第70話 開戦の時

「お姉ちゃん、アルセリス様から指示まだ?」



「まだっすよー」



日が落ち自身の姿すら視認するのが難しい暗闇で耳をピョコピョコと動かし赤い髪と青い髪の対照的な姉妹が会話を交わす、赤が姉のユーリ・アストロフ、青の方が妹のシュリル・アストロフだった。



「私待てないんだけど先に倒しちゃわない?」



「え!?」



木の枝に座り足を揺らす妹の唐突な提案に驚き木から足を滑らすユーリ、華麗に一回転して綺麗に着地をするともう一度木の枝に登った。



「ダメっすよ!アルセリス様の命令は絶対っすよ!?我が妹ながら何考えてるか分かんないっすよ……」



「だって暇だもん」



そう言い枝を手で掴むと前回りを何回も連続して行う、辺りには枝が回転で揺れ、木の葉がバサバサと音を立てて居た。



「ちょ、シュリル!音がうるさいっすよ!」



咄嗟に止めようとシュリルの枝に飛び移るユーリ、するとユーリが乗った重みで枝が折れ、そのまま地面に落下してしまった。



突然の出来事に着地する事の出来なかったシュリルは尻餅をつく形で地面に落ちる、ユーリは咄嗟に駆け寄ると心配そうに手を差し出した。



「だ、大丈夫っすか?!」



激しく動揺するユーリ、これには訳があった。



「痛いじゃ無い……お姉ちゃん」



「わ、わざとじゃ、わざとじゃないっすよ!」



小刻みに震えるシュリルにユーリは思わず後退りする、同様の理由はこれだった。



シュリルは痛みへの耐性が極端に無い……それ故に多少の出来事でもキレてしまう、それはアルセリス様でも関係無しに……そして怒り状態のシュリルは凄まじく強かった。



「痛い……痛い!!!!」



そう言い立ち上がった次の瞬間、シュリルは目の前へと移動して居た、握られた拳がユーリの腹部目掛け突き出される、何とか腕でガードするがあまりの威力に吹き飛んだ。



木々に激突しても勢いは収まらず何とか地面に空間魔法へ隠して居た大剣を突き刺して止まると顔を上げる、だがもう既にシュリルは目の前に迫って居た。



「お姉ちゃんが悪かったっす!本当に許して!!」



必死に謝り懇願するがシュリルの攻撃は止まらない、時々本当に殺しに来ているのでは無いかと思う程に強烈だった。



シュリルから繰り出される攻撃は確実にツボを押さえて来る、ガード無しで受ければ一瞬にして四肢が動かなくなる程に正確だった。



体術の妹とは逆にユーリは武器を用いた武術を得意とするタイプ……肉弾戦に特化して居るが武器を使うだけに妹にはどうしても体術だけでの戦いだと劣ってしまうのだった。



何とか防ぐと言う状態がしばらく続く、そして距離を取ろうとしたその時、降り出して居た雨によりぬかるんだ地面でユーリは態勢を崩してしまった。



「やっ……ば!」



咄嗟にガードを上げようとするがシュリルは一瞬を見逃さずユーリの脇腹に強烈な一撃が入る、その瞬間ユーリの目には涙が浮かんだ。



「痛いっす、酷いっすよ……」



殴られた場所を抑え座り込むユーリ、その瞬間シュリルは我に帰った。



「はっ……また私やっちゃったのか」



うずくまり無くユーリを見て苦笑いを浮かべるシュリル、辺りの木々は薙ぎ倒され不自然な空間が出来ていた。



「全く、何やってんだよアイツら」



上空から一部始終を見下ろして居たアルセリスがため息を吐く、姉妹喧嘩は良いが場所と時を考えて欲しい物だった。



アルカド王国のメンバーは癖の塊、それにこれからまたガチャでメンバーを増やす予定なのだから少しは先輩としての自覚を持って欲しいものだった。



ふと視線を死者の軍勢に向けると動き出そうとして居た。



「おっ、そろそろか」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



魔紙のストックを数え何の魔法が込められて居るかを確認するとシャリエル、辺りはすっかり暗くなり焚き火の灯りだけが頼りだった。



こんな所で光魔法を使い魔力を浪費する訳にも行かない……それにしても死者の軍勢は一向に動く気配がなかった。



「こっちが寝静まるのを待ってる……のかしら」



数十キロの距離を保ったままゆらゆらとそこら辺を歩く死者達、辺りの冒険者や騎士達の緊張感無い空気は消え張り詰めた空気が漂って居た。



いつ来るか分からない……そんな緊張感がより一層みんなを疲れさせて居た。



「シャリエル、少し良いか?」



「どうかした?」



作業中のシャリエルに少し申し訳なさそうに声を掛けるライノルド、重々しい鎧を数十時間ずっと身に纏って居るにも関わらず彼はあまり疲弊して居ない様子だった。



「明日こちらから攻め込もうと思ってたな、このまま待って居ても埒があかんしな」



「まぁ……それが妥当なのかしらね、このまま待っても疲弊するばかりだし」



「それに2日後には他国からの増援も来る、それまでに少しでも数を減らして置かないとな」



ライノルドの言葉に頷く、他国からの増援……これで少しは気が楽になった様な気がした。



魔紙を白いコートの中にしまいため息を吐くと楽な態勢になろうとする、だが次の瞬間シャリエルは立ち上がった。



「警戒!大規模な魔力探知!!」



尋常では無い膨大な魔力を感知しシャリエルは立ち上がると周りで座って居た冒険者や兵士達に呼び掛ける、そして次の瞬間、大きな口が王国軍頭上に現れた。



『御機嫌よう人間の皆様、気分は如何ですか?』



言葉に合わせ口が開く、不気味な魔法……見た事も無かった。



『因みに皆様の声は聞こえないので一方的に話しますね、私の名は六魔が一人、ラルドーシャ、はっきり行って皆様より数百……いえ、数千倍強いですわ』



独特なスローペースの話し方で話すラルドーシャと名乗る六魔、辺りはざわついて居た。



ラルドーシャ……死を司る魔人と呼ばれて居る六魔だった。



物語では詳しくは描かれて居ないが触れるだけで人を殺せる程の力を持って居ると記されて居る……ラルドーシャの存在を書物で知っている者はただ一人を除いて絶望して居た。



「ラルドーシャか……厄介な六魔だな」



そう言いつつも表情は笑っているライノルド、一瞬意味が理解出来なかったが鎧を見てシャリエルは笑みの意味を理解した。



自身が纏っている断魔の衣とは違いライノルドの無魔の鎧は身に付けている者へ向けられた全ての魔法を打ち消す……つまりラルドーシャとの相性は抜群だった。



「安心しろ、この戦い……思った以上に勝機はある」



そう言い剣を握り締めるライノルド、思った以上に状況は悪くなさそうだった。



『えーっと、それじゃあ今から第一陣……死者の軍勢30万を進軍させるので耐えて下さいねー、それじゃあ頑張ってー』



そう言い大きな口はその場から姿を消す、その瞬間ライノルドは先頭に立った。



『聞け皆の者!敵の六魔と名乗ったラルドーシャは死の魔法を使う!だが私の鎧は魔法を無効化する……つまり勝機は我らにあり!命を賭して国を守れとは言わん……生きて国へ帰る……私に続け!!!』



拡声魔法を使い全体に響く演説をすると剣を高々と掲げる、そして此方へ向かって来ている死者の軍勢に向けて剣を振り下ろすと周りの冒険者や騎士達は喝采を上げ走り出した。



だがシャリエルはある事に気が付き、その場で立ち止まって居た。



(第一陣、30万の軍勢と言った、つまり……)



向こうはまだ駒を用意していると言う事だった。



ライノルドの演説に気を取られそれを気付いた者は居ない……絶望だった。



幾らダイヤモンド級とは言え……30万以上の死者を相手にするのは不可能だった。



「シャリエル、どうしたの?」



「あ、アーネスト、皆んな……」



背中を叩くアーネストの背後にはグレーウルフのメンバーが戦闘準備を整え立って居た。



「どうしたの?戦いは始まってるよ?」



そう言い剣を握り締めるアーネスト、他のメンバーも戦う気満々だった。



「皆んな分かってる!?ラルドーシャは第一陣って言ったのよ?この30万の軍勢を!!」



あまりの絶望に声を荒げるシャリエル、だがその言葉にアーネストは笑った。



「な、何がおかしいの?」



「皆んな分かってるよ、でも戦わないと……何れ死ぬ、それにハッタリの可能性もあるでしょ?」



「だ、だけどもしハッタリじゃ無かったら!?」



「その時は私たちグレーウルフが居るじゃない、私達ってそんなに弱かった?それにプラチナ冒険者の皆んなも居るし……そう悲観する事じゃないよ」



そう言い肩を叩くアーネスト、理解出来なかった。



何故そこまでポジティブなのか、何故皆んな絶望しないのか……理解が出来なかった。



「行きましょ?ダイヤモンド級冒険者のシャリエルが居なかったらもっと犠牲者が出る……だから戦いましょう」



そう毅然とした態度で良い手を握るアーネスト、やはり彼女には敵わなかった。



どんだけ絶望して居ても希望を持してくれる、立ち直らせてくれる……流石グレーウルフのリーダーだった。



「ええ……さっさと片付けて皆んなで美味しい物でも食べるわよ」



「シャリエルさんにしては珍しく奢ってくれるんですねー」



「良い心がけ!」



シャリエルの言葉にサレシュとアーネストが反応し、アイリスが笑みを浮かべる、そして各々武器を構えると死者の軍勢へと走り出した。

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