第95話 助けて

身体が痛む……だが寝ている場合では無かった。



ゆっくりとベットから起き上がるとシャリエルはふらつく足で扉では無く窓を開ける、外は雨が降りしきり最悪の天気だった。



白のコートをハンガーから取り袖を通すと外に出る、教会に運ばれてから3日……ゆっくりし過ぎた。



教会には寝ている間かなりの人が避難してきた、洗脳された兵士達は街から出れず街外れの教会は最適な避難場所、だが街の総人口と教会に避難してきた人の数は合っていなかった。



つまりまだ助けを求めている人がいると言うこと、家族を亡くし塞ぎ込んでいた私に街の人は温かく接してくれた……ライノルドもずっと育ててくれた、酷い事も沢山言ったのに彼は文句一つ言わず……今こそ恩を返す時だった。



コートの内側を探り魔紙を取り出す、上級魔法6枚に転移魔法3枚、対価魔法1枚その他10枚の残り20枚……少し厳しいかも知れなかった。



とは言えいま国は補給出来る状況にない……何とか戦闘を避けつつ元凶の居る城へ行く必要があった。



ポケットから魔紙を取り出すと破り捨て国の地図を取り寄せる、雨をしのげる大樹に身を置き地図を広げるとルートを探した。



正門から伸びる大通りには洗脳された兵士が大勢居た……中央広場までは別ルートからでも行けるが王宮は大通りを通らなければ辿り着けない……そうなると戦闘は必須だった。



だが今の状態で連戦は厳しい、せめてアイリスやサレシュと連絡が付けば良いのだが通信魔法は通じない、少し心配だった。



彼女達の実力なら洗脳された兵士を倒す事も容易だろうが団長クラスは少し苦戦する筈だった。



「とは言え、一番危ないのは私よね……」



怪我を負い魔紙も少ない今の状態では他人の心配など出来ない……早い所行動した方が良さそうだった。



地図を折り畳みポケットに入れると立ち上がる、その時背後から足音が聞こえた。



「シャリエル、何処に行く気?」



アーネストの声……一番バレたくない人にバレてしまった。



「何処って、トイ……」



適当に濁そうと振り向きながら答えようとする、だがアーネストの目には涙が浮かび見たことのない表情をして居た。



「何で泣いてるのよ」



「泣いてない、それよりシャリエル、まだ傷が癒えてないだろ」



泣いて居る事を否定しアーネストはシャリエルの包帯が巻かれた腕を少し強めに握る、握られた瞬間鈍い痛みが腕に走り思わずシャリエルは痛みで表情を歪めた。



「ほら、治って無い……」



「これくらい大丈夫よ、それに私には秘策もあるし……って痛いアーネスト!」



シャリエルの腕を握ったままアーネストは俯く、俯いていても身体は小刻みに震え泣いて居るのが分かった。



「秘策って対価魔法でしょ」



アーネストの言葉に驚く、なぜ彼女が対価魔法の存在を知って居るのか、この魔法は仲間にも教えていない筈なのに。



「ち、違うわよ」



「誤魔化さなくても良い、シャリエルがライノルドと戦っていた時髪の毛が黒く染まって居るのが見えたの、それで昔王宮で見た書物の魔法を思い出したのよ、冥王に寿命を差し出す事であらゆる魔法の叡智を一時的に授かる対価魔法……あまりにもリスクが大き過ぎる」



「ほぅ、冥王に寿命を差し出し魔法の叡智、興味深いな」



アーネストの説明が終わると不意に聞き覚えのある声が何処からとも無く聞こえて来る、彼だった。



「セリス!?」



「こっち」



辺りを見回すシャリエルに居場所を示す様に大樹の陰から姿を見せる、黒い防具に身を包んだ謎の冒険者……得体の知れない男の筈なのに何故か……彼が助けてくれる様な気がした。



だが彼に助けを求める訳には行かなかった……自分の手でライノルドや国民を助けたかった。



英雄になりたいなんて願望はない、ただ皆んなを助けたいだけだった。



「あんた何しに来たのよ、言っとくけどあんたの出番は無いから」



その言葉を残し足早にその場を去るシャリエル、アーネストが止めようと手を伸ばすがアルセリスはそれを止めた。



「何で止めるの?」



「彼女なりの決意があるんだろ」



シャリエルなりの決意……確かに彼女はこの国に大きな恩があるかも知れなかった。



身内も居らず一人のシャリエルに国王や王宮の人はまるで娘の様に接していた、次第にシャリエルも心を開き家族の様な存在に、周りから見ればただの兵士に過ぎない者でもシャリエルには家族の様な存在……そんな人達が洗脳されて居るこの現状を彼女は許せないのだと思う、だからこそ助けを借りず、一人で解決しようとして居るのかも知れなかった。



だがそんな覚悟があっても……自分はシャリエルを失うのは耐えられなかった。



「セリス……さん、シャリエルを、この国を助けて下さい」



仲間の覚悟を踏みにじってまで頼むのは恥ずべき事なのは分かって居る、だがそれでも友人を、親友を失うよりはマシだった。



「助けて……か」



ボソッと呟くアルセリス、社畜時代は嫌という程助けを求められた、会議の資料が間に合わない、データが飛んだ……だがその全てを無視した。



同僚を助ければその分自分の仕事をする時間が減る、そうなれば昇進も遅れる……あの頃の自分はそんな考えだった。



そのお陰で同期よりも早く昇進出来た、だがその結果周りには不満が募り結果的に上司だが裏切られた……あれは誰が裏切ってもおかしくない状況だった。



助けを求められても助ける必要は勿論ない、自分に被害は無いのだから……だが人間として、今の俺は彼女の助けを見逃さなかった。



この世界に来て色々と考えさせられた、圧倒的な力を手に入れ部下を持ちこの世界を眺め……多種多様な人々がいるものの皆助け合い生きている、一人では生きていけないという事を社畜時代に学んだ……此処で同じ事を繰り返す程馬鹿では無かった。



「あぁ、心配しなくても最初からそのつもりだ」



黒い空間に姿を消して行く中告げたアルセリスの言葉にアーネストは膝をつき感謝して居た。



「悔いの無い生き方をしないとな」



暗闇の中でボソッと呟くアルセリス、闇の先に見える光を目指しゆっくりと歩き出した。

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