二十五話 謎の光と墜落
再び桃華は、時間を止めた。
ただ、少し前にも時間停止を使っているので、魔力がごっそりと減っている。それほど長い間、時間を止めることはできそうもなかった。
世界が動きを失って、その場で停止した。落下していた翼竜も、だらしなく舌を伸ばしたままその場で静止した。
時間を止めたことで、天井付近に浮いていた身体が馬車の床に下りた。それほど天井は高くないので、桃華は難なく着地する。
その横に、同じように時間停止空間に同調したオルフェナが、床に墜落して転がっていた。
『いい判断だが、止められてもせいぜい五分程度ではないか?』
「大丈夫よ、それだけあればタカヒロさんを商館ダンジョンまで運び込めるわ。ダンジョンの中にさえ入れば、落下の衝撃を受けることはないもの」
『それなら、先に桃華も変身しておくことだ。
その生身の身体では、馬車が墜落したときの衝撃を受けきれんぞ』
「そうね、分かったわ」
桃華は、首に下げているネックレスに付いている、虹色の星形のペンダントトップに魔力を流した。
星が輝きだして、虹色の光が桃華を包み込んだ。
「あら……?」
光とともに、着ていた衣服が深い紫色のロングドレスに変わる。髪の毛も深い紫色に変わり、サイドポニーテールにまとめ上げられた。髪には縦に何本もの白紫色のメッシュが走る。
ドレスの裾には、白紫の模様が綺麗に広がった。
「ドレスも髪の色も、赤じゃなくなったのね。
これはつまり、篤紫さんと一緒って事かしら。私の変身も覚醒した?」
『桃華よ。ドレスの背中に翼の模様が現れておる。絶対に、その模様に魔力を流してはならんぞ、嫌な予感がする』
「そうね、ここの中じゃ狭いから危険だわ。もっと広い場所で試さないと駄目よね」
『……いや、そういう意味ではないのだが』
タカヒロを抱え上げるために、床――ではなく、天井を見上げた。さっきは気づかなかったけれど、タカヒロは天井に背中をぶつけた状態で、未だ顔を真っ青にしていた。
神気に当てられると言うことは、相当な負荷がかかるものなのだろう。変身した桃華の背中にある、白紫色の翼の模様は、危険なものだということを理解した。
翼竜が墜落し始めたのも、電話の向こうの篤紫が、背中に展開した翼の影響に間違いないからだ。それも、不可侵ですらある星のネットワークを越えて、離れた場所に影響を及ぼしている。
桃華は天井にいるタカヒロをそっとたぐり寄せると、馬車室内の後部にある扉を開けて、商館ダンジョンにゆっくりと運び入れた。
足下にキャリーバッグを喚びだし、両手がふさがっていたため、念だけでベッドを取りだした。その上にタカヒロをゆっくりと、元々そこに安らかに寝ていた、という思いを込めながら横に寝かせた。
時間停止空間は、慎重に事を運ばないといけない。人を動かすときは、慎重に無事な思いを込めて運ばないと、時間が戻った途端に高速で動き出し、瞬間的に命を失う可能性すらはらむ。
それだけ時間魔法は、扱いが繊細な魔法でもある。
『桃華、そろそろ時間が――』
「ええ、わかっているわ」
オルフェナを抱え上げると、馬車内に戻って商館ダンジョンに続く扉をしっかりと閉めた。抱えていたオルフェナを床に下ろす。
そして、時間魔法を解除した。
時が再び、動き始める。
翼竜が落下を始めた。
気絶してもなお、馬車だけは離さないらしい。時速三百キロを超えて飛んでいた翼竜は、風の抵抗を受けて徐々に減速しながら、海面に向けて流れるように落下していく。
「オルフ、どうかしたの?」
窓際に駆けていって外を凝視し始めたオルフェナに、桃華は一緒になって窓の外を覗き込んだ。
『落下地点に島がある。
偶然とは恐ろしいものだが、このまま行くと海面ではなく、その島の中心に落下する。そうなれば、我々の馬車は翼竜の下敷きだ。
最悪を想定すれば、地面に埋まって出られなくなるかもしれぬ』
「待って。さすがにそんな状態になったら、本当に外に出られないわ」
遙か下に、本当に小さな島影が確認できた。そこに相当な重量物が落下しつつある。この状態では、吹いている風の影響など微々たるものだ。
それに元が機械でもあるオルフェナの落下予測だ。計算を違えることはあり得ない。
間違いなく、島に落ちる。
「ダンジョンを馬車の形から変形させられないかしら?」
『無理であろう。
さっきリビングに入ったとき、ダンジョンコアであるコマイナが、未だに泡を吹いて気絶していた。奴が起きていないなら、ダンジョンの変形は不可能であろう。
出来てせいぜいが、既にあるものをロックする程度だな』
そういう意味では、ダンジョンマスターなんて飾りに近かった。特に今回みたいな場合、生体ダンジョンコアは全く役に立たない。
二人が頭を捻っている間にも、翼竜の落下は続いていた。
『……なにっ!』
目の前で、島が大きく光った。
ジュワッッ――。
同時に、視界が真っ白に染まった。真っ白な視界の中で、何かが蒸発する音だけが聞こえた。
視界が戻ると、翼竜は跡形も無く消えていた。それだけでなく、馬車の前方にいたはずの魔道馬も、消滅していた。
「えっ、翼竜が消えたわ? いったい、どういうことなのよ」
『わからぬ。魔道馬まで消えておると言うことは、何らかの攻撃を受けたのだろうが。
考えられるとすれば、あの島から来る光に焼かれたというのか』
「でも、この馬車は無事よ」
『ダンジョンだからであろう。この世界の唯一の非常識は、絶対不可侵のダンジョン壁だからな』
篤紫が絶対安全といった理由か。
全てを焼き尽くすような光線ですら、ダンジョンを消滅させることは出来なかったようだ。
『まだ来るぞ、目を逸らせ』
島が光り、視界が真っ白に染まる。
時間を置かずに、何度も何度も撃ち出される光は、しかし馬車に対しては一切の影響を与えることが出来なかった。
ある程度高度が下がったところで、島からの攻撃が突然止んだ。
「ぶつかるわ、オルフこっちに来て」
『うむ、すまんっ』
桃華は慌ててオルフェナを抱きかかえると、馬車の椅子にすがりついた。急速に地面が近づいてくる。
重量物がなくなって軽くなったためか、若干の風の影響を受けながら、予定していた島の中心部ではなく、海岸に衝撃とともに墜落した。
海岸を抉り、数メートルをクレーター状に掘り返した。じきに海水が流れ込んできて、馬車はゆっくりと浮き上がった。
「すごい衝撃だったわね」
『馬車の旅を楽しむために、ここだけ外の路面の動きがわかるようにしたようだな。もちろんある程度の衝撃も。
さすがの篤紫も、魔獣に襲われる程度の想定はしていたが、上空から落下する事など考えていなかっただろうな』
「あんなの、誰だって想定しないわよ」
桃華とオルフェナは顔を見合わすと、どちらともなく笑い出した。
馬車内は椅子も固定されているため、目立った損傷は見られなかった。ただ、ルルガが作ってくれた魔道馬だけは、どうしようもなかった。
桃華は変身したまま、外に出て御者席に座った。操舵輪に魔力を流しながら、アクセルを踏み込むと、車輪が水をかいてゆっくりと前進する。程なく浜辺に上がることが出来た。
桃華はサイドブレーキを掛けると、急いで馬車に戻り、扉にロックを掛けた。息を止めていたわけではないけれど、少し酸素が足りないのか頭がくらくらする。思わず大きく深呼吸をした。
『無事で良かった。我が運転できれば良かったのだが』
「いいわよ。変身さえしていれば、何かあることはないはずよ」
攻撃を受けたのは、この島の中にある何か。
桃華とオルフェナは、馬車の中から島を見上げた。
うっそうと茂る森に大きな山。今見える範囲はそれだけだった。
「篤紫さん……」
桃華は思わず、篤紫の名前を呟いていた。
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