第27話 竜の企み
まずはメルさんに行きかたを教えてもらった教会区へ向かいます。教会区にはネーサル教の中心となる大神殿があります。大神殿は大昔の有名な建築家によって建てられた石造りの建物で、私は前に一度洗礼の為に来たことがありましたが、やはりとても威厳のある建物です。
私は大神殿に入り、近くのシスターさんに神父様の紹介状を渡しました。シスターさんは紹介状を見ると慌てた様子で教会の奥に駆けていきます。しばらくすると杖をついたご老人がいらっしゃいました。
「貴方がファスの紹介の娘かい? 」
「はい、エーコと申します」
ファスとは神父様のお名前のことです。私は失礼が無いよう丁寧にお辞儀をしました。
「そんなかしこまらなくても良い。ファスはネーサル教会の貢献者だ、若い頃は自らの足で各地に出向いてネーサル教の布教に尽力していた素晴らしい男だった。今では地方に腰を落ち着けているようだが、また戻ってきて欲しいものだ」
あごひげを触りながら私に語り掛けるご老人。神父様は優しい方だと思っていましたが、昔はそんな一面もあったのですね。
「おっと、申し遅れた。私はこの大神殿を任されているアイロという」
「大神殿を任されている……、というと教皇様ですか!? 失礼いたしましたっ! 」
すぐに膝をついて頭を下げます。
「顔を御上げなさい。確かに私はそう言われているが、そこまでされてしまうとかえってこちらが緊張してしまうよ」
私は顔を上げて教皇様のお顔を見ます。
「紹介状を読んだところ、君は尋ね人を探しているということだね。私にできることは微力ではあるが助力するよ」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
「だからそんなに硬くならなくても良いと言っているのに。とりあえずこの王都で安く泊まれる宿屋を紹介しておこう。また何か困ったら遠慮せずに言ってくれ」
教皇様は優しくそう言うと、また奥へと歩いてしまいました。
「き、緊張しました……」
私が震えながら近くにいたシスターさんにそう言うと、彼女はくすくす笑います。
「アイロ様はお優しい方だからあそこまで畏まらなくていいのに、この神殿でもあそこまでやる人なんて聖女様くらいよ」
聖女様は、教皇様と同一の立場にあるネーサル教の中心人物です。教皇様がネーサル教内の自治を担当するのならば、聖女様は市民や王宮等の対外組織との関わりを取り持つ役割を担っています。
「聖女様もこちらにいらっしゃるのですか」
「ええ、聖女様は教会にいるときは自室にこもってネーサル様に祈りを捧げているわ」
私なんかは聖女様とは一生関わり合いになることなんてないんだろうなぁ。
「そうだった、貴方を宿屋に連れて行ってあげなきゃね。今からでも大丈夫かしら」
私が頷くとシスターさんはにっこり笑って、宿屋まで案内をしてくれました。場所は商業区と教会区の間にある小さな宿屋、ちょうどメルさんの家と大神殿の中間点です。
「ここの宿屋の主人はネーサル教の熱心な信仰者なの。私達の紹介であれば安く泊まれるわ」
そう言って宿屋の扉を開けると、宿屋のカウンターに体の大きな男性とその横に肌の白い美しい女性が並んでいました。
「すみません、この娘を泊めてもらえないでしょうか。人を探すために王都まで来たそうなのです」
「エーコと申します。よろしくお願いいたします」
「成程、人探しか。ネーサル様のご加護の下、探し人が見つかるまで休んでいくと良い」
私がお辞儀をすると、宿屋の主人の方が表情を変えずに宿泊の許可をしました。
「この人見た目はちょっと怖いけど、中身は優しいから安心してね」
「まったく、人前で変なことをいうのではない」
宿屋の受付の向こうでは何やら和やかな雰囲気になっていました。私はシスターさんと宿屋の主人の方達にお礼を言った後、部屋に入ります。部屋にはベッドと小さな机が一つ、机にはネーサル教の教えが記載された本が置いてありました。
私はとりあえず荷物を部屋に置いた後、町へ出てヨカゼさんの捜索に向かいます。まずはギルドに行くのが一番でしょう、ギルドの場所は宿屋の主人に聞いておきました。
さすがに王都のギルドだけあって建物は大きい。三階建ての建物で横幅は普通の家が十件くらいすっぽり入ってしまうのではないかというくらい。ただ不思議なことにギルドの扉の横の壁には大きな穴が開いていました、建物の老朽化でしょうか。
とりあえず私は恐る恐る扉を開いて中に入りますが、広すぎて何をどうすればいいのか分かりません。周りをキョロキョロ見回していると声をかけられました。
「どうした嬢ちゃん、何か困りごとかい」
さっきの壁の大穴を修理している男性が声をかけてきます。筋肉があって体は大きくて暑苦しい人です。
「冒険者で探している人がいまして」
「成程、おい冒険者ノートを持ってきてくれ! 」
男性は受付嬢らしき人に指示をすると、受付嬢は素早く分厚いノートを数冊持ってきて、近くのテーブルに置きます。まるで辞書のような厚さです。
「王都にいるやつはこの中に入っている。登録が新しい奴ほど後ろの方に載ってるぜ」
そう言うと男性は壁の修理を再開します。私は冒険者ノートの最後のページを見てみます、すると早速覚えのある冒険者が出てきました。
――――――――――――――――――――
名前:イスト
できること:【魔導砲】、【新・魔導学】、
炎魔法、雷魔法、剣術、槍術、料理、裁縫、
掃除、徒競走、洗濯、投石、歌唱、執筆、乗馬、
カードゲーム、絵画、手品、その他もろもろ
――――――――――――――――――――
すごい、裏までびっしり書いてある、色付きで目立つように書かれている魔導砲っていったい何なのでしょう。
「そいつは凄かったぜ」
いつの間にか先程の男性が冒険者ノートを覗き込んでいました。びっくりするのでちゃんと事前に声をかけて下さい。
「魔導砲ってなんだよって聞いたらな、いきなりドでかい光線を発射したのよ。おかげでギルドの壁に大穴が開いちまった」
ハッハッハッと笑う男性、それ笑い事ではありませんよね、そんな危険人物野放しにして良いのでしょうか。ヨカゼさんに悪影響がないか心配です。少し不安になりながらも次のページをめくります。
―――――――――――――――――――
名前:クロ
できること:大食い、子守り
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でましたね、クロ。話を聞くにはなかなかの問題児らしいですが、子守りってなんでしょう。まだヨカゼさんとは出会って二ヶ月ですからそんなことはないはずですし、多分兄弟とかいたのでしょう。次のページをめくってみます。
―――――――――――――――――――
名前:ヨカゼ
できること:狼退治、土魔法
―――――――――――――――――――
遂に来ました! 土魔法を習得したのですね、魔術書とかを見つけたのでしょうか。私がいなくてもしっかりと成長できていますね。
「すみません、この人は何処にいますか」
「ああ、その兄ちゃんなら、ついさっき出て行ったばっかりだ。確か商業区に買い物に行くって言ってたぞ。なんか冴えなさそうな兄ちゃんだったぜ」
その余計な一言はいらないです。ちょっとだけムッとしながらもしっかりお礼は言いました。ギルドを出て商業区に向かいます。人混みをかき分けながら、少し小走りで進むと聞きなれた声が聞こえてきました。
「イストも力を抑えろ、大騒ぎになるところだっただろ」
「力は抑えたわよ、片手しか使ってないわ」
「制御できない力は使用者すら滅ぼす。日々鍛錬を積むと良い」
前に三人組が歩いています。一人はヨカゼさんで間違いありません。もう一人の小さい娘がクロ。もう一人ヨカゼさんにくっついて歩いているのがイストさんでしょう。ここはこっそりついていって三人の関係を調べてみましょう、もし怪しい関係だったら即ビンタです。
しかし、後ろからなので顔が良く見えませんね。むむむ、もうちょっとなのですが、さすがに商業区は人が多くて動きづらいです。
しばらく私が後ろについていると、目の前のクロと思わしき少女がこちらを見てきました。大丈夫、私がつけているなんてわかるわけがありません。私がそのまま尾行していると、彼女はニヤニヤし始めました、何なのでしょうこの子は。
「我は少し見たいものがあるから、お主達は買い物をしておれ。夕方には宿に戻るぞ」
彼女はそう言って二人から離れていきました。まあヨカゼさんを見失わなければ問題ないでしょう。私はヨカゼさん達に感づかれないようについていきます。
「お主、エーコだな」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには先程二人から離れた少女、クロがいました。
「何で私の名前を、初対面のはずでは……」
「お主の顔にそう書いてあるぞ」
私は思わず顔を手でぺたぺたと触ってみると、彼女はケラケラと笑い始めました。
「面白い反応をする、とりあえず二人で話せる場所へいこうぞ」
そう言うと彼女はすぐそばにある酒場に目をやります。ご飯を奢れということですね、やってやりますよ。私達はさっそく酒場に入ってテーブルに着いて注文をします、彼女は大盛のご飯を頼みました、大人の男性でも厳しそうな量ですが食べきれるのでしょうか。
「まずお主はヨカゼを追ってきたということで間違いないかのう」
「よくご存じの様ですね」
この少女見た目の割には油断できない雰囲気を醸し出してますね、乙女の勘がそう囁いています。
「追ってきてどうする、あの田舎くさい村に連れ戻す気か? 」
「私も一緒に旅についていきます」
私が真剣な眼差しで彼女を見つめると、彼女はほう、と呟きました。
「ずいぶんとあやつも思われているようだな、微笑ましいものよ」
「貴方はどこまで私とヨカゼさんのことを知っているんですか? 」
「あやつがお主のことを大切に思っていること、そしてまだ肉体関係はないことぐらいかのう」
意地悪そうに言う彼女の言葉に思わず顔が真っ赤になります、あの人こんな子供に何を話しているの、馬鹿じゃないの。
「我はあやつとはただの仲間でそういう関係ではないから、安心するといい」
もしそんな関係ならぶん殴って即、村に連れ戻すところでしたよ。ちょうどその時、ウエイトレスさんが大盛のご飯を持ってきて机に並べます。
「おお、流石王都だ。喰いがいがありそうなものが沢山あるな」
舌なめずりをしながらどれから食べようか品定めをする彼女、本当に食べきれるのでしょうか。私もご飯をスプーンで一口頂きます、やっぱり美味しいですね。
「しかし、あやつはお主のことを大切に思いすぎている」
「どういうことですか? 」
急に真面目な顔になる彼女に私は意表を突かれました。
「お主が旅についていきたいと言ったところで、本当にそうするだろうか」
「私はしがみついてでもあの人についていきますよ」
「仮にあやつが危険だからくるな、と言ってもか」
「えぇ、絶対についていきます! たとえネーサル様がダメって仰ったとしても! 」
そう私が言い放つと彼女は少し驚いた様子でした。
「成程、見た目とは違って強い娘だ、我はそういうのは好きだぞ」
笑みを浮かべてご飯を食べ始める少女、彼女はご飯をよく噛んで飲み込んだ後、口を開きます。
「お主の気持ちは良くわかった、だがそれを伝える機会がなくて困っているのではないか? 」
「確かにどうやってヨカゼさんに声をかけようか、少し迷っています」
「よかろう、それならば我が再開の場を提供してみせよう」
何か企んでいるような彼女の言葉に私は少し戸惑ってしまいました。
「何、我に任せておけば何も問題ない」
自信満々の彼女に私は思わず問いかけました。
「貴方はいったい何者なのですか、とてもじゃないですが普通の女の子とは思えません」
すると彼女は不敵な笑みを浮かべながら言いました。
「我はクロワール、以前お主に解呪してもらった黒竜よ。今はとある理由から人間の姿をしている。ちなみに我のことはクロと呼んでくれてかまわない」
私は驚きのあまり声が出ませんでした。確かにあの時の黒竜であれば私のことを知っていても何の不思議もありませんし、おとぎ話では竜が人に変身する話もあります。ただ一つ疑問が湧きました。
「どうして、ヨカゼさんと一緒に旅をしているのですか。貴方はてっきりあの人のことを恨んでいるのかと思っていたのですが」
すると彼女は少し咳き込みながら目線を逸らせて言います。
「まぁ、それは色々あったのだ」
あれ、何これ怪しい……。
「本当にあの人とは何の関係もないんですよね」
「お主目が怖いぞ、あやつとはそんな関係はない、これは竜の誇りをかけても良い」
その小さな体で胸を張るクロさん、それを聞いて少しだけ安心しました。しかし、竜に怖いと言わせてしまう様な目ってどんな目をしていたのでしょうか。
そんなことをしている間に、クロさんは吸い込むようにご飯を平らげていきます。確かに竜であればこの食欲も納得がいきますね。
「では明日の朝、この場所に来ると言い。その際には仮面をつけてあやつにバレないようにしておくことだ」
クロさんは王都の地図にマークを付けて渡してきます。この辺りは大道芸人や奇術師が演技をして人々を楽しませる観光区ですね。
「分かりました。クロさんを信じます」
私がそう言うとクロさんはゆっくりと頷いた後、酒場を出ていきました。そして酒場から請求された食事代を見て私は目を疑うのでした。ヨカゼさんはよくお財布もちますね……。
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