第227話 嫉妬
酒臭い匂いと唸り声で目を覚ます、目覚めて早々、視界に入ったのはオッサンの寝顔だった。
「酒臭ぇ……てか近いな」
起きたらオッサンが隣で寝ていると言う全く嬉しく無いハプニング、どうせ酔っ払って部屋を間違えたのだろう。
こういうのは普通女性が隣に居るのが定番なのだが……腹いせに頬を叩いて起こしてみるが唸り声を上げるだけだった。
「まぁ昼に出発予定だし寝かしてやるか」
機械技術が進んだアスタと言う国、この港町アクスタとも名が似ているが何か関係でもあるのだろうか。
特に機械技術が発達していると言うわけでも無い、強いて言えば港町と言うだけあり、魚介類が美味しいくらいだった。
刀を片手に朝食を食べる為、隣に併設されている酒場へと向かう、刀となったリカだが一応今は寝ているらしい。
正直どうなっているのか理解出来ないが彼女が武器でも不自由しないと言っていた故にそれ程悪くは無いのだろう。
宿屋の主人に挨拶をすると席に座る、昨日の喧騒は何処へやら、朝は驚く程に静かだった。
料理を作る音が聞こえて来ると同時に腹の虫が鳴る、気を紛らわせるためにぐるっと酒場を見渡していると端っこの方に人影があった。
長い青髪に特徴的なアホ毛、あれはマリスだった。
端っこで何をするでもなく、ただ俯いて座っているだけだった。
「マリスも早起きなんだな」
話かけてみるが反応は無かった。
「マリス?」
マリスの前に移動し再び声を掛ける、すると俯いていた頭を上げて辺りを見回しはじめた。
「もう朝の7時、昨日のオーフェンとの飲み会途中から省エネモードに入っていました」
「つまり此処で寝てたって訳か」
あの酒癖の悪いオッサンに付き合わされていたとはマリスも可哀想なものだった。
「朝のオイルを要求します」
「オイルを要求って、何処にあるんだ?」
「鞄の中」
そう言いマリスは椅子から動く様子は無い、取ってこいとの事らしい。
「了解しましたよ」
そう言い席を立つとマリスの部屋へと向かう、省エネモードだったにも関わらず朝起きて直ぐにオイル、燃費は悪くなる一方の様子だった。
「確かオイルの鞄は……」
鞄を探そうとマリスの部屋の扉を開ける、すると聞こえて来る女性の声、そして視界に飛び込んで来たのはマールの着替え姿だった。
「は、隼人さん!?」
咄嗟にシーツで体を隠す、隼人も思わず目を背けた。
「すまん!マールと一緒の部屋だと言う事を忘れていた!」
直ぐに扉を閉めると何度も謝る、だがよくよく考えたらマールは性別的には男だった。
一瞬だけ興奮しかけたがその事を思い出し正気に戻る、とは言え悪い事をしたのは確かだった。
「本当にすまないマール、マリスに頼まれてオイルを取りに来たんだ」
「オイルですか、それならマリスさん昨日のうちに全部飲み干してましたよ」
「全部?!」
昨日の砂浜時点ではかなりの数残っていた筈なのだが……どれだけイカれた燃費をしているのか、ただマールに迷惑をかけただけだった。
「着替え中に悪かった、マリスに八つ当たりして来るよ」
冗談を交えながらその場から去ろうとする、だが僅かに扉が開き、マールは隼人の腕を掴んだ。
「少し……手伝ってくれませんか?」
「手伝う……?」
不覚にも手を掴まれてドキッとしてしまった。
「はい」
そう言いマールに部屋へと誘われる、ベットに置かれた服を見て何を手伝うか一瞬で理解した。
「成る程、服を着るのを手伝えってことか」
「それ以外に何があるんですか?」
不思議そうに首を傾げる、俺も汚れたものだった。
左腕だけで服を着ようとするがマールの好む可愛らしい服を着るには片腕だけでは厳しそうだった。
「リリィに治して貰わないのか?」
服を着るのを手伝いながら尋ねる、今のリリィなら再生出来るはずだった。
「私の為なんかに魔力を使うのは勿体無いですから」
そう言い微笑んだ。
「そんな事は……」
フォローする隼人の言葉を遮りマールは続けて話す。
「正気に戻って、隼人さんの仲間として旅をして思いました……今の私は必要無いって」
「そんな事、マールも大切な仲間だぞ?」
「違う!私は誰よりも弱い、その上腕まで失った……私が隼人さんに必要される理由なんて何も無い!」
その場に座り込み泣きながら叫ぶ、久し振りにマールと話したが色々と抱えている様子だった。
強敵に敗北し、ウルスに洗脳され大切な時に居らず、気が付けば死地を共に乗り越えた他の仲間が居る……確かに不安になるのは仕方なかった。
「マール、強いから必要とか、回復出来るから必要とかじゃ無いんだ……大切な仲間だから必要なんだ」
「隼人さんは誰にでもそう言いますね」
予想外の反応だった。
「仲間……じゃあ私が敵になったら隼人さんは必要じゃ無くなるんですか?」
「敵?何を言って……」
「冗談ですよ……私は隼人さんの為に……二度と負けませんから」
そう言い服に袖を通すとふらっとした足取りで部屋を後にする、最後の言葉と表情……少しだけ恐怖を感じた。
向こうの世界で言うメンヘラという奴なのだろうか……他者から必要とされたいという行き過ぎた承認欲求、少し……いや、かなり危うかった。
「誰かに必要とされたい……か」
強い承認欲求……彼女が女装をする理由の一つなのだろうか。
何故マールが女性の格好をするのかは聞いたことが無い、勿論ゲーム時代の情報などもう当てにならない……とは言え、聞ける雰囲気では無かった。
一応マリスにバックを持って行こうと空のバックを持ち上げる、すると一個だけオイルが残っていた。
「なんだ、あるじゃん」
オイル片手に酒場へと戻る、マールと話している間にオーフェン以外のメンバーは起きた様だった。
マールの様子も普段通りに戻っていた。
「マリス、オイル一本しか残ってなかったぞ」
「ありがとう」
礼を言いオイルを受け取るが顔は少し不服そうだった。
ロボット故にあまり感情は無いと言っていたのだが、明らかに不服そうだった。
「アスタに着くまで我慢しろ、着いたら好きなだけ飲めるから」
「分かった」
そう言い一本限りのオイルをちびちびと飲み始める、ひと段落して空腹なのを思い出した。
最初に座っていた席に戻ると何十分前かに置かれた冷めた朝食を食べ始める、この様子だとアスタへの出発は早めても良さそうだった。
「おはようございます、隼人さん」
「おはようアルラ」
少し眠たそうにアルラは挨拶するとスムーズに隣の席へと着席した。
「よく眠れましたか?」
「どちらかと言えば眠れたかな、ただ寝起きは最悪だが」
隼人の言葉に何となく何が起きたかを察してアルラは微笑んだ。
「そう言えばアスタへの出発は予定通りですか?」
「あぁ、それなんだが少し早めても良さそうだよな」
「そうですね、マリスのオイルも足りない様ですし大丈夫だと思います」
「じゃあオーフェンを起こしに行くか」
丁度朝食を食べ終え、オーフェンを起こしに行こうと机に手をつく、すると突然アルラの指が頬に触れた。
「ごはん粒付いてましたよ」
付いていたご飯粒を食べながらほほえ微笑む、胸の鼓動がかつて無いほどに高まっていた。
何も言わず無言で固まる隼人を見てアルラの顔も赤くなっていく、彼女も恥ずかしかった様だった。
突然の大胆な行動に固まる隼人と自身の行動を思い出し固まるアルラ、二人の間にはなんとも言えない空気が流れていた。
「ったく……夫婦かよ」
オーフェンの言葉に二人は視線を彼へと移す、眠そうな表情で欠伸をしながらだらしない格好でカウンター席へと座った。
「マスター、酒ないか?」
「流石に朝からは……」
朝から酒を要求するオーフェンに苦笑いを店主は浮かべる、全くブレないオーフェンに隼人とアルラは笑った。
「仲間が良いっすね」
アルラと隼人を横目にユーリが呟く。
「そうだね」
そう言いフォークを丁寧に置くとマールは立ち上がりその場を後にする、丁寧に置かれた筈のフォークは歪な形に歪んでいた。
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