十三話 妖精クロム
妖精コマイナは赤鉄色のダンジョンコアを抱えたまま、ふらふらと机まで飛んで上がると、机の上にそっと抱えていたダンジョンコアを置いた。
コアが転がっていかないように、机を変形させて台を造るのも忘れない。
「そのダンジョンコアは、どうしたんだ?」
『これですか? アイアン・ダンジョンのダンジョンマスターである、ゴブリンキングのキングさんから、ダンジョン統合の話があったんですよ。
それで、さっそくダンジョンを統合して、はじき出されたダンジョンコアを貰ってきたんです』
アイアン・ダンジョンは鉄を産出するダンジョンだ。ただここは不思議なダンジョンで、各階層ごとに知恵を持った魔獣たちが、様々な産業を展開しながら文化的な生活をしている。
西の町でルルガ鍛冶工房を開いているルルガも、元はこのアイアン・ダンジョンで鍛冶をやっていたゴブリンだ。
「それで、これをいったいどうするんだ?」
『それがですね、篤紫様と桃華様に神晶石を作って貰いたいのですよ』
何だか懐かしい名前が出てきた。篤紫と桃華は顔を見合わせて、思わず二人とも顔が真っ赤に染まった。
神晶石はこの星の中心にあるコア、ナナナシア・コアと同じ素材だと言われている、幻の晶石だ。数ある魔石のカテゴリーの中で最上位ランクに位置している。基本的に入手は不可能である。
いつだったか、二人でふざけてお互いの魔力を流し合っていて、偶然できた紫色の綺麗な石が、後に神晶石だと判明した。
その時の様子が中二病かぶれで、完全に二人にとっては黒歴史だったりする。
その神晶石が、今回必用らしいのだけど……。
『実は街のゴブリンさんから聞いた話なのですけど、ルルガさんがアイアン・ダンジョンからいなくなってから、キングさんが元気ないそうなんですよ。いつも掛け合いをやっていて、持ちつ持たれつだったようで。
追い出した理由が、魔獣以外はアイアン・ダンジョンで暮らしていては駄目だ――みたいな感じの理由だそうです。
ルルガさんって、ゴブリンなのに魔族になっちゃいましたもんね。
そんなわけで、ここで一肌脱いじゃいましょう、って言う話なのです』
「全く、意味が分からんぞ……」
妖精コマイナの話をまとめると、赤鉄色のダンジョンコアとキングのリンクがまだ繋がったままなので、この状態で赤鉄色のダンジョンコアに神晶石を投入して、生体化させてしまおうと言う魂胆らしい。
その時に、リンクが繋がったままのキングが、五分五分の確率で魔獣から魔族に進化するはずだ、と。
ゴブリンだけにゴブゴブ、などと言いだしたときには、二人で上を見上げて天井のシミを探してしまった。
『キングさんにはお嫁さんができて、私は新しい妹にここのダンジョンを任せて、篤紫様や桃華様と一緒に旅行に出られるのですよ。
みんな幸せになれる、いいアイデアだと思いませんか?』
理由の前半はともかく、後半はどうかと思うよ、妖精コマイナや。
要は、リメンシャーレと同じか。妖精コマイナもダンジョンコアという性質上、ずっとダンジョンから出られず、自分の目で外の世界を見たことがない。
確かにこの機会でもなければ、永遠に旅することができないだろう。
まあここは、やってみるだけの価値があるか。
「わかった。久しぶりだけど神晶石、桃華と作ってみるよ」
「そうね、コマイナちゃんも一緒に行くことができれば、きっと楽しいわね」
二人の言葉を受けて、妖精コマイナは深く、頭を下げた。
コアルームを出て、廊下を歩いた先にある、広い客席付きの広間に入った。壁のボタンに魔力を流して、照明を点灯させる。
白亜城から住居を移して、城の大半の部屋が空いたことにより、桃華の提案で城は多目的のイベントホールとして使用されることになった。
利用申請だけで、特に料金を取っていないため、定期的に有志による演劇披露や、コンサートなどに使われているようだ。部屋は四部屋あって、いま篤紫が入った部屋以外は、練習などで使っているらしい。
正直、住むには広すぎる城だったため、気楽に使ってもらえているのは、ありがたいことだった。
ホールの真ん中で、篤紫と桃華は向かい合った。両手を繋いで、右手から相手に魔力を流し、左手から相手の魔力を受け取る。徐々に流す魔力を増やしていくと、程なくして変化が始まった。
空間がキシキシと軋み始める。
「夏梛が長女で、コマイナちゃんが次女。魔導城のコアが三女よね。
そうなると、次の子が四人目って事かしら」
「正確には、桃華がお腹を痛めたのは夏梛だけだけど、たぶんその考えて間違いないと思うよ」
二人が神晶石を造ったのは過去に三回だけ。
地球の名も無き神社で偶然できた神晶石が、桃華のお腹に魂として宿って、普通に二人の子として産まれたのが、実子の夏梛。
当時、コマイナ都市遺跡のダンジョンコアに、桃華が神晶石を投入した結果、コアが生体化して産まれたのが、妖精コマイナ。
そして、最後がシーオマツモ王国のソウルコアとダンジョンコアを結合させて、その結果生まれたのが、植物型のキャッスルコア。名前はまだ無い。
風の噂では、数年前に付いた蕾がしっかり膨らんで、もうすぐ花を咲かせそうだとか。
ジジ……ジジッ、ジジジ……ジジジジッ――。
空間に紫電が走り始める。
部屋の魔石照明が、数回明滅した後、全て消えて真っ暗になった。増え続ける紫電が、部屋全体に広がって暗闇を白紫色に染めていく。
篤紫と桃華の瞳が、真っ赤に染まった。
変化はそれだけに収まらなかった。
黒かった髪の毛が濃い紫色に変わり、白紫色のメッシュが複数走った。
「くすくす、覚醒したわよ」
「あ、桃華。それ俺の台詞だよ。ちくしょう、先に言われた」
「これで私も篤紫さんと一緒の、中二病が発症しちゃったことになるのね」
二人で顔を見合わせて、朗らかに笑った。
部屋中を埋め尽くす程にほとばしっていた紫電が、徐々に二人の間に収束していく。
「ねえ、篤紫さん。キングさんのお相手は、どんな方がいいかしら?」
「いや待て、突然どうした」
「だって、今集まってきているのって、ある意味私たちの子みたいなものでしょう? だったら、ちゃんとどんな子に産まれて欲しいか、想像してもいいんじゃないかしら」
二人の間に小さな神晶石が産まれて、徐々に膨らんでいく。
部屋の温度が少し暖かくなった。
「キングか。キングは無骨で不器用だけど、ああみえてかなり気が利くからな。
アイアン・ダンジョンの魔獣が、平和で争いがないのも、ダンジョンマスターであるキングの方針みたいだから、それをそっと横で支えられるタイプか?」
「いいわね。私、天使の姿が思い浮かんだわ」
「え、待て待て。さすがにそれはまずいでしょ?」
「くすくす。時間切れみたい」
紫電が一気に収束していき、二人の間に拳大の紫色をした水晶が現れた。これが、神晶石。
お互いに握っていた手を離すと、桃華が両手でそっと受け止めた。
コアルームに戻ると、赤鉄色のダンジョンコアを抱いたまま、妖精コマイナが寝ていた。
腰元のスマートフォンをたぐり寄せて時間を見ると、既に日付が変わってていた。
「三時間くらいかかったのか。感覚的に数十分くらいだと思ったんだけどな」
「私もそんな感覚だったわ。時間の流れも変わっていなかったはずよ。
覚醒の時に髪の毛の色まで変わったでしょ? もしかして、あの時に何か違う空間に変わったんじゃないかしら」
「そうなのかもしれないな」
妖精コマイナを両手でそっと抱き上げると、部屋の真ん中にある台座にそっと寝かせた。微笑みながら寝息を立てているその姿は、とても元がダンジョンコアだとは思えなかった。
机まで戻ると、桃華が神晶石を持って待っていた。
「篤紫さん、準備はいいかしら?」
篤紫が首を縦に振ると、桃華が持っていた神晶石を赤鉄色のダンジョンコアの上にそっと乗せた。
チャプンという音とともに、神晶石が沈んでいった。
白紫色の光が溢れ出す。
不思議と眩しくはなかった。
光の中、赤鉄色のダンジョンコアだった物が、徐々に膨らんでいき、人の形に変わっていく。背中から赤鉄色の翼が生えていき、二メートルほどに大きく広がった。
徐々に光が収まっていき、膝を抱え込んだ女性が翼をたたみながら、ゆっくりと立ち上がった。
「初めまして、篤紫様、桃華様。クロムと申します。
姉のコマイナからお聞きしていると思いますが、このたび生体ダンジョンコアとして、このダンジョンに追加登録しました。
末永く、お願いいたします」
妖精クロムは机の上に立っているので、思いっきり見上げる形になった。身長は恐らく自分たちと同じくらいか。
篤紫は桃華と顔を見合わせて、大きなため息をついた。
ちなみに、ダンジョンコアが生体コアになると、名前の前に妖精の字が必ず付くらしい。この間、妖精コマイナの魂樹を作ったときに、体に合わせたミニチュアスマートフォンの種族欄に書かれていた。
「よろしくな、クロム。
ただ、早めに机から下りような」
篤紫の言葉に目を見開いた妖精クロムは、顔を真っ赤にしながら、慌てて机から下りた。
何だろう、こいつは何だか先行きが不安だぞ……?
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