第36話
何かがおかしい……。
リリーといえば真っ先に罵倒してきそうなものなのだが……、さっき聞いた言葉は“戦うな”。
「どういうことだ?」
俺は首を傾げるばかりだった。
「いくらお前でも学園内で9位の実力者と戦って勝てるはずがない。前の模擬戦の時は教師が手加減してた。だけど今回は手加減なんてされない」
「お、おう……」
初めてこんなに喋るのを聞いた気がする。
おかげさまで話の内容は半分しか伝わってない。
だが、まだ話しそうなので黙って流れにのってみる。
「私の事は気にするな」
あぁ……なるほど。
つまり自分が傷つけられたからといって俺が始末をつけなくてもいいってことか。
「お前はそれを言うために戻ってきたのか?」
そう尋ねるとリリーは無言で頷いた。
なるほど……。意外と気にするタイプだったのね。
彼女の言いたいことはよくわかった。後は……少し聞いてみるか。
「なあリリー、少し聞いてもいいか?」
俺の問いかけにリリーはまたしても無言で頷く。
「お前が普段無口なのはそれが原因なのか?」
「兄さん……!」
傷口を広げるような質問、それを感じたフィルがたしなめるように口を挟んだ。
だが……
「いい」
リリー自身がそれを制した。
「そう……私のこの青い目は簡単にいうと一族の血を受け継いでるから……」
そう言ってどこか遠くを見つめる。
「一族……」
「でもその証は他の人達には理解されず、同族からも拒絶され、私は自ら口を閉ざした。そして普通に話してくれるみんなに出会った時、とても嬉しかった。だからこそ……」
淡々と語るリリーたったが、そこまで言って口をつぐんだ。
「リリー……」
リリーの心情を察したフィルが彼女の肩を抱く。
流石の俺でも何が言いたいのかはすぐにわかった。
さて、どうしたものか。
僅か数秒で1女子の重たい過去を聞いてしまったわけだが……。
この俺にこの状況をうまく治める程のイケメンスキルはない。
しかしこの場に男は俺しかいないわけで……。
仕方ないか。
せっかく無口なリリーがここまでして話してくれたんだ。
数少ない男子力を駆使して俺がこの場を上手くまとめるとしよう。
「なぁ、リリー」
俺はそっとリリーの元に歩み寄る。
そして彼女の心を落ち着ける為、魔法の言葉をそっと投げかけた。
「お前の作った美味しい味噌汁を毎日食べさせてくれ」
「は?」
「なっ!!」
「え?」
キョトンとした顔をするリリー、目を見開くフィルそして、思いの外反応が悪かったので意外な俺。
あれ、これじゃダメなのか?
「兄さん……?」
ゾクッ……と背筋に走る冷たい空気。
恐る恐る首を動かすと、そこには一点の曇りもない笑みの筈なのに恐怖を感じるフィルさんの姿。
「兄さん、あなたは今ご自分が何を仰ったのかわかってますか?」
「は、はい?」
「こんな真剣な場面で何をプロポーズ紛いの事を仰ってるのでしょう……。私には少々理解しかねます」
こ、KOEEEEEEEEEE!!!
何故だ、俺は以前読んだ有名人の著"急上昇男子力"の一説を使ったのに!
「全く……空気の読めない兄さんには少しばかり灸を据えねばならないようですねぇ」
「ひ、ヒィ……」
やっべ、また何か寒くなってきやがった。
俺また凍らされちゃうの!?
「フフッ……」
突然吐息混じりの笑い声が聞こえたような気がした。
目を向けるとほんの僅かではあるが確かに、確実にリリーが笑っていた。
「リリー……」
それを見たフィルも驚いたようだ。
この学園に来てまだ2週間ではあるが、それでも俺には初めてだった。
リリーが笑ったところを見たのは。
「お前は本当にバカだ。だが、何か救われた気がする」
すぐに元の顔に戻っていたが、それでも先程の印象は強烈で俺の記憶に鮮明に刻まれた。
「ふぅ……」
俺は短く息を吐いた。
俺はシリアスな雰囲気が苦手だ。
だからこそ敢えて言おう。
「俺は正義の味方じゃない。どちらかと言えば悪人だ」
「兄さん?」
突然話し始めた俺を怪訝そうに見るが俺は言葉を止めなかった。
「だから別にリリーの為に戦うわけじゃない。俺があいつを気に入らないから潰す……それだけだ」
「…………」
無言で俺の話を聞いていたリリー。
その刹那。
幻覚かもしれないが、俺にはまた彼女が微笑んでいるように見えた。
んじゃま、いっちょやってやりますか。
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