124 魔法都市と呼ばれる所以




 それはそうとして、聞き漏らした言葉がある。正確には聞こえていたが、脳が理解できなかった。初めての言葉だったからだ。

 クリスは首を傾げたが、彼女は言い直してくれなかった。そのままヴィヴリオテカの説明を続ける。


「この地はかつて、魔力素の嵐が巻き起こる不毛の大地だったそうよ。地下から間欠泉のように吹き出していたみたいね。それを『偉大なる魔女』が制御してくださった。感銘を受けた魔法使いたちが挙って弟子入りし、やがて学校が生まれたのよ。それが魔法都市ヴィヴリオテカの始まりね」

「そ、そうだったんですか」


 棒読みになってしまったのは仕方ない。あの・・魔女様がやったとは思えない偉業を聞かされたからだ。

 きっとクリスの知っている魔女様とは違う。

 そんな簡単に、知り合いの過去に触れるなんてことは――。


「今はどこで何をしてらっしゃるのかしらね。もうかなりのお歳のはずだけど」

「お幾つぐらいの方なんですか?」

「ヴィヴリオテカが都市に昇格したのが百年ほど前だから、それよりもまだ前の、そうねぇ」


 クリスは女性の言葉に唖然とした。普通の人は百年も生きない。もちろん、種族特性があって人族以外なら可能性はあるが。

 そんなクリスに女性は気付いたようだった。「ああ、そうよね」と呟いて、更に続けた。


「とても珍しい血筋なのよ。エルフとドワーフの血を引いていらっしゃると聞いたわ」

「エルフとドワーフ……」

「ええ。当時はとても珍しくて、いろいろあったから隠していらっしゃったそうね。知らない人もいるぐらいよ」


 女性は少し考え、それからクリスに小声で告げた。


「そうした人のことを『ストレンジ』と呼ぶの」


 何故、彼女が小声になったのか。クリスはなんとなく分かってしまった。

 そして、さっきクリスが聞きそびれた言葉はこれだったのだ。


「『変わってる』って意味らしいわ。ニホン族の言葉だそうよ。そもそも彼等が言い出したそうだから」

「……何をですか?」

「エルフとドワーフの間に子供が生まれるなんて『変』だって」

「そう、なんですか?」

「確かにそうね。どちらも少数民族ですもの。でも珍しいだけで変ではないわ。ただ、当時は言い方がクールだからって広がったみたいなのよ」

「クール?」

「ニホン族は面白い発明をするでしょう? 憧れてる人は多いわ。もちろん事件を起こしたニホン族もいるけれど。そのせいで、今度はニホンの言葉を使わなくなったりね」


 でもね、と彼女は小声で継いだ。


「ヴィヴリオテカにいる魔法使いは、ニホン族に憧れてる人が多いわ。あなた、冒険者だったわよね?」

「はい」

「冒険者の中にはニホン嫌いも多いそうだけれど、大きな声で言ってはダメよ。魔法使いが反発するわ。彼等にそっぽを向かれたら、この都市では生きていけないの」


 もちろんあなたは言わないでしょうけれどね、とウインクする。話をするうちに、クリスが見た目よりもしっかりしていると気付いたらしい。

 クリスは子供の振りは止めて、ちゃんと頭を下げてお礼を言った。




 ――公園に行こう。緑が見たい。

 思い立つと、クリスは急ぎ足で進んだ。ギルド本部に近い中地区の公園ではなく、下地区のごちゃっとした公園がいい。できれば外壁を出て森に入ってみたいが、依頼を受けずに出るのは得策でない。

 住民ではない人間が都市に入る際、幾らかの税が必要だ。これは都市によって違う。

 クリスは冒険者ギルドに異動届を出しているため、滞在中の出入りは可能だ。そのための入市税でもある。中には「依頼を受けていない」という理由から毎回入市税を取る門兵もいる。それが悪いわけではない。ルール上も問題はなかった。

 悪人がこの制度を利用する場合があるからだ。

 依頼を受けているなら責任の所在は依頼したギルドにある。門兵が厳しくチェックする必要はない。

 入市税を払えないクリスではないが、無駄なものにお金を使うのは嫌だった。

 よって、くさくさしてようが森が懐かしかろうが、一番行きたい場所より二番を選んだ。


 屋台でドーナツを買い、クリスとイサは公園の隅にあるベンチに座り込んだ。


「紋様紙、買ってもらえなかったね」

「ピル」

「冒険者ギルドにも仕事なかったし」

「ピルル」

「なのに、贅沢にもドーナツ買っちゃった」

「ピッ」


 イサが気にして、ちぎった小さなドーナツの欠片からトトッと跳ねるように飛んで離れる。

 クリスは笑って、ドーナツの欠片が乗ったハンカチをずいっとイサの方に押した。


「買っちゃったんだから食べてくれないと」

「……ピルゥ」

「ごめんってば。食べる前に言う冗談じゃなかった」

「ピ」


 戻ってきたイサはクリスとドーナツを交互に見た後、急いで突っついた。

 クリスもちょっと詰め込む感じで残りのドーナツを口にする。

 飲み物はリュックに入れて用意してあったお茶にした。なんだかんだでクリスは冷静だったようだ。

 イサには専用の小さなコップを出して入れてあげる。


「エイフが戻ってくるまで、少しでも稼いでおこうと思ったのにな」


 高級宿を取ってもらって待つだけのパーティーメンバー、その存在意義について考えてみる。どんなに良いように言ったとしても、おんぶに抱っこじゃないか。クリスは溜息を漏らした。


「他にできる仕事って『家つくり』だよねえ。ダメ元で建築ギルドに行ってみようかな」

「ピルル」


 重い腰を上げ、クリスはまた中地区に戻った。



 結果は全滅だ。そう、全滅だった。建築ギルドはおろか、職人ギルドでもクリスが受けられるような仕事がない。また登録すら許可されなかった。

 ヴィヴリオテカでは成人しないとどちらのギルドにも登録はできないそうだ。これは珍しいことではない。子供に力仕事をさせてはいけないと考え、それを実行できる余裕のある大きな町にありがちなルールだった。むしろ子供の権利について考えられているため、良いルールではある。

 ただし、働きたい子供にとっては迷惑だ。

 養護施設に入りたくない子供にとっても。


 養護施設は合う合わないがある。クリスには合わなかった。

 神殿が運営するため食べるものには困らないけれど、個人でお金を持つことは実質禁止されていた。資産があるのなら施設にいる理由はない。施設が寄付で成り立っているからだろう。

 また女の子は家事と子守り係で、勉強はさせてもらえなかった。辺境の地に多いのだが、女の子は結婚すればいいという考えが根付いていたせいだ。これも悪いわけではない。強い男性の庇護下にあると安心して暮らせるから結婚を目標にする女の子も多かった。

 ただ、クリスには無理だった。

 クリスは自分の力で立っていたかった。


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