第103話 黒いオーガ
雨が降り出しそうな空模様の中、鬱蒼と木々が生い茂る森を前にシェルドはため息を吐く、周りにはクレイと女冒険者が一人、男冒険者が一人の合計3人しか居なかった。
残り四人はそれぞれ到着順に単独突入らしかった。
「と、取り敢えず自己紹介しませんか?」
重い空気が流れるのを気まずく思ったのか、女冒険者の子が手を叩き提案をする、あまり気は進まないが協力を求める以上……しておいた方が良いのかも知れなかった。
「俺はシェルドだ、魔法は低位魔法しか使えない、だが力には自信があるから宜しく」
「わ、私はスフレです、主に支援や回復が役目なので怪我した時は任せてください!」
自信満々に告げるスフレ、回復役が居るのは大きかった。
「俺はアンドル、まぁ何でも出来るオールラウンダーとでも思ってくれ」
少し気怠げに言うアンドル、自分でオールラウンダーと言うのは頼もしかった。
残すクレイには期待の眼差しが二人から向けられた。
彼は鮮烈な印象を残しただけに当然の事だった。
「俺はクレイ、まぁ程々に宜しくな」
「程々って……」
クレイの言葉にスフレが微笑む、辺りには和やかな雰囲気が流れて居た。
だがそれも長くは続かない、曇り空の所為で日が差し込まない森の中は薄暗く不気味だった。
不穏な空気も漂ってくる……スフレ達とは違い、シェルドは一人緊張して居た。
「それじゃあ行くか、陣形はどうする?」
「まぁ……シェルド先頭の両脇に俺とアンドル、真ん中に守るようにスフレ、が妥当だろうな」
クレイの言葉に異論なく頷く二人、前衛を任されるのは少し重荷だった。
オーガの攻撃を受け止められるか怪しい、そもそもオーガを見た事すら無いのだから。
冒険者と言っても銅タグ、こなしたクエストはゴブリンやオークくらいだった。
だがこの場に居るという事はセルナルドの英雄にある程度認められたという事、前衛を任されるのも無理は無かった。
「わかった……行こうか」
少し低いトーンでシェルドは答える、そして四人は薄暗い森の中へと足を踏み入れた。
薄暗い不気味な森、木々の揺れる音にスフレは敏感に反応して居た。
「怖いの苦手なのか?」
隣にいたアンドルが心配そうに話し掛ける、その言葉にスフレは頷いた。
「昔家族を屍者に殺されまして、それ以来暗い所だと屍者が出て来るんじゃ無いかって怖いんですよ」
「家族を……それは辛いな」
アンドルとスフレのどうでも良い話しを聞き流しながらシェルドは辺りを警戒する、他の3人は気が付いていない様子だが……血生臭かった。
「少し臭うな」
前言撤回、クレイは気付いていた様子だった。
スフレ達には聞こえないようにクレイはシェルドに語り掛ける、血生臭い匂い、オーガがこの森に居るのは確定のようだった。
心の何処かで見間違いでは無いのかと思っていたが……現実を認めるしか無さそうだった。
「おい、お前……」
スフレとアンドルに警戒するよう伝えようとするがクレイが咄嗟に口を塞ぐ、そしてシェルドの腕を引くとイチャついて居る二人を置いて少し脇道に逸れた。
「シェルド、恐らく少し行った先にオーガの集落がある」
二人には気が付かれないようにそれだけを告げ再び陣形に戻るクレイ、何を伝えたかったのかイマイチ分からなかった。
それに何故気付いて居ない二人に何も告げないのか……クレイの行動に考えを巡らせて居たその時、微かに地面が揺れたような気がした。
「シェルド」
「分かってる」
クレイの声に止まる、突然止まった二人にスフレとアンドルは困惑して居た。
「どうした?」
「地面の微かな揺れに気が付けない……その程度じゃ死ぬぞお前」
オールラウンダーと言っておきながら敵の接近に気が付けなかったアンドルに辛辣な言葉を投げかけるクレイ、だがこれに関してはアンドルに非があった。
スフレと話して居てオーガに襲われたじゃ話にならない、もう少し緊張感を持って欲しかった。
「スフレ、いつでも魔法を使えるように準備、アンドルは偵察を頼む」
出遅れた二人に指示を出すとクレイは剣を出し地面に魔法陣を描く、だが魔法陣は完成しても何の魔法も発動しなかった。
「それは?」
「罠の魔法陣さ、オークが踏めば数十秒足止めできる」
そう言い書き上げた魔法陣の近くに何処から出したのか、赤い布を巻き付けるクレイ、冒険慣れして居る動きだった。
初冒険では無いが冒険歴が浅いシェルドとしては頼もしい事この上無かった。
「来るぞ!!」
近づいて来る足音に叫ぶクレイ、その瞬間周りの木々が冒険者目掛け吹き飛んで来た。
『硬化支援魔法掛けます!!』
スフレが叫ぶ、だがシェルドには聞こえて居なかった。
目の前に迫り来る大木をどう対処するかで頭がいっぱいだった。
躱せるスピードでは無い、だが勢いがあるという事は大剣を縦に構えるだけで回避出来るかも知れなかった。
咄嗟に大剣の刃を大木側に構える、そして直前まで迫ったその時、後ろにスフレが居ることを思い出した。
「やばい!!」
咄嗟に刀身の腹で受けようと横に向ける、そして全身全霊で大木を上に吹き飛ばすも大木の衝撃でシェルドは後方へと吹き飛んで行った。
バカみたいな速度で大木を投げるパワー、一手でここまで陣形が崩されるとは思わなかった。
「シェルド!立てシェルド!!」
アンドルの声が聞こえる、だが後頭部をぶつけた所為で視界が歪み、声が二重に聞こえて居た。
痛む後頭部に手を回す、ヌルッとする感覚から血が出て居るのは安易に想像出来た。
だが血如きで倒れるわけには行かなかった、このパーティーの前衛は自分、寝ている訳には行かなかった。
「分かって……る、大丈夫だ」
アンドルの言葉は正直聞こえなかった、だが聞こえた程で立ち上がるとアンドルは安心した表情をして居た。
「今クレイ達がオーガと交戦してる、早く行くぞ!」
「あぁ」
痛む頭を叩きながら激しい戦闘音が聞こえる方向へと走って行く、到着して目にした光景は赤い一般的なオーガと対等に渡り合っているクレイの姿、そして戦闘している半径100メートルの木々が全てなぎ倒され、ひらけた場所になって居た。
「クレイ、加勢する!!」
一人戦うクレイにシェルドはは叫び大剣を構えると振り下ろされる石斧を受け止める、衝撃で足の骨が折れそうなレベルだった。
「ナイスだ!スフレは強化支援、アンドルはシェルドと時間稼ぎを頼む!」
そう言うとクレイは攻撃範囲外に身を移し魔法を詠唱し始めた。
「時間稼ぎか……やるぞシェルド」
そう言いアンドルはオーガと対峙するには余りにも心許ない剣を手にする、だが刀身をなぞるように魔法を掛けるといとも容易くオーガの攻撃を受け止めた。
「俺も伊達に銀タグやってないんでな、オーガとの戦闘だって何度も経験済みだ」
そう言い石斧を弾き飛ばすと腹部に隙が出来る、シェルドは大剣を大きく振りかざすと腹部目掛け振り下ろした。
大剣はオーガの腹部を切り裂き臓物を曝け出す、だが数秒もすれば傷跡は綺麗に修復された。
「シェルド、狙うなら足だ、再生するとは言え少しの時間稼ぎにはなる」
再生する姿を見ても冷静なアンドル、オーガが再生する特性なのは知って居たがまさかこれ程に早いとは予想外だった。
それに加えて雨のように降り注ぐ打撃の嵐、攻撃する暇が無かった。
「全くチャンスがない……」
ふとクレイの方を見るがまだ時間は掛かりそうな様子、その時スフレの姿が見えない事に気が付いた。
「そう言えばスフレは?」
「逃げたよ、所詮女冒険者……あてにしちゃいけないな」
冷静に攻撃を避けながら言うアンドル、中々に良い雰囲気だっただけにこの反応は少し意外だった。
だが回復役が居なくなったのは大ダメージ、これ以上の怪我は出来なかった。
「雷が落ちるぞ!避けろ!!」
オーガの頭上に突如として出現した雷雲にクレイが叫ぶ、シェルドとアンドルは咄嗟に勢い良く飛ぶとその数秒後、稲妻がオーガを貫いた。
辺りに響き渡る轟音、そしてオーガは灰になった。
「凄い威力だな……」
第1位階の魔法……間近で見るのは初めてだった。
痺れるくらいの高威力、オーガを一撃で灰にするとは思いもしなかった。
「オーガ一体でこの疲労……ヤベェな」
周りの安全を確認するとアンドルが地面に座り込む、確かに一体であの被害、集落のオーガに見つかったらと思うとゾッとした。
「取り敢えず……ん?」
一瞬、ほんの一瞬だけ地面が揺れたような気がした。
アンドルは勿論、クレイもその事には気が付いて居ない様子……念の為に報告した方が良さそうかも知れなかった。
「今、地面揺れなかったか?」
「地面?揺れてないだろ」
アンドルは疲れている所為か適当に答えるとふぅと一息つく、だがクレイは難しい表情をして居た。
「一度だけの揺れ、まさかとは思うが……」
クレイは恐る恐る頭上を見上げる、そこには黒い影があった。
「シェルド、あれ」
クレイに言われるがまま頭上を見上げる、黒い何か、鳥……では無かった。
それは時間が経つにつれてどんどんと大きくなって行く、やがてそれは危険な物だという事が分かった。
「避けろ!!」
クレイの声が響き渡る、だがアンドルが立ち上がった時にはもう遅かった。
黒い物体はアンドルを潰し着地する、隕石の様な衝撃に辺りの木々諸共吹き飛ばされそうになるが何とか堪えた。
「我が一族を良くも殺してくれたな」
見上げる程に大きい黒い皮膚の物体、見た目的にはオーガだった。
だが言葉を喋る黒いオーガ……そんな種類聞いた事もなかった。
「お前は……何者だ?」
「我はオーガグラン、オーガの王だ」
「オーガ、グラン……」
聞いた事も無い名、だが見た目だけでもヤバいのは伝わってきた。
逃げなければ行けない、本能がそう伝えている……だがあまりの威圧感に身体が動かなかった。
「これは……ヤバいな、勝ち目なんて無いぞ」
「だな……どう逃げる」
シェルドの言葉にクレイは無言で考える、身体が硬直しているのはあまり変わらないが徐々に動く様にはなってきて居た。
「罠を仕掛けたのを覚えてるか」
「罠……あぁ」
行き道の時、罠を張って居たのは知っている……恐らくあれのことだろう。
「時間稼ぎになるかは怪しいが……一か八かだ、賭けてみよう」
クレイの言葉に頷く、だがあの罠で足止め出来るとは到底思えなかった。
オーガグランはオーガと桁違いのサイズを誇る、そんなオーガグランがあんなチンケな罠にハマる訳が無かった。
だが……何もしないよりかはマシなのだろう、恐らくクレイも分かっている筈だった。
「そんじゃ、行くか」
地面に刺していた大剣を背に戻すとシェルドとクレイは背を向け勢い良く走り出した。
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