第81話 本当の気持ち

薄暗い洞窟の中に響き渡る水滴の音、マールは自身の斬り落とされた右腕から流れる血を止血し少し後ろにすり足で下がる、マールの前で刀を持ち余裕の表情をしている男は一瞬にしてその場から姿を消した。



「今日の所は生かしてやる……主らの王に伝えよ、キョウシロウが全てを終わらせるとな」



そう言い刀を鞘に納めマールの腹部を蹴り飛ばすキョウシロウと名乗る男、薄暗く姿が見えずもマールは洞窟の外に吹き飛ばされながらも微かに揺れる長い髪の毛を確認した。



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「マールがやられたのか」



アルラからの報告にアルセリスは王座に坐して話を聞く、マールもそれなりに強い守護者補佐なのだが……やはり暗黒神軍勢も侮れない物だった。



「敵はキョウシロウと名乗っていた様です」



「キョウシロウ……?」



何らかの時代劇や大河ドラマなどで効きそうな名前……一瞬アルセリスの脳裏にはプレイヤーと言う考えが過った。



ウルスの報告によりマールは刀で腕を切断されたと言っている……そして長い髪、だがプレイヤーと断定するには情報が足りなかった。



ゲーム時代に日本から取って来た名前のキャラなど腐る程いる……だが万が一プレイヤーならば守護者達では力不足かも知れなかった。



「何処の洞窟だ?」



王座から立ち上がり尋ねるアルセリスにアルラは急いでメモ帳を取り出す、だが隣にいたアウデラスが何も見ずに告げた。



「オーリエス帝国より東に300キロ行った場所にあるカランテ山脈の様です」



「カランテ山脈か……」



ドラゴンがかつて居たと言われている山脈で一年中40度近い気温の暑い山だと言うのがゲーム時代の情報……なぜその男が其処に居るのかは分からないが行ってみる価値はありそうだった。



「少しの間空けるぞ」



「あ、アルセリス様!私も……」



転移魔法で姿を消すアルセリスに手を伸ばすも届かずに消えてしまう、アルラは俯き唇を噛むとアウデラスに背を向けた。



「何か……お悩みでも?」



「私は……アルセリス様の側近の筈、だけどアルセリス様は私を連れて行こうともしない……何がダメなんですか!?教えてくださいアウデラス!!」



拳を握りしめて涙を流すアルラ、彼女のそんな表情をアウデラスが見るのは初めてだった。



ここの所アルラの精神が少し不安定……これは早急に対処しないと行けないのかも知れなかった。



「アルセリス様に後で報告ですね……」



涙を流すアルラを他所にアウデラスはボソッと呟きため息を吐く、実力は王国内でもピカイチ……だが精神的不安が残る様子だった。



アウデラスは王座を後にし自分の屋敷へと戻って行く、王国の頭脳も楽では無かった。



様々な枝分かれした部下や金銭の管理、ダンジョン内のトラップや建物の老朽化などの調査……やらなければ行けない事は山積みだった。



それに加えて今は暗黒神の軍勢との戦闘にも参加しなくては行けない……人員を増やして欲しいものだった。



先程の業務を部下であるレネスと二人で全てこなして居る……アルセリス様の為故に苦では無いが明らかに仕事量が多過ぎる気がした。



「レネス、部下達の様子はどうだ」



長い廊下を一人で歩くアウデラスが尋ねると女性の声が返って来た。



「末端の愚図どもがアルセリス様に不満を漏らして居るのを確認しました、処刑しますか?」



「許される事では無いがアルセリス様の許可がない限りアルカド王国の仲間、無益な殺しは止めておけ」



ランスロットの件で生まれた不満がそこそこに大きくなって居る様子……面倒事がまた増えそうだった。



気が付けば薄いクリーム色の長い髪をしたメイド服の女性がアウデラスの二歩後ろを歩いて居た。



彼女がレネス・シャンテ、唯一にして優秀なアウデラスの部下だった。



戦闘は守護者補佐に若干及ばない程度、だが人間にしてはかなり強い部類だった。



とは言っても……アルカド王国最終層にある屋敷に訪れる敵など居らず、彼女の戦闘能力は特に高くとも意味は無かった。



「そう言えばオーフェンさんが此処暫く帰ってませんね」



映像水晶を片手にオーフェン担当の4.5.6階層を覗くが彼女?彼の姿は無い、此処数週間ずっと帰還も無ければ連絡も無かった。



オーフェンの強さから考えれば死んだとは考えられ難い……アルクスネとの戦闘記録があり、討伐後に消息を絶った……過去に因縁があった事も考えると何かを知り、調査中なのかも知れなかった。



だが……最悪の事態、裏切りも視野に入れて置かなければならなかった。



アルセリス様への忠誠は絶対……だが皆んなが皆んなそれを誓える訳が無い、中には揺らぐものも居る……当初エレスティーナの復讐しか頭になかったリリィなどいつ裏切ってもおかしくない状況だったのだから。



「アウデラス様……お疲れの様ですね」



「まぁ……そうですね、この王国はまだ不安定です、アルセリス様の圧倒的な力に恐怖してついて来て居る者も居ます……それを束ねるのが私の役目ですから」



グッと伸びをしてそう告げるとアウデラスは部下のメンタルケアの為に次の仕事場へと向かって行った。



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海が見える丘の上に建てられた墓標を前にマリスは立ち尽くす、波のさざめき……鳥の声、全てが鮮明に聞こえた。



「マリス様、風邪ひきますよ……」



ふとランスロットの声が聞こえマリスは後ろを振り向く、だがそこには誰も居なかった。



機械人形……それが自分の種族、感情は無く殺戮の為に生み出された悲しき人形……これが世間一般の認識、だがマリスは他の機械人形と少し違った。



面倒くさいと言う感情がある珍しいタイプだった。



だがそれ以外に感情は無い……それ故にランスロットが居なくなった喪失感の意味が分からなかった。



胸にポッカリと穴が空いた様な感覚……だがこの感情を何と表すのか分からなかった。



マリスは墓跡に背を向けると丘を下り街へと向かう、ランスロットの生まれ故郷と言われているセルナルド領のリュカと言う港町……長閑で静かな場所だった。



子供の声や大人達の楽しく談笑する声が聞こえて来る……マリスは通りをフラフラ当てもなく歩いて居ると少女の声が聞こえて来た。



「お姉ちゃん何で悲しそうな顔してるの?」



「悲しそうな……顔?」



眉が若干動く程度しか表情の変わらない自分が悲しそうな顔をしているという事に疑問を抱き首を傾げるマリス、顔を触り表情筋を確認するが知識としてある悲しい顔では無かった。



「悲しい顔なんてしてない」



「してたよ、凄く寂しそうだった」



「寂し……い?」



言葉の意味が分からなかった、寂しいと言う感情は知識としては備わっている……だが自分の気持ちが分からなかった。



ランスロットは自分にとってどんな存在だったのか……居なくなった時に生じる喪失感……これが寂しいと言う感情なのだろうか。



「私はお父さんとかお母さんが死んじゃったら寂しいし悲しいもん、お姉さんもでしょ?」



そう言いマリスを見上げる様に尋ねる、ランスロットは自分の母でも父でも無い……ならば何故居なくなって寂しいのか、悲しいのか……余計に分からなかった。



「何で父や母が死んだら悲しいの?」



「だって私にいっぱい愛をくれるもん!」



「愛……」



その言葉にマリスは固まった。



愛……他者の事が気になり、異性として好きになった時に生じる感情……それをランスロットに抱いて居たのだろうか。



確かに思い当たる節はある、いつも身の回りの事をしてくれて文句一つ言わずにずっと無理を聞いてくれた……自分より弱い癖に守ろうともしてくれて居た……おかしな奴だが今思えば少しずつ気になって居たのかも知れない。



ランスロットが死んだ夜の時も帰ってこない事に少し苛立って居た……それは身の回りの事をしてくれないからでは無く……無事に帰ってくるか分からなかったから、今思えばランスロットに好きと言う感情を抱いて居たのかも知れなかった。



「ありがとう……やっと感情の意味が分かった」



「?よく分かんないけど良いよ!」



少女の頭を撫でマリスは走り出し再び丘を駆け上がった。



ようやく心のモヤモヤが晴れた様な気がした。



墓跡の前に着くとマリスはしゃがみ込んだ。



「ランスロット……遅くなったけど、これが私の答え……ちゃんと受け取って」



そう言いポケットからペンダントを取り出すとランスロットのペンダントの隣に置いた。



そしてマリスは墓跡に背を向ける、出る筈の無い涙が何故か溢れて止まらなかった。



転移の魔紙を使いその場をマリスは後にする、半開きで置かれたペンダントには不機嫌そうに映るマリスとランスロットの写真が入れられて居た。

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