第49話4日前

「マリス様ー、いい加減任務だって自覚持って下さいよー」



「そのうちね」



荷下ろしのついでに隣人から貰った高級な白いフカフカのソファーに寝転がり本を山積みにして読み漁るマリスを見てランスロットはため息を吐く、結局昨日は荷下ろししてからマリス様のメンテや食事のオイル調達に追われて何の調査も出来なかった……マリス様と一緒に居られるのは嬉しいのだが仕事が出来ないのは少し厳しかった。



リビングを出て二階の自室に戻るとアウデラスから送られて来た資料に目を通す、クリミナティへ仕事を持って行くのは殆ど貴族、そしてその仕事内容は自身の汚職を洗い出そうとする邪魔な冒険者や対立する貴族の暗殺……まさに東セルナルドの地域はクリミナティとの繋がりを探すのに打って付けの場所だった。



幸いにも先日ラフォスから派閥勧誘を受け貴族に取り入る事は可能……だがどうせなら他の派閥に属して置きたい所だった。



理由はラフォスが正当な貴族派閥な事、国王と繋がっている以上他の貴族の様に金銭に汚かったり暗殺を依頼する事は無い、理由は国王からの支援金が出るから……となれば残りの二つ、グレルド派閥とイルフォード派閥のどちらかだった。



イルフォードは由緒正しき大貴族、恐らく東領土で一番の権力を持っているとの事、そして次にグレルド派閥、この派閥は正直紙にも情報があまり無く全貌は謎だった。



イルフォードは大貴族と言っても過去程ではない無い、何でも後継ぎに恵まれず養子を迎え様にもイルフォード婦人がそれを許さず終わりが近い貴族の様だった。



「はてさて……何処に属すのが正解なのか……アルセリス様ならどうするか」



紙を前に腕を組み考え込むランスロット、正直に言ってあまり頭は良くない、戦闘時は次の手などスラスラ出て来るのだがこう言う緻密に計画を立て潜入し調べると言った行為はしてこなかった故に苦手だった。



一先ずラフォスに情報を聞き出すか……そう思ったその時、ランスロットが自室として使っている隣の空き部屋から何か物音が聞こえて来た。



その音にランスロットは過敏に反応すると何も無かった所から剣を取り出す、そして構えるとゆっくり音を立てずに扉を開け部屋を出た。



(侵入者……?いや、俺たちの事を知っている人物は居ないはず)



ありとあらゆる可能性を考えるが侵入者の見当は付かない、そしてランスロットは扉を勢い良く開けるとそこには何とも言えないふてぶてしい猫が居た。



「ぶにっ」



変な声で鳴く猫に固まるランスロット、何処かで見たような気がした。



「何だこいつ……どっから来たんだ?」



部屋を見回すが荷物すら置いて居ない殺風景な部屋、唯一ある窓の鍵を確認するが鍵はかかっている、扉も自分が開けるまでは閉まって居た……この猫は一体何処から入り込んで来たのか謎だった。



「ぶぬぬっ!」



絶えず変な声で鳴く猫を一先ず持ち上げるとランスロットは1階に居るマリスの元へと持って行く、するも猫を見た瞬間マリスは昼過ぎの現在、ソファーから今日初めて降りた。



「もちょろけだ」



「ぶなっ」



マリスはそう言い嬉しそうに鳴く猫を持ち上げる、心なしかマリスも嬉しそうだった。



「もちょろけ……」



何処かで聞いた事のある名だった。



「マールが拾ってきた猫だよ」



そう言いほっぺたを突くマリス、その言葉にランスロットの頭の中で渦巻いて居た靄がやっと晴れた。



「あー!もちょろけ!そう言えばマール君が連れて帰って来てましたね!」



3、4ヶ月前王国にアルセリス様の紹介付きで新加入したのを思い出した、だが何故もちょろけがこのセルナルド王国に居るのか、謎が一つ解けたかと思えばそれよりも深い謎がまた現れた。



マールか誰かの空間魔法で来たのか……それにしても何故来たのか、ランスロットが様々な可能性を考えていたその時、玄関をノックする音が聞こえた。



「すみません」



聞き覚えのない男の声、ランスロットは剣を空間魔法の中に消すと少し小走りで玄関に向かう、殺気は感じられない……ただの訪問者の様だった。



「はーい」



その言葉と共に両開きの扉の片方を開ける、すると其処にはパーマの掛かった黒髪のすらっとした身長高めの男が立って居た。



「えーと、ランスロット殿の邸宅で?」



「えぇ……まぁ、何用で?」



突然の訪問に少し戸惑っているランスロットの言葉を聞き男は先程までの少し不安げな表情が明るくなった。



「良かった、私はイルフリード、単刀直入に言う、グレルド派閥の勧誘に来た」



「派閥勧誘……ですか」



イルフリードの言葉にランスロットの表情が変わる、イルフォードと似た様な名前で少し紛らわしいが彼はグレルドの使者の様……此処で断るのは勿体ない様な気がした。



「具体的には勧誘して私に何を?」



「この地域でかなり噂になってます、かの伝説となった騎士ランスロット殿と同じ名を持ち、凄まじい強さを誇ると」



イルフリードの言葉にランスロットはポカンとした表情になった。



誰がそんな事を……いや、恐らくラフォスなのだろうが何故名前が同じと言うだけでそう言う事になっているのか、バレず目立たずと言う目標がパーだった。



だがバレて居るものは仕方がない……強いという体で行くしか無かった。



「伝説程の強さでは無いですけどそれなりに自信はありますね」



「それなら話が早いです、現在ランスロット殿の引越しで大人しくなっていますがどの派閥も貴方を勧誘しようと必死です、その内戦争が巻き起こるかも知れません……我らがグレルド派閥に属するのであれば身の安全は保証します、勿論娘さんも」



そう言ってランスロットの背後を指差すイルフリード、それに振り向くと頭を半分出しのぞいて居るマリスの姿があった。



一体何をしているのか……理解不能だが悪い条件では無い、だがもう少し粘れそうだった。



「身の安全ですか……正直自分の身は自分で守れるのですがねー」



イルフリードの言葉に少し半笑いで答える、すると彼は少しムッとした表情をした。



「そうですかね、貴族だからと舐めて貰っては困りますよ……背後に何が潜んでるかも分からない内は」



「いやー、これは失礼しました、ですがどの派閥に属するかは少し考えさせて下さい」



イルフリードの少しトーンが低くなった言葉に明るく笑って返すランスロット、するとその言葉に呆れる様イルフリードは笑った。



「まぁ……気が向いたらグレルド邸にお越し下さい、これは地図です」



そう言いイルフリードは地図だけを手渡し帰って行く、彼の去る背中を眺めながらランスロットは小さくガッツポーズをした。



彼は『背後に何が潜んでいるか』と言った、つまりバックに何か強力な組織が居ると言う事……これは大きすぎる収穫だった。



「ランスロット、誰?」



頭を半分出して覗いていたマリスがリビングから出て来る、そして半開きの扉から外を見ると不思議そうに尋ねた。



「イルフリードと言う男らしいです、グレルド派閥の右腕的存在でしょう多分」



「ふーん……まぁ何でも良いけどお腹空いた」



無関心にそう告げると頭にもちょろけを乗せてリビングに戻って行く、その姿にランスロットはため息を吐いた。



もう少し関心を持ってくれても良いものだが……まぁ仕方無いのだろう。



「今オイル用意しますねー」



ランスロットはリビングにいるマリスに聞こえる様少し大きめの声でそう言うとオイルの保管してある二階へと上がって行った。

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