十四話 妖精コマイナの実力
妖精クロムが誕生したはいいけれど、既に夜も遅かった。妖精クロムには、眠っている妖精コマイナと一緒に、コアルームで寝て貰うことにした。
いつものように桃華がキャリーバッグからベッドを取りだして、真ん中の台座横に並べるように設置した。
「明日の朝になったら、また来るわね」
「はい、桃華様、篤紫様。おやすみなさい」
ベッドに横になったクロムに声を掛けて、コアルームの明かりを落とした。ああやって普通に睡眠を取る姿は、やっぱり元がダンジョンコアだとは到底思えなかった。
自分たちが誕生させたのだけれど、原理関係は全く理解していない。
篤紫はそっと、コアルームの扉を閉めた。
「どうしたのかしら、何か考え事?」
街灯を頼りに夜道を歩きながら、桃華が篤紫の顔を覗き込んできた。
コマイナの街の夜は、温度変化が殆ど無い。昼間と比べて、寝やすいように若干温度は下がっているけれど、基本的に一年中同じ気温を保っている。
「昔、この星のコアであるナナナシア・コアと話をしたことがあるんだけど、とにかく面倒くさい女だったんだよ」
「あら、この星のって言うことは、神様よね。素敵じゃない」
「そういう捉え方もあるのか。
その時言っていた言葉を思い出したんだ。
人間族が憎しみ、争い合うのを止めて欲しい。でもそのために、巻き込んでしまってごめんなさい、って」
夜風が優しく吹いている。
篤紫と桃華は、近くにあった公園に寄ると、並んでベンチに腰を掛けた。見上げれば、夜空にたくさんの星がキラキラと瞬いていた。
「この世界は好きだから、気にするな。でも、人間なんて、どこの世界でも止められないぞ、って答えてあげたんだけど……」
「あなたはそのままでいい、って。篤紫さんは言われたのね?」
「ええっ、何で。桃華その場にいなかったはずだぞ」
夜空を見ていた篤紫は、びっくりして桃華の顔をまじまじと見た。
「わかるわよ、ずっと篤紫さんを見てきているのよ?
クロムちゃんのことでしょ。新しい命が、世界の理に反しているんじゃないか。そんなところかしら?」
篤紫は思わず目を見開いた。桃華は笑顔のまま、そっと篤紫の腕に抱きついてきた。
「私たちが持っている力は、もしかしたら簡単に世界を滅ぼせるかもしれないの。この世界は、魔力が全てよ。人間族が魔力を得たことで、その流れはさらに加速したわ。
でも、篤紫さんは昔も今も変わらないでしょ? だから、託されたんじゃないかしら、世界の行く末を。
今のままでいいのよ、篤紫さんが関わったみんなが、みんな笑顔でいるじゃない」
篤紫は夜空を見上げた。
空に瞬く星が、少し滲んで見えた。
「夏梛、シャーレ。朝よ、今日は一緒に街にお買い物に行くのでしょう?
ほら、早く起きないと連れて行ってあげないわよ」
篤紫は薄目を開けて、眩しすぎる朝の日差しに思わず目を閉じた。手探りでベッドの縁から足を下ろして、大きく伸びをした。
廊下をバタバタと駆ける音が聞こえる。
あくびをかみ殺しながら眼鏡をかけて、そのまま眼鏡に魔力を流して一瞬で着替えを終えた。魔術最高。
階下に下りていくと、ゆっくりと朝食の準備が進んでいた。
「おはようございます、篤紫さん」
リメンシャーレが気づいて、笑顔で挨拶をしてきた。夏梛は篤紫を一瞥すると、顔を背けてキッチンに行ってしまう。
「おはよう、シャーレ。ゆっくり寝られたかな?」
「はい、おかげさまでしっかり寝ることができました。
びっくりしました。お城で使っていたベッドより、寝心地が凄くいいですね。見た目は普通のベッドなのですが」
テーブルにお皿を並べながら、リメンシャーレが瞳を輝かせている。篤紫も食器棚からコップを取り出して、お皿の横に並べた。
キッチンからベーコンが焼ける匂いが漂ってくる。
「ベッドに体圧分散の魔術を描いてあるだけだよ。
ベッド自体は木の箱だし、マットレスも布の袋の中に、干し草を入れただけの簡易な物だ」
篤紫の言葉に、リメンシャーレはびっくりしたのかお皿を並べていた手を止めた。
「え、中身が干し草なのですか? てっきり、高い獣毛が詰め込まれていると思っていたのですが。確かに、暖かいお日様のような香りがしていました」
出自が元女王様なので、魔術を掛けてあるとは言え、干し草のベッドは拒否感があるかと思っていた。でも表情を見る限り、気に入ってもらえたようで一安心した。
キッチンから料理が運ばれてきて、テーブルの上が賑やかになってきた。一通り準備が終わったところで、全員が椅子に腰掛けた。
ちなみに、羊であるオルフェナも専用の椅子に座って、一緒に食事を取っている。
相変わらず篤紫以外の家族としか口をきかない夏梛に、さすがに辟易して小さなため息をついた。それでも久しぶりに家族がそろった朝食は、楽しく食べることができた。
朝食の後、桃華達女性陣は、南の町に買い物に出かけていった。
白亜城の近辺は、普段は全くと言っていいほど人通りが少ない。
イベントホールとして解放しているとは言え、夜間の練習や、休日のイベントが開催されている日以外は、ほぼ無人だ。
稀に、北方フィールドに素材採集に向かう探索者が、馬車でコマイナ都市の北門に向かって行く。そのときに、白亜城の横を通り過ぎていく程度しか、本当に普段は人影がない。
西門の取っ手に篤紫が手を掛けようとしたところで、扉が自動的に開いた。中では、頬を膨らませた妖精コマイナが、篤紫の視線の高さで腰に手を当てて浮かんでいた。
扉の陰から、妖精クロムもひょっこりと首を出した。
「篤紫様、ひどいですよ。
朝起きたら、もうクロムがいるじゃないですか。クロムが生まれる前に、背中の羽を翼に変えて貰おうと思ったのに」
「コマイナ姉様ったら、そのままでもすごく可愛らしいのに」
篤紫は思わず首を傾げた。産まれる瞬間を見たかった、とかじゃないのか? だいたい、どんな姿になるか、分からなかったはずなんだけど。
「そんなわけで、今から篤紫様の家に向かいましょう」
家から白亜城まで、実は二時間近くかかっているのだけれど、そのまま引き返すのか。これより妖精コマイナ、どんなわけなんだ?
篤紫は思わず首を傾げた。
コマイナ都市はこう見えてかなり広い。白亜城から東西南北の各門まで、白亜城からまっすぐ歩いて四時間はかかる。だから、街中でも大小様々な大きさの馬車が重宝している。
たぶんこの街は、東京二十三区を基準に作ってあるのだと思う。そういえば今の白壁の街になる前は、この場所には明治か大正の街並みが広がっていた記憶もある。
「なあ、コマイナ。俺今、二時間掛けてここまで来たんだよ。帰るのは問題ないけど、少し休ませてもらえないか?」
だから思わず篤紫の口から、泣き言が漏れたのも仕方ないと思う。
「いいよ、ゆっくり休めるようにダン車、作っちゃいます」
「はっ? な、なに?」
妖精コマイナは篤紫に向かって親指を立てると、その場でクルクルと舞いだした。舞いとともに身体からあふれ出た光の粒が、近くにあった大きな商館を包み込んだ。
光に包まれた建物は、みるみるうちに縮んでいき、長方形の車輪付きの箱に変わった。箱の側面には、馬車の絵が描かれている。
一応、馬車のつもりらしい。
ただ、白っぽい幌馬車の絵なのに、ちゃんと窓が付いているので、違和感が半端ない。せめて幌馬車なら、屋根を独特のアーチ状にして欲しかった。
目の前の乗り物は、完全に長方形だ。
その馬車もどきの御者台と背面に、それぞれ扉が付いている。ここから出入りするのだろう。御者台に座って、ちゃんと操舵できそうなのがせめてもの救いか……。
「コマイナ姉様、これは馬車……なのですよね?」
さすがに、無理があると感じたのか、篤紫の隣に歩いてきた妖精クロムが、眉をしかめながら首を傾げた。
「何を言っているの、クロム。見るからに馬車じゃないですか。
前輪操舵式の馬車で、中は当然ダンジョンになっていますよ。大型の商館を改造したので、後ろから入ると一階のホールに繋がっています。篤紫様の魔道具店にちょうどいいと思いますよ」
なんと、元々頼もうと思っていた乗り物を、今ここで作ってくれたのか。
「それから、御者台から入ると、二階の居住エリアに直接入ることができます。部屋数が二十室ほどありますので、後で間取りを確認してください。
ちなみに、コアルームは入ってすぐの部屋です」
コマイナダンジョン内ならば、馬なしで走れると言うことなので、自走して家に向かうことにした。
あとは、ルルガに頼んである魔道馬だけか。
もう少しで、旅の準備が終わりそうだ。
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