第20話 突撃! 冒険者達

 イストが泊まっている宿屋に着くと、そこでは年老いたおばあさんが受付をしていた。

 お婆さんにイストの見舞いに来たことを伝えると、最初こそ宿屋の受付のお婆さんは少し怪しんだものの、クロの姿を見ると少し安心したようにイストの部屋まで案内してくれた。さすがに子供連れで何か問題を起こすはずがないと思ったのだろう。


 部屋に入ると一人用の白いベットにイストが眠り込んでいた。彼女は日頃の疲れからなのだろうが凄く辛そうである。


「さっきは少し調子が良かったみたいなんだけどね、申し訳ないけどできるだけそっとしておいてやってくれ」

「すみません、ご迷惑おかけしてしまったようで」


 優しく注意するおばあさんに俺が小声で返答する。部屋の窓際にある机の上を見ると、ゴーレムから切り取った部品が少しだけ分解されて置いてある。気のせいか部品の一部が淡い赤色で光っているようにも見えた。


「クロの薬では回復できないのか」

「薬は体の傷は治せるが、精神までは治せん。今の娘に必要なのは休息だろう」


 イストの辛そうな顔を見ながらクロは呟く。


「私が頑張らなきゃ……」


 イストが寝言をいう、どうやら一人で何でもかんでも抱え込むという冒険者達の見解は正しいらしい。

 あまり長居をしても迷惑になるので部屋を出ようとした時、


「お父さん……」


 と彼女が言っているのが聞こえた。お父さんか、俺も転移する前に書置きくらいはしておいた方が良かったのかな、もう後の祭りではあるが。


 次の日からはしばらく忙しい日々であった、イストが抱えていた仕事や彼女宛に舞い込んでくる仕事をこなさなければならなかったからである。まったくいったいどんな風にやればここまで仕事をため込むことができるのであろうか。


 魔物討伐以外にも、芝刈り、倉庫の片付けや掃除、買い物の手伝いなんてものもあった、というか雑務の方が圧倒的に多い。受付嬢曰く、魔物討伐の仕事なんてめったに来ないらしい、まあ平和が一番だからな。

 クロは相変わらず子供からの人気が高く、彼女指名の依頼が来るようになっていた。時々町を歩いていると子供たちが近くに寄って来るので少しだけ迷惑そうな顔をしながらも、しっかり相手をしてやっている。


 イストが倒れてから一週間後、俺達がいつものようにギルドに集まっていると、イストが飛び込んできて、受付嬢に迫る。走った来たためであろうか、顔中から汗が出ていた。


「ごめんなさい、私が休んでいた間の依頼を頂戴、すぐにこなしてみせるわ」

「イストさんの依頼なら、代わりに皆がやってくれましたよ」


 受付嬢の声に反応して周りの冒険者達がどや顔をする。その様子をイストはポカンと眺めた後、言葉を発する。


「あ、そうなの……、皆さん迷惑をかけてしまって申し訳ありません」


 深々と礼をして謝罪するイスト見て、冒険者達はお互いの顔を見合わせる。


「イストさん、迷惑なんて掛かっていないです。皆快く引き受けて下さったのですよ」


 受付嬢が優しく言うとイストは顔を上げる。すると冒険者達が次々と話しかけていく。


「俺達は暇してるんだから、疲れそうになったらどんどん頼ってくれよ」

「直接手伝えることはないかもしれないけど、相談ならいつでも乗るわ」

「ギルドは組織であり一人の物ではないでござる。故に困っていることがあればギルド全員が面倒を見るのは当然のことでござる」


 冒険者達の激励の言葉に、イストはきょとんしながら突っ立ているだけだ。


「皆がこう言っているんだ、謝ることよりも言うべきことがあるだろう」


 俺がそう言うと、イストは口をぎゅっと結んだ後、ゆっくり口を開く。


「皆、ありがとう。今度からは皆のこともっと頼っていくね」


 笑顔でそう言った彼女にギルド内がほっこりしたムードになっていた。

 しかし、すぐにその空気は一変する。ギルドの扉が勢いよく開かれると同時に一人の冒険者風の男が飛び込んでくる。


「皆いるか、古代遺跡の方からヤバいのがやってきてる。戦えそうなやつは出てきてくれ」


 男がそう叫ぶとギルドメンバーはお互いに頷いて、その男についていく。俺とクロ、イストも彼らに続いて外に出る。


 町の外へ出てみると古代遺跡からゆっくりと近づいてくる物体がある。俺達はその姿に見覚えがある。


「ゴーレムだと、仕留めそこなっていたのか」


 クロが歯をギリギリとしながら近づいてくる物を睨む。そう、あれは俺達が古代遺跡の地下で戦ったゴーレムだ、胴体の発射口は綺麗に切り取られていて、動かない足は千切れていて、代わりに手で胴体を引きずりながら移動している。


「なぜ遺跡から出てきたんだ。あの時は突っ立っていただけだったのに」


 近づいているゴーレムをよく見てみると、やつは時々動きを止めては辺りをキョロキョロしている動作をしている。


「まるで何かを探しているようね」


 イストはそう言うと、クロはゴーレムのある動作に気が付く。


「あやつ、何やらやけに腹の辺りにある光線の発射口を押さえとるのう」


 その時、嫌な予感がした。イストの部屋で部品が淡く光っていたのを見ていたからだ。


「イスト、もしかして部品ををいじってる時に不思議なことは起きなかったか? 」

「確か、時々赤い光を出して、変な音が出るときがあったかも……」


 その時俺達三人は確信した。あの部品は持ち主のゴーレムを呼び寄せていたのだ。


「今度こそ皆に迷惑かけちゃった……、私が何とかするわ!」


 一人急いで前に出るイスト、俺とクロも後に続こうとするが、


「待ちなイストちゃん、病み上がりのキミを戦わせるわけにはいかねえ」


 シバがイストを制止する。それに続くように他のギルドメンバー達がイリスの前に進む。


「ここは私達に頼って、休んでてくださいな」

「拙者達の力、見せて差し上げよう」


 スージーとカゲマルが言う、イストは何か言いたげそうな顔をしているが皆の言葉を聞いて少し後ろに下がる。これだけ見ると実に格好いい光景である、しかし一点不思議なことがあった、ギルドメンバーの服や鎧のあちこちに書込みがあったのだ。


【どんな芝でも一刈りいきます。芝刈りの依頼ならシバへ!】

【貴方のプライベートを守りつつ部屋はピカピカ。掃除屋スージー】

【来たれシノビジュツの後継者】


 等々スポーツ選手のユニフォームのように広告がかかれている。俺が不思議そうに彼等を眺めていると、いつの間にか横にいた受付嬢が言う。


「皆、イストさんの後釜を狙おうと必死なんですよ。ここで目立つことができればイストさんが今までやってきた仕事を総取りできるかもしれませんからね」


 受付嬢が分析するように言う、さっきまでの良い雰囲気が台無しである。


「よしお前ら行くぞ! 」


シバを先頭にゴーレムにギルドメンバーが突っ込む。


「皆さん! 私の予知では後一分でアレが来ますよ!」


 黒いローブを着た少女が叫ぶ。彼女の名はヒマワリ、天気予知が得意だ。


「ならまずは私が行きましょう、奥義【永遠の輝き(エターナルシャイニング)】」


 スージーは目にもとまらぬ早業でゴーレムの体を綺麗にする。泥と土で汚れた体は綺麗さっぱりなくなり、油でテカテカに輝いている、ゴーレムも思わずうっとりだ。


「次は俺だ、秘技【草薙剣】」


 シバが一振り剣を振ると周囲三十メートル程の草が綺麗に刈り取られ、その草はさらに細かく切り刻まれる。最終的に刈られた草は霧状となりゴーレムの周りに漂い始め、奴の視界を奪う。周りの様子が分からないゴーレムは辺りをキョロキョロしている。


「おら、お待ちかねのものができたぜ」


 褐色の大柄な男性が五メートルはあろう鉄の棒を作り上げる。彼はセイサク、特技は日曜大工だ。


「最後は拙者が行くでござるよ」


 カゲマルが鉄の棒を抱えて、その身軽なステップで視界を奪われたゴーレムの体に鉄の棒を取り付ける。その鉄の棒はまるで避雷針のようだ。


「後五秒です。皆さん耳を塞いで身を伏せてください」


 ヒマワリの合図にあわせて皆が身をかがめる。すると、突如晴天であった空に暗雲が立ち込め、巨大な雷がゴーレムに落ちる。油まみれのゴーレムは炎上し、周囲の霧状になった芝にも燃え広がり、巨大な炎となる。燃え跡に残ったのは哀れな鉄くずのみだった。


 すべてが終わった後、ギルドメンバーは笑顔でイストのところへやってきた。


「どうだ俺達もなかなか捨てたもんじゃないだろ」

「皆、すごかったんだね! これは頼りがいがあるなあ」


 満面の笑みでお礼をするイストと、彼女を取り囲む冒険者達、その様子を俺とクロは呆然としながら眺めている。


「なあ、クロ」

「なんだ」

「なんであの人達、冒険者なんてやっているんだろう」

「やりたいからではないのか、自由気ままに生きるのが好きなのだろう」

「なんか、もったいないな」


 俺はボロ屑となったゴーレムの残骸を見て呟くのだった。


 それからというものの、イストはこなす仕事量を減らし、ギルド内の作業バランスは改善された。そのため彼女は、自分の好きな新・魔導学の研究に集中できているようだ。今日はクロと一緒にイストの宿屋に行ってその成果を確認しようとしていた。


「なあクロ、思いついたんだけど」

「なんだ言ってみろ」


 イストが泊まっている宿屋まで歩きながら話をする。今日は晴れていて空気が美味しい。


「あの古代遺跡の地下で見た言葉覚えているか? 」

「ああ、実験によって女神の怒りをかったという言葉だろう。結局、何の実験かは分からなかったが」


 無表情のままクロは言うが、近くを通った小さな子供が手を振って来たので、彼女は笑顔をつくって手を振り返していた。


「そこも大事だが、俺が注目するのは【彼女は泣いていた】の部分だ」

「それは人間達に裏切られたからであろう」

「違うぜクロ、【泣いていた】と言うことは、書いた人は女神が泣いている姿を見たと言うことだ」

「ふむ」


 クロは意味が良く分からないような顔をしている。


「まだ分からないのか、俺の目的は女神を連れてくることだ」


 それを聞いてクロはハッとする。


「お主……、まさか魔導を復活させ女神を怒らせることでネーサルと会う気か」

「今までどうやって女神に会おうか悩んでいたが、相手から来てくれる方法があるなら手っ取り早いな」


 俺はニヤリと笑う。


「お主は本当に面白いことを考える。我も退屈しないですみそうだ」


 クロも笑みを浮かべ始める、怪しげに笑う二人は悪の組織の幹部と間違われてしまっても仕方がないだろう。


「さあ、新・魔導学の先輩に会いに行こうか」




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