第51話 恋人の別れの名所 恐怖の古城
「あそこの人もね、つい最近までは見てるこちらが恥ずかしくなるくらいにラブラブな彼女さんがいたのよ。だけどそのお城に肝試しに行った翌日にはご覧のありさまってわけ」
受付嬢はニヤニヤする口を手で隠しながら言う。人の不幸は蜜の味とはよく言うが、彼女も笑いすぎではないだろうか。
「神の試練ってのは気になるわね、是非とも話を聞いてみたいところだわ」
「やめときなさいって、今の彼は凄くカリカリしていて話しかけたところで怒鳴られておしまいよ」
イストは彼女と別れて自暴自棄になっている青年を眺めるが、受付嬢はそれにストップをかける。
「そんなに気になるなら行ってみればいいじゃない、場所ならここよ。ちなみに貴方達がどんなことになったとしても、私は文句は聞き入れないわ、行くなら自己責任でよろしくねっ! 」
ニヤニヤしながらウインクをする彼女、その楽しそうな笑顔から実はこいつが女神の使徒の一員なのではないかと疑ってしまう。
一応、受付嬢にお礼を述べた後、作戦会議のため近くのテーブルについた。イスとテーブルは木製の素朴な作りであったが、ホコリやゴミは全くなく、しっかりと手入れされているようであった。
「それでこれからいったいどうするのだ。先程の真偽の定かでない情報しか手元にはないが」
「とりあえず行ってみましょう。いくつものカップルが別れてしまうってのは、何か理由があるのですよ」
「うーん、そうかのう」
やる気のあるエーコとは対照的に、いまいち乗り気でないクロは眉をひそめる。
「神の使徒って単語が出てきているからには、ここは見過ごすことはできないだろ。少しでもヒントがあるなら行くべきだ」
「そうよ、それに古いお城って何かロマンがあるじゃない。お宝っ、お宝っ、ゲットよ! 」
他に何も手掛かりがない以上、行かないという選択肢はない。イストも目を光らせながら嬉しそうに体を揺らしている。
「皆がそういうのなら反対はしないがのう」
「こういうことにクロが乗り気じゃないって珍しいよな。いつもなら積極的に乗り込もうとするのに。何か気になることでもあるのか? 」
「い、いや、別に何でもないぞ。さぁ、早速準備を始めよう」
クロは慌てた様子で首を振りながら、言葉を発する。
「でも何でネーサルはこんな試練を与えているんだ。カップルを別れさせることに特別な意味があるとは思えないんだが」
「ヨカゼさん! これは人の愛の強さを確かめているのです。人間が他人をどれだけ愛することができるか、ネーサル様はお知りになりたいのだと思います」
俺の質問にエーコが強い口調でキッパリと回答をする。彼女の瞳に迷いはなかった。
「でもこのままカップルが別れさせられ続けると、冒険者同士の関係も悪化するし、下手すると異性への悪印象によって結婚、子供の数も減っちゃうから、国からすると長期的にはなかなかに面倒な試練よねー」
「イ、 イストがまともなこと言ってる……」
「ちょっと、私だってちゃんと考えているんだからね! 」
賢い発言をするイストに俺が驚くと、彼女は頬を膨らませて怒りのアピールをしてきた。
「目的地までは歩いて一時間くらいか、必要なものはちょっとした食糧とランプだろう。古城の中は洞窟と同様に薄暗いだろうからな」
受付嬢に教えてもらったお城の場所を地図上で確認しながら、クロは呟く。
「薄暗いというよりも、真っ暗だと思いますよ。夜中の探索になりますからね」
「まさか、よりによって夜に行こうというのか!? 」
クロは驚きの声を上げる。
「肝試しっていうのだから夜に行かなきゃ意味ないじゃない」
「いやいや、わざわざ相手の都合の良い状況で攻め込んでどうする。昼間に攻め込むべきだろう、お主もそう思うよな」
クロが強い口調で俺に向かって言うが、彼女の瞳は何かにすがるように不安そうであった。
「夜はもしものことがあった場合、対応が遅れてしまうかもしれない。とりあえず昼に探索を始めることにしよう」
「ふむふむ、お主も分かるようになってきたではないか」
腕を組みながらうんうんと頷くクロは、安堵の表情を浮かべていた。
「そうですか、ちょっとだけ残念です」
「何かあったら大変だからな、すまないとは思うけど、我慢してくれ」
少しだけ悲しそうな顔をするエーコをなだめると、彼女は微笑み返してきてくれた。
「それじゃ今日はもう暗くなってちゃったから、明日のお昼にお城に向かいましょ」
イストの元気よい提案に、その場にいた者は賛同した。
―――― 翌日の昼
俺達は街外れにある古城に到着する。その石造の三階建ての建物は木々に囲まれながらどっしりと佇んでいた。かなりの年月が経過しているはずではあるが、城としての形をしっかりと保っているのは、よほど優秀な建築士による作品であったからなのであろうか。
しかし、その壮大な城からは人の気配は全く感じることはできず、周りの森にすむ鳥達の声が微かに聞こえるだけであった。
「この大きさはまるでダンジョンのようだな」
「それにしても雰囲気出てるわね、今にも中から何か跳びだしてきそうな感じだわ」
昼間でも気味が悪いのによくこんな場所に夜中来る気になるものだ。だからこそ肝試しの人気スポットになっていたのだろうが。
「とりあえず中に入ってみましょう」
エーコがお城の入り口にある扉の取っ手を体重をかけて引っ張ると、金属がきしむ音を響かせながら扉が開く。中の様子を伺ってみると、予想通り薄暗く、ひんやりとした空気が頬を撫でてくる。
「不思議な感じですね」
城の中は至る所にホコリが被っていて、家具や内装は古びていたものの、それらは散らかっているわけではなく綺麗に整頓がされている。まるでこの城の中だけずっと時間が止まっていたかのようであった。
「このちょっと古い感じの匂いって、冒険魂を掻き立てられるものがあるわよね。ワクワクしてきたわ」
不敵な笑みを浮かべながら気合を入れているイストは、早速周りにある家具の物色を始めている。
「どうした、クロは調子が悪いのか? 」
薄暗い部屋の中だからなのか、クロの顔が少し青ざめて見える。俺の声に反応して、彼女は苦笑いをしながら、はははと蚊の鳴くような声を出す。
「いやー、暗いなと思ってな」
目を泳がせながら辺りを見渡す彼女からは、いつもの気丈な様子は一片も感じ取れない。
「キャーーーー!! 」
突如聞こえて悲鳴に俺達は驚いて、声がした方を見るとイストがぴょんぴょんとジャンプしていた。
「うわっ、ビビったぁ、急に変な虫が出てきてビックリしちゃったわ」
彼女の足元には小さなミミズの様な虫が一匹這いずり回っていた。イストはその虫に顔を近づけてじっと見た後、害が無いものと分かったのか手でつまんで部屋の隅に放り投げた。
「お、驚いたのはこっちだ。急に大きな声を出すのではない! 」
クロは声を震わせながら叫ぶ。彼女は俺の服の裾を両手でつかみながら、ガクガクと震えていた。
「もしかして、クロは怖いの苦手なのか? 」
「そ、そんなわけなかろう。ただ、このような、いかにもこれから驚かせてやろうという雰囲気が不得意なのだ」
彼女は目を逸らしながらゆっくりと、たどたどしい口調で言う。
「へー、クロたんにも苦手なことがあったのね。ふーん、次はいつ悲鳴を上げちゃおうかしら」
「やめてやれイスト。女神の使徒に会う前から、パーティ崩壊とかしたくないぞ」
「もー、冗談だってば」
悪戯な笑みを浮かべたイストを注意すると、舌を出しながら謝ってきた。
「クロもそんな怖いのなら手をつないでやろうか? 服を掴まれると歩きづらくて、いざという時に離れ離れになってしまうかもしれない」
俺がクロに右手を差し伸べると、彼女は少し迷った後、小さな両手で俺の手を力強く握ってきた。
「あ、ありがと……」
彼女は視線を床に向けながら恥ずかしそうに呟いた。そして、その様子を見ていたエーコが口を開く。
「私も怖いですっ! 」
彼女は勢いよく左腕にしがみついてきたと思ったら、彼女の小さい顔をコシコシと腕にこすりつけてきた。
「エーコはさっきまで全然普通だったじゃないか」
「良いですか、よく考えてみると、今回の女神の使徒はカップルが標的です。ならばこうやって恋人らしく振舞った方がおびき寄せやすいのではないでしょうか? 」
すごく真面目な顔をして俺に問いかけてくる彼女。確かにそれは一理ある、流石エーコだ、賢いなぁ。
「なら、私も! 」
ニコニコしたイストであったが、俺達の姿を見て戸惑う。
「あれ、ヨカゼの両腕がふさがっていて、私の場所がない! もー、何でヨカゼは腕が二本しかないの!? 」
「いやそんなこと言われても、そもそもお前だって二本しかないだろ」
「むーっ、今回は我慢するけど、次までには何とかすること! 」
ほっぺたを丸くしたイストはちょっとだけ残念そうに言う。いったい彼女は俺に何をどうしろというのだろうか。
ちょっぴり不機嫌そうなイストではあったが、両手がふさがっている俺達に代わって、手にランプを持って先導をしてくれる。何だかんだ言ってイストはしっかりしているのだ。
「何か面白そうなもの見つかったか? 」
「目ぼしいものはないわね、肝試しの場所として有名だったせいか、価値がありそうなものはとられてしまっているのかも。もっと奥に進んでみるしかなさそうね」
ランプの明かりを頼りに城の奥へと進んでいく、その道中には様々な絵画や甲冑等が飾られていた。
「あそこにある鎧とか、なんだか今にも動き出してきそうですね」
「そ、そんなわけなかろう。中に人の気配なんて感じられないぞ」
目をギュッとつぶるクロの手が、さっきよりも強く握ってくるのが感じられる。
「クロは本当にこういうの苦手なんだな」
彼女に声をかけると、クロはゆっくりと頷いた。見た目相応の可愛らしい反応ではあるが、可哀想でもある。
「怖い時は歌とか歌ってみると気分が明るくなるかもな」
「歌か、だが我はあまり上手くないからな……」
「なら私が歌うわ」
元気よく手を挙げたイストは軽く息を吸ったと思うと、美しい歌声が響き渡る。
「イストさん、すごいです! 」
「元気が出てくる明るい歌だな」
「うむ、体の底から活力が湧いてくるようだ」
一通り歌い終わったイストは笑顔でブイサインをする。
「私の歌声は好評なようで良かったわ」
「今の歌はなんて曲なんだ? 」
「この王国の軍歌よ。戦士が戦場へ向かう時に歌われていたらしいわね」
イストは剣と盾を持った兵士のジェスチャーをしながら答える。
「軍歌なんてどこで覚えたのですか? 」
「んー、王都にいると自然と耳にする機会が多いのよ」
イストは頬を指で掻きながら回答した。聞いただけであそこまで歌えるようになるのは凄いと思う。
「今ので少し元気が出てきたようだ。感謝するぞ」
「ふふふ、ならもっと歌ってあげちゃうわ」
クロのお礼に気を良くしたイストはまた歌い始める。彼女の明るい歌声に背を押されながら、歩き続けると大きな広間にたどり着いた。
「広いですね、場所的にこのお城の中心部分でしょうか? 」
壁には色鮮やかなガラスがあり、外の太陽の光によって美しく輝いている。そして、いくつもの丸いテーブルや椅子が並べられてあり、まるで貴族の会食パーティがこれから開かれるのではないかと錯覚するほどだ。
「これは、街で売っていたアクセサリーよ」
イストが地面に落ちていた小さなブローチを手に取って眺める。
「ということは、ここまで来た人達がいるってことだよな」
結構奥まで進んだと思っていたのだが、ここまで来たカップルがいたようだ。よく夜にここまでこれたものだと感心する。しかし、そんな恋人達でさえ破局させる女神の試練とはどんなものなのだろう。
「ちっ、まーたイチャイチャしてる奴等が来たか。仲良さそうに手を繋いじゃって……、ん? 女三人と男一人ってどういうこと? 」
気怠そうな声とともに目の前で黒い煙がモクモクと立ち上がる。大きなドライアイスに水をぶちまけたような勢いで煙は広がっていった。
「皆、気を付けて! 戦闘準備よ」
先頭に立っていたイストが後ろに下がりながら、魔法を唱える準備をする。その他のメンバーも同様に戦闘の構えをとる。
「ああ、最近噂のハーレムってやつかなこれ。それはともかく、とても幸せそう。くそっ、彼氏持ちとかマジで妬ましい……」
黒い煙が晴れていくと漆黒の鎧を身にまとった騎士が佇んでいた。その右手には美しく輝く白銀の剣、左手には黒鉄の盾を持っている。顔は兜で見えないが、紫色の長い髪が腰まで伸びていた。
「もしかして女なのか? 」
「初対面の相手に聞くのがそれ? 」
兜の奥から呆れた声を出した騎士は大きく両手を広げると、その背中から蝙蝠の様な黒い翼が表れ、マントの様にゆらゆらとなびき始める。
「私の名はレイディーン。この城の主にして、女神の使徒だ。そして、貴殿の言う通り私は女であるが、舐めると痛い目にあうから肝に銘じておけ」
レイディーンと名乗る騎士は自己紹介をすると、腕を組んで黙りこくる。何もしてこない彼女に対して俺達が警戒をしていると、痺れを切らしたのか彼女は叫ぶ。
「自己紹介! 」
「えっ? 」
「名を名乗れと言っているのだ、これから戦う者同士、最低限名前くらいは知っておくべきだろう」
意外にも紳士的な女神の使徒の対応に戸惑う俺達。
「なぁ、イスト。名前を知られることでかけられるヤバい魔法とかってあるのか? 」
「私は知らないけど、女神の使徒程の力なら何かあるのかもしれないわ」
名前を知られたらアウトという魔法も漫画とかでは良くある。騎士という風貌で相手を騙して自ら名乗りを上げさせようとする魂胆なのかもしれないので、簡単には大切な情報を渡すわけにはいかない。特に女神の使徒という強大な相手には。
「成程、警戒心はあるようだな。だが甘い、それならこの城に入ってから注意しておくべきだった」
彼女が指をパチンと鳴らすとどこからともなく青白く光る蝙蝠の集団がやって来る。蝙蝠達は彼女の周りを飛び回りながらキィキィと金切り声を上げると、レイディーンは首を縦に振る。
「ふむふむ、ヨカゼにイスト、クロにエーコか、これまた非常に仲が良さそうだな」
彼女は一人一人指差しながら、俺達の名前を言い当てていく。
「そいつらはいったい? 」
「この子達はこの城に住む亡霊、姿形は可愛らしく蝙蝠にしている。どうやら気付いていなかったようだが、この城に入ってからずっと亡霊達は貴殿方を観察していた」
「ずっと見られていただと……」
彼女の言葉を聞いて、クロがガタガタと震え始める。
「それで私達の名前を知ったところでどうするつもりなのですか? 」
青ざめた顔をしたクロを見たエーコは、力強い口調でレイディーンに問いかける。
「別にどうこうしようというわけではない。ただ一つ質問に答えてもらおう、貴殿はその隣にいる殿方とはどのような関係であるのか」
「関係といいますと? 」
レイディーンからの質問に首をかしげるエーコ。
「例えば、ただの友人とか、恋人とか、夫婦とかいろいろあるだろう」
彼女の言葉を聞いて少し考え込んだエーコは大きな声で叫ぶ。
「私はヨカゼさんの彼女ですっ! 」
あれ、エーコに告白した記憶がないのだけれど、俺は重大な記憶喪失にでもなってしまったのだろうか。
エーコの発言に驚いている俺の耳元で彼女は囁く。
「レイディーンさんの標的は恋人ということを忘れてはいけません。ここは恋人の振りをするのです」
「成程な、ただちょっとだけ恥ずかしいな」
はにかむ俺とエーコの姿を見て、レイディーンは体をわなわなと震わせている。どうやら効果はかなりあるようだ。
「他の二人はどうなのだっ! 」
冷静に振舞おうとしてはいるもののレイディーンの口調には怒りがこめられている。
「私もヨカゼの彼女よ! 」
そう言い放ったイストは俺に向かってドヤ顔をしてくる。してやったりという顔の彼女だが、彼女が二人っておかしいだろ。
「我も今だけならそういうことにしてやっても良い」
クロも恥ずかしそうにそう呟く。なんということでしょう、いきなり彼女が三人になってしまった。いやいや、異常だろこの状況。さすがにこんな嘘に引っ掛かりはしないはず……。
「はぁ……、マジで羨ましいなぁ。よし決めた、お前達の関係ぶっ潰してやる。これもう覆らないからな」
先程の丁寧な言葉遣いから一転、乱暴な言い方になったレイディーンは体に黒いオーラを纏いながら剣を天に向かって掲げる。どんどん変な方向に向かっているように思えるが大丈夫なのだろうか。
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