五章 竜の王国
七十八話 星のコアに戻れない
タカヒロ達が空路で旅立ってから、新たな問題に直面していた。
いつも妖精だったコマイナが座っていたテーブルに、今は妖精の姿をしたナナナシアが座っている。
商館ダンジョン氷船とともに旅立って、建っていた建物が無くなったため、再び空いた敷地に元あった屋敷を取りだした。ダンジョン化していないため多少不便だけれど、今のところ問題なく使えそうだった。
「えっと……つまり、リンクは繋がっているけれど本体コアに戻れないと?」
『そうなの、困っちゃったわね』
ナナナシアの大して困っていない様子に、篤紫は頭を抱えた。
そう言えば、ナナナシアはこの世界では実体化できないと言っていた気がするんだけど、どうなっているんだ?
さらに今は、神力すら出ていない。
桃華の世界にいるときに、膝を抱えていたナナナシアをそのまま、ヒスイが馬車の中にある大樹ダンジョンに連れて行っていたんだっけ。実体化した状態で、外に出てきたと言うことか。
「ナナナシアちゃんとは、これが初めましてよね?」
『私はいつも桃華のこと見ていたけど、実際に合うのは初めてね。
桃華の中にあったバグが取り除くことが出来て、本当に良かったと思うわ』
「ねえ、ペアチェちゃん。あたしに回復魔法を教えて?」
「あら、いいわよ。代わりに夏梛は、私に治癒魔法を教えてね」
『しかし、相変わらず篤紫はすごいな。今度は魔神を連れてきたのか。
何だか背中に乗られても、逆らえぬのだが……むしろ心地よい』
「あー、魔力を込めた魔術文字で、禍々しい岩を浄化しただけなんだけどな……」
全員が集まったのが裏目に出て、会話が滅茶苦茶になり始めた。全員が一瞬で黙って、みんなして苦笑いを浮かべた。
夏梛とペアチフローウェルは、魔法の練習をするためか、外に出て行ってしまった。どうもウマが合うようで、まるきり仲良し姉妹のように一緒に行動している。
その二人の後を、オルフェナに乗ったヒスイが、ゴーレム五体を引き連れて散歩に出かけた。ヒスイはどうもオルフェナが気に入ったらしい。
結果的に部屋に残ったのは、篤紫、桃華、ナナナシアの三人だ。多分最初から三人で話をすれば良かったんだと思う。
「つまり特大魔晶石辺りがあれば、潜って戻れる可能性が高いのか」
あの時は、桃華の神晶石を経由して具現化したらしい。となると、条件としては魂地になっていない、魔晶石以上の素体を探さないといけないようだ。
『そうなのよね。魂地はベースは繋がっているけれど、ネットワーク自体が閉じちゃっているから、ナナナシアコアまで戻れないのよね』
「それだと、水晶竜ちゃんも駄目ってことよね……」
水晶竜は、既にパース王国の魂地としてここの国に固定されている。
インターネットで例えるなら、インターネットには繋がっているけれどファイヤーウォールで情報がブロックされている状態に似ている。通話やメールはできるけれど、情報の塊であるナナナシアが通過することができない。
「アウスティリア大陸になら、探せばあると思うんだけどな」
『私も、詳細な情報は基本的に魂樹からしか見ることができなかったから、魂樹すら伝わっていなかったこの大陸のことは、全く知らないのよね……』
「あら、ナナナシアちゃんって万能なんじゃないの?」
『まさか。私が何でもできるなら、篤紫にわざわざ魂儀システムを作って貰わなかったわよ。
基本的に星のコアなんて、みんなが使った魔法の残滓を集めて、星の資源として森や鉱石に還元することしかできないのよ?
そういう意味だと、こんな形でも実体化できたことは嬉しいけれど。何の力も無いから浮いていることしかできないのよね』
つまり、自然の状態にある特大魔晶石を、ゆっくりと探すしか無いのが現状らしい。
まあ、ここまで来ればゆっくり探してもいいとは思う。
「それじゃ、私はナナナシアちゃんと水晶竜のところに顔を出しに行ってくるわね。かなり迷惑をかけていたみたいだし、しっかりと謝ってくるわ」
『私も、基本的に桃華と一緒にいるね。運んで貰わないと、移動が遅いことも分かったのよね』
それだけ告げると桃華は、いつの間に作ったのか首下げポケットにナナナシアを入れて部屋を出て行った。
まあ、予定通り一ヶ月ほどパース王国に滞在して、それからエアーズロックに向かえばいいか。
それから一ヶ月、ルーファウスに魔道具の作り方を教えたり、要望に応じて魔道具を作ったりと、それなりにゆったりと過ごすことができた。
旅を始めるとトラブル体質さんが活性化するようで、パース王国にいる間は問題なく過ごすことができた。納得いかないが。
その間に、コマイナ都市の方ではけっこうな騒ぎだったらしい。
まず、桃華の世界から避難してきた元アーデンハイム王国の人々は、完全に新種の人間だと言うことが分かった。魂樹を登録したところ、種族名はクリスタリアだとか。
恐らく元アーデンハイム王国の国民は、勇者から連なる人種なのだろう。確かレイスの頭蓋骨はこっちに来ても水晶のままなのだとか。
寿命は千年。これには本人達が一番びっくりしていたようだ。世界が変わって、リミッター的な物が解放された結果だと思う。
魔王国から避難してきた悪魔族の人々は、異形が多いものの、みんなに受け入れられて相変わらずゆったりと暮らしているようだ。
話によると、クランジェがサラティの補佐として入城したとか。
レナードとは、上手くいっているようだ。この間レナード本人から電話があって、仕事が減ったと喜んでいた。
いずれにしても、人口が一気に増えてコマイナ都市の大半の家が無事埋まったと聞いた時は、さすがにびっくりした。馬車の大樹ダンジョンにそんなに避難していたんだな。
冒険者ギルドも発足して、広大なコマイナ都市ダンジョン内は賑やかになったらしい。
キングも仕事が増えたとぼやいていたっけ。
「本当に行ってしまわれるのですか?」
ルーファウスが寂しそうに篤紫を見上げてきた。
長年、魔力が無い中で魔術を刻み続けてきた実力は、篤紫の指導を受けて飛躍的に向上した。魔術の記述速度は飛躍的に向上し、魂樹のアプリと併せてめざましい成長を遂げた。
それに呼応して、パース王国の魔道具インフラは一気に向上した。
今も目の前を馬の無い馬車が走っていく。
そう、魔道自動車をルーファウスの手で、実用化レベルにまで作り上げた。元々構想はあったにしても、そのためにチームを組んで取りかかる姿には、何とも目頭が熱くなった。
ちなみに、篤紫は一切手を貸していない。
「もともと一ヶ月の予定だったしな。そもそも観光旅行の途中なんだよ。何か分からないことがあれば、いつでも電話すればいいさ」
「はい。何かあったら遠慮無く連絡を取らせて貰いますね」
篤紫はルーファウスの後ろに佇んでいる面々を見渡した。宮廷魔術師のマリエンヌを含めて十名ほどの魔術師が、篤紫の見送りに来ていた。
途中からルーファウスと一緒に魔術の基礎を伝授した魔術師達でもある。
「しかし魔道具をみんなで作っている姿は羨ましくもあるな。俺はずっと一人で魔道具を作っているから、チームの開発力には目を見張るものがあったよ」
「いえ、もともとマリエンヌと魔道具を作っていましたから、その名残が今でも残っているだけですよ。
篤紫殿に一緒に教えて貰って、その上で築けたチームです。このチームは、篤紫殿のチームでもあるのですよ?」
「上手いことを言う。ありがとうな」
そう言って篤紫がルーファウスの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めていた。
「じゃあな。またいつでも俺の国に来てくれ。歓迎するからな」
「ああ、また遊びに来るよ」
ガイウス王ともがっしりと握手を交わす。その後ろでは、桃華と夏梛が王妃セイラと王女レティスも互いに別れを惜しんでいた。
一通り別れを惜しんだ後、篤紫たちは魔神晶石の馬車に乗り込んだ。馬車内には夏梛とペアチフローウェル、オルフェナが乗っている。
ヒスイには馬に変身してもらって、御者台には篤紫と桃華が座った。
国王一家に見送られて王城を出ると、国民が総出で見送りに来ていてくれた。それなりに存在感があったらしい。
ちなみに王城の隣にある屋敷は、そのままルーファウスの魔道具研究所として引き継いで貰うことになった。
みんなに見送られながら、国壁の東にある門をくぐる。そこには一面の荒野が広がっていた。
「さて、いよいよ旅行の再開だ」
「そうね、この世界のエアーズロック、楽しみよ」
『水晶竜が、竜の国にもしかしたら大きな魔晶石があるかもって言っていたから、私はそれが目的よ』
「ああ、あるといいな……」
慌てる必要も無い。馬車はヒスイのペースでゆっくりと走り始めた。
見上げれば、遠くの空にドラゴンが飛んでいるのが見えた。
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