視界が一瞬だけ真っ白に染まった。


 大騒ぎしていた割に何だかあっけなくて、篤紫と桃華は顔を見合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る