第117話 獣化

「ユーリ、大丈夫か?」



アルセリス様の声が聞こえた。



ゆらゆらと体が揺れる……自分は確かあの侍の様な男に刺された筈だった。



「自分……生きてるっすか?」



「あぁ、生きてるよ」



目を開けると目の前にはアルセリス様の兜が砕け半分だけ見えている顔が映った。



初めて見るアルセリス様の素顔、ごくごく普通の……言ってしまえば何の特徴もない優しそうな青年だった。



「体に異変は無いか?」



ユーリを抱え歩くアルセリス、身に纏われていた鎧は鎧と呼ぶにはあまりにもボロ過ぎる程にひび割れ、砕けて居た。



何も記憶のないユーリに取って、その姿はあまりにも衝撃的だった。



圧倒的な強さを持つアルセリス様を此処までボロボロに……あの男はそれ程に強かったのだろうか。



難しい顔をしながらもこれ以上抱えられるのも失礼と思いユーリは何故か沈まない水の上に降りる、身体の疲労感は綺麗さっぱり消えて居た。



寧ろ戦闘前よりも身体が軽い様な気がした。



その場で飛び跳ねたり手の開閉をするユーリ、彼女の記憶には無いのかも知れないが……鎧がボロボロなのは全て彼女の所為だった。



遡る事20分前ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「潔しかな……獣娘!」



ユーリの心臓に振り下ろされる剣、それをアルセリスはただ立ち尽くし、見ているだけだった。



ユーリの助けなくて良いと言う目を見て何もしないと言う選択をした訳では無い、彼女にはある秘密があった。



秘密……と言ってもゲーム時代の設定がそのまま引き継がれているのであればの話だが。



シェリル・アストロフ、ユーリ・アストロフ……彼女達は姉妹と言う設定だが実際の所は違う、彼女達が住んで居た獣人族の集落は全てアストロフの姓を持つ、故に彼女達の血は繋がって居ない、義理の姉妹だった。



ユーリの秘密、それはアストロフの姓を持つ者達が殺された理由でもあった。



それは獣化、只でさえ身体能力の高い彼女達の身体能力が5倍ほどに跳ね上がる変身だった。



条件は様々、死に瀕した時のみ変身できる者も居ればいつでも変身できる者も居る、そんな危険な獣人族を人間が放っておく筈も無かった。



ゲーム時代では名は伏せられているが、アダマスト級冒険者が大陸のダイヤモンドやプラチナ級の冒険者と協力し、死闘の末に集落を壊滅させ、48人の獣人族の死体を持ち帰ったと言う……だがユーリとシェリルは生き残った、その理由は単純、彼女達は他のアストロフよりも飛び抜けて獣化が強かったからだった。



特にユーリの獣化はゲーム時代、純粋な肉弾戦ならば最強も有り得るほどの強さ、ただ理性が無くなり、味方も攻撃すると言う欠点がありあまり使われず、アルセリス本人も忘れかけて居た。



だがウルスに負けて良くゲーム時代の事を思い出して居た……彼らの対策も兼ねて。



その時に思い出したのだ、ユーリのみを連れて来たのもアルラ達に被害が及ばない為、正直この世界では変身するかは分からない、賭けに近かった。



男の剣はユーリの胸を貫く、だが何の変化も無かった。



「酷い主人だな……ペットを見殺しにするとは」



剣を抜くと血を拭き鞘に納める、そしてユーリに背を向けるとゆっくりアルセリスに近づいて来た。



ユーリの血が水を赤く染める……だが彼女の力が強まって行くのを感じた。



力を共有しているからこそ分かるこの感覚……尋常では無い程に力が上がって行く、アルセリスは一歩後ろに下がると男の後ろを指差した。



「後ろ、気を付けた方が良いぞ」



「後ろ?」



男が背後を向こうとした時、気が付けば自分の身体を上から見下げて居た。



何が起こったのか、何故自分は身体を上から見ているのか……理解しないまま男は生き絶えた。



「速いな……ステ共有無かったら確実に腕一本持ってかれるレベルだな」



名も知らぬまま死んだ男の頭部を持ち、荒々しい呼吸をするユーリ、その姿は人の形からはかけ離れて居た。



まるで狼男ならぬ狼少女、狼の頭部に人間では到底到達出来ない程の筋肉を備えた肉体……ゲーム時代の可愛らしい変身とは全く違う、女性だった頃の身体など捨てた完全なる変身だった。



二足歩行かと思いきや急に四足歩行になる、全く動きが読めなかった。



けたたましい雄叫びを上げ襲いかかって来る、剣を抜こうとするが間に合いそうに無かった。



「速いな……」



咄嗟に腕を出すが簡単に鎧を壊される、ストックとは言えドラゴンの一撃も防ぐ鎧をこうも簡単に壊されるのは少し予想外のパワーだった。



だが彼女が強くなればアルセリスのアバターも強くなる、捕まえるのは容易……の筈だった。



ユーリの一撃はアルセリスの顔面を捉える、兜は砕け顔が半分見える……力やスピードは自分の方が上、だが今まで圧倒的な強さに頼って来たツケが回って来た様だった。



幾らアルセリスのアバターが強かろうと本人は何の武術の心得もない、剣の振り方も知らなければ喧嘩なんてした事ない故に拳の握り方も分からなかった。



今までは適当にアニメなどで見たフォームを真似ていたが前の様な強さが無い今、それは何の意味も為して居なかった。



「困ったな……捕まえようにも捕まえれない」



すばしっこく建物を巧みに使い飛び回るユーリ、いつ攻撃を仕掛けてくるのか、全く読めなかった。



玄人になれば筋肉の動きてある程度わかる様だがそんな力は無い……見てから動くしか無かった。



再び雄叫びを上げるとユーリは両手を振り上げ飛び込んで来る、彼女の理性が無くてつくづく良かった。



飛び込んでくるアルラの腕を両手で掴むと勢い良く地面に向かって投げる、高校生の頃背負い投げを覚えておいて良かった。



地面に叩きつけられたユーリはすぐ様起き上がろうとするがアルセリスは腕を掴むとポケットから眠り草を取り出し、ユーリの口に放り込んだ。



するとユーリの身体はみるみる小さくなり、元の可愛らしい獣人族へと戻る、だが変身の影響で服は破れ、素っ裸だった。



魔法で服を出そうにも魔法は封じられている……ふと目線を移すと服だけが落ちて居た。



「なんだこれ」



アルセリスはユーリを片腕で抱き抱えたまま服を持ち上げる、侍が着ている様な和服……謎の男が着ていたものだった。



だが死体が何処にもない、あの男は確かに頭部をもぎ取られ死んだ筈……血痕も服に残っている、不可解だった。



魔法の類は使えない筈、だが今思えばユーリは弱体化の魔法を使われていた……試しに装具変化の魔法を使うが発動はしない……訳が分からなかった。



「一先ず……収穫はありだな」



アルセリスはなるべくユーリの体を見ない様に和服を着せると抱き抱え先に進んで行く、最下層の囚人を求めていたのがさっきの男だけならば良いのだが……

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