027 依頼の理由と万年筆の不安
ペルを預けに本部ギルドへ戻ったが、別れるまでに二時間を必要とした。
厩舎の様子を確認し、調教師にも挨拶した。
どんな風に訓練しているのか見学もしてから、クリスはペルの説得にかかった。
ペルは頑固なところがある。だから何故こういうことになったのか、一から丁寧に説明した。
途中で調教師が呆れていたが、それでも一緒になって説得してくれた。おかげで、ペルも「仕方ないわね」と受け入れたのだった。
「ブルブル……」
「分かってるよ。子供じゃないもの。安心して」
「ピッピピピ!」
「ヒヒーン」
「イサは今は黙っててね?」
「……ピル」
それほど長く預けるつもりはない。急ぎの分を終えたら、その後はいつも通りにゆっくりできるはずだ。ゲイスもいなくなるから採取仕事だってできる。
子供を心配するかのようなペルを宥め、クリスは厩舎を後にした。
アナとワッツには、馬車の預かり所についても相談している。探しておくと請け負ってくれたため、そちらも後回しにした。
家馬車を預けているガオリスのところへ顔を出し、こういう事情だと説明したら「いいよいいよ」と許してもらえた。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、彼の好意に甘えた。
宿に戻ると早速、仕事に取りかかる。
今回、最も必要なのは「
上級紋様紙が必要な理由は依頼者の資料に書いてあった。
迷宮の最下層で幻想蜥蜴の群れに悩まされているらしい。外からやって来たニホン族には魔法士、探査士、治癒士といった上級スキル持ちのメンバーがいる。
ところが、精神攻撃をしてくる幻想蜥蜴が相手では上手く躱せないらしい。
幻想蜥蜴はその名の通り、幻想を見せる。これは精神攻撃と呼ばれるものだ。
精神攻撃は、ただの結界では阻めない。万能感のある魔法士スキルでも難しいそうだ。
魔法士スキルは攻撃魔法に特化しているからだ。満遍に魔法を使えるような訓練をしていれば違うらしいが、なまじ魔法の威力が高いだけに大抵の魔法士は攻撃能力だけを上げる。大盾士や結界士などの上級スキル持ちがメンバーにいれば、大抵の攻撃が防げるのも拍車を掛けた。今回は残念ながら、そのスキル持ちはいなかった。
ガレルのクランにも、そこまでの上級スキル持ちはいない。
幻想蜥蜴は対策さえしていれば、地道に倒すだけで済む。
しかし、下層というだけあって大量に湧いている。まして、群れをなすほど多いということは、階層主が幻想蜥蜴の親玉という可能性は高い。今でも苦戦していることを考えたら、念入りの対策が必要だ。
それでなくとも地道な狩りに疲弊していた前線組は、ここで一気に片付けたいと考えた。
それが、紋様紙による対策だ。
上級の「完全結界」を使った上で「模倣」による攪乱を行う。精神攻撃に対する方法の一つとして有効なのが、相手の技を模倣して返す方法だ。
クリスも魔女様の家で「魔物の大量虐殺方法」という本を読んだことがある。ふざけた題名だったけれど、ためになることもたくさん書いてあった。
今のところ、地道な戦い方法として、魔法士が鏡を使った攻撃返しをしているそうだ。
でもランクの落ちる結界だけで防ぎながらの攻撃返しだから、大変らしい。
また、上級スキルの魔法士が使う攻撃では、効果が絶大すぎて落盤の可能性がある。特に幻想蜥蜴のせいで、どこが壁なのか天井なのかが分からない中でのことは危険だった。
だから、エイフのような「剣豪」スキルを使った物理攻撃で一匹ずつ殺すかない。
依頼には「真空」も欲しいとあったが、これはワッツと相談の上、作らないことにした。真空にすることで幻想蜥蜴が死ぬと思ってのことだろうが、迷宮内では魔力が溢れているため意味がない。
それなら、同じ上級スキル「魔力遮断」の方が効率がいい。
結界で囲んで魔力を遮断する二重の能力があるからだ。真空はあくまでも空気を抜くだけだから、迷宮の魔物には効かない。
依頼のための書類を見たからこそ提案もできた。
クリスだって二度手間は嫌だし、さっさと終わってくれた方が助かる。
魔法ギルドとの確執にも巻き込まれたくない。
実は今回の件が終わればガレルを出て行こうかと考えていた。
なにしろ、今回の報酬で家馬車の残りの代金を支払い終える計算だ。
旅の物資を買い溜めたいから、まだもう少し滞在する必要はあったが、ここを出て行くことに未練はなかった。
迷宮都市ガレルを出て行く。
以前なら「目的地」となっていたガレルを出ることはショックだっただろう。でも今は家馬車がある。家ごと旅ができるなんて楽しいことだ。
クリスは、ふんふん鼻歌交じりで紋様紙を描いた。
イサが自分の巣で遊んでいるから相手をしなきゃ可哀想という気持ちも薄れ、クリスは一心不乱に頑張った。
万年筆はリズミカルに動く。
ペン先がこなれてきて描きやすいが、そろそろ本格的に新しいものが欲しい。普通の万年筆ではダメだ。
細い字が描けること。そして、なめらかに描けること。
「このままだと本当にインクも足りなくなるし、まずはインクの材料を集められる場所へ向かった方がいいのかな」
万年筆については、少し考えていることがある。
クリスは一段落したところで、イサを呼んだ。
「ピッ?」
「あのね、イサは妖精だよね?」
「ピピピ」
「先輩の妖精さんたちに仕事を依頼することって可能かな」
「ピ……?」
「細かい作業が得意な妖精さんがいるって聞いたことがあるの。あのね、このペン先見てくれる?」
「ピッ」
万年筆を見せる。魔女様からもらったものだ。二本あるうちの一本は自分用だから、予備がなくて心許ない。しかも、売り物用に使っている万年筆の方が調子が悪くなっていた。専門家に調整してもらう必要がある。でも、ガレルには万年筆を作る者がいなかった。つまり専門家がいないということだ。
「ペンポイントを見てくれるかな。ほら、この二つのペン先、違いがあるでしょ?」
「ピ」
「細字をね、描けるものが欲しいの」
「ピピ」
「人間が作る万年筆のペン先はどうしても手紙用としてだからか、太めなの。紋様紙用として改良された、このペンでさえ本当はまだ太いのね」
魔女様もこれが限界だと言っていた。
このペン先があるから、クリスは自分用の小さな紋様紙を描くことができる。
売り物は太字でも問題ない。紋様紙が大きいのも、そのせいだ。
けれど、持ち歩きができて、すぐに取り出すことのできる小さな紋様紙はクリスの生命線だ。
「せめて同じものを、できればもう少し細く描けるペン先が欲しいの」
「ピッ」
「頼める妖精さん、いないかな?」
「ピピピ! ピッピ!!」
イサは机の上で踊った。ある、と言っているようだ。彼用に作った文字一覧表をサッと広げると、文字の上を急いで飛び跳ねた。
「……た、の、め、る? ほんとっ!?」
「ピピピ!!!」
任せて!
そんな顔と態度で、イサは請け負った。
胸を反らせて、嘴を天井に向けるという格好で。
その夜、クリスはイサの大好物であるナッツを大量に献上したのだった。
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