第77話 罠

「私にとっての王はアルセリス様のみ、頭は決して下げない」



煌びやかな王室に響き渡ったリリィの一言に辺りは静まり返る、王はその一言を受けると突然立ち上がった。



「こちらも頼んで居る身、その程度の狼藉は目を瞑る、だが私も一国の王、ある程度身の程はわきまえて貰おう」



武器を構える兵士達を制止し、手を下ろして武器を下げさせると王は一息吐いて王座に腰を下げる、その言葉にリリィは頷いた。



「それで頼み事とは?」



「そうだったな、南の都がリリィ殿の言う天使崩れに滅ぼされたのは知って居るな?」



「まぁそうだね」



「恐らく天使族は我らが所有する女神の涙が目的だと推測して居る……それを是非守って欲しい」



その言葉にリリィは驚いた表情を見せた。



女神の涙、天使族の羽よりも強力な力を得られると言われている女神が喉から手が出るほどに求めているアイテム……まさかこの程度の国が保有しているとは予想もして居なかった。



だがこれで予想は確信に変わった、女神の涙が欲しい物などエレスティーナしか居ない……恐らく天使も彼女の差し金の筈だった。



「やっと復讐できる……」



俯きそう呟くリリィ、その表情はかつて無いほどに歪んだ笑顔をして居た。



「女神の涙は此処から東に50キロ程行った砦に保管してある、警備も西の都とは比にならない……だが少し心配でな」



「東の砦……分かった、守らせてもらう」



王にその言葉だけを告げるとリリィはシャナの手を引き王室を後にする、エレスティーナ……ようやく会える、羽を引きちぎり自分を堕天させた憎き女神、憎悪と共に嬉しさの感情が溢れ出て来た。



正直女神の涙なんてどうでもいい……自分はエレスティーナを痛ぶり、苦しめ……殺せればそれで良かった。



まずは何から始めるか、羽を引きちぎり手始めに全身の皮でも剥いでみようか……エレスティーナの苦痛に歪んだ表情を想像するだけでニヤケが止まらなかった。



リリィは王宮の外に出ると辺りを確認しシャナを小脇に抱える、そして光魔法の羽で飛び上がると人目の付かない内に東へと飛び立った。



「リリィ様は……何故私を殺さないのですか?」



何の脈絡も無く突然質問をするシャナの言葉にリリィは少し言葉に詰まった。



ウルスからは奴隷市で買ったと聞いている、そして自分……リリィが拷問好きな事も、それ故に自分が殺されない事が恐らくシャナは不思議なのだと思った。



「私の……幼い頃に見えてね、殺さない理由はそれだけさ」



「リリィ様の幼い頃……」



リリィの言葉にシャナは少し嬉しげな表情を初めて見せた。



「何が嬉しいのかな?」



「あ、あの……凄くお綺麗なリリィ様の幼少時代と似ていると言ってもらえて……凄く嬉しいです」



そう言い笑顔を見せるシャナ、ようやく人間らしい子になって来た様だった。



彼女と出会って然程日は長く無いが喜怒哀楽という感情を当初は全く見せなかった、それが今や向こうから話しかけ嬉しそうに笑う……少し成長している様で嬉しい様な気がした。



極悪非道、天使の面をした悪魔などと言われて来たがシャナと過ごす時間は普通のリリィとして入れる様な気がした。



「リリィ様、着きましたね」



遠くに見えて来た砦を指差すシャナの言葉に頷く、堀に囲まれた東の砦は国王の言った通り兵士が無数に配置され入り口は一つ、上空も見張りだらけの重警備だった。



「一先ず……中に入れて貰おうか」



リリィは魔法を解くと橋の前に着地した。



「何者だ貴様ら!」



堀の向こう側から弓を構えた複数の兵士を待機させ、怒鳴る様に尋ねる一人の兵士、まだ王国から連絡は来て居ない様子だった。



「本国から警備をする様言われたリリィとシャナだ」



そう言い両手を挙げ戦意はない事を伝える、すると向こう側に居る兵士の一人が隊長とみられる兵士に耳打ちをした。



「そうか……分かった、入城を許可する!!」



男の声と共に下がる橋、アルセリス様の命さえ無ければこんな人間達どうでも良いのだが今は任務中……良い印象を与えなくてはならなかった。



リリィの入城と共に兵士たちの視線は一気にリリィへと集まる、男ばかりの砦で一人の美女が現れたとなればそれは必然だった。



男達の視線を他所にリリィは神経を集中させる、女神の気配がする……女神の涙は本物の様だった。



だが気になる事があった。



「女神の涙は何処に保管されてるのかな?」



集中しないと感じ取れないほどに力が微弱だった。



「あぁ、それなら地下で魔法結界を何重にも掛けてるから安心して良い」



「少し案内して貰っても良い?」



「あ、あぁ」



リリィの言葉に少し戸惑いを見せるも承諾すると兵士、すると中心に立つ塔のような場所へと案内された。



「この上に?」



リリィの言葉に首を振る、すると兵士は下を指差した。



「この塔はカモフラージュ、本物は下だよ」



そう言い床の一つを押し込むと地下へと続く階段が出現する、そして薄暗い階段に松明が灯された。



地下への扉が開いた瞬間女神の気配が強くなった。



シャナが後ろからついて来て居る事を確認するとリリィは地下へと歩いて行く、そして三重になった鉄の扉を開け中に入ると其処には緋色に光る赤い結晶の様な物が台座に置かれて居た。



「これは……」



女神の涙では無く、天使の血液だった。



血液と言っても天使族の血は少し特殊で基本血は流さない、たとえ刺されようとも斬られようともその断面からは一切……だが天使が死ぬその時、一滴だけ血を流す、天使の持っていた力を残す為か何故なのかは知らない……だがそれ故に天使の羽よりも力の濃度が高いのだった。



それが此処にある……つまりそれはこの国が天使族を殺したという事だった。



だか不可解、天使と言えど人間に負ける程弱くは無い、仮にも神と名のつく者の部下なのだから。



王国に倒せる程の強者は居なかった……そうなれば考えられる可能性は一つだった。



「リリィ様、扉が……」



シャナの震えた声に後ろを振り向く、すると扉がいつの間にか閉まって居た。



「罠だったようだね」



扉に触れようとするが手が弾かれる、塔の上から魔力を感じる辺り複数人での多重結界を発動して居る様だった。



「さて、どうしたものか」



リリィは台座に腰掛け薄暗い天井を見上げる、結界を解除するのは容易では無い……とは言えシャナが居る以上破壊する事も出来ない、今は大人しく捕まって置くしか無さそうだった。

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