第51話 婚姻の条件にて候

 織田家と松平家との同盟締結が終わって、俺はいつもの日常に戻る事が出来た。




「墨、墨が足りないぞ!」


「紙だ。紙を持ってこい!」


「あー、休みが欲しい~」




「「「俺(わし)もだ(!」」」


 まあ、いつもの日常だよ。ハハハハ、ハァ~



 さて、織田家を取り巻く環境は昨年と少しだけ変わった。


 北の美濃は、斎藤道三が復権した。


 しかし東美濃の遠山家は依然として武田に従属している。

 噂では夏には武田家が遠征して来るのではと憶測を呼んでいる。


 西の伊勢、長野家と北畠家は相も変わらず静かだ。

 出来れば美濃ではなくて伊勢に侵攻したい。

 長野家と北畠家はそれほど仲が良い訳ではない。

 結束されると厄介だが、上手くやれば各個撃破出来るだろう。



 東南は、松平家と同盟を結んだ事で安全を一応確保出来た。


 元康は信用出来るかは分からないが、今川が居る以上は下手な行動は出来ないだろう。



 こうして見ると北を警戒するだけで今は大丈夫のようだ。

 一年と半年前はどこも敵だらけで謀叛を警戒してもいた。

 今はそれに比べたらよほど安全と言えよう。


 そして、俺と小六の婚姻はまた先延ばしになった。


 市姫様から条件を突き付けられたからだ。


 内容は『一城の主』になる事。


 むちゃくちゃである!?


 何でこんな条件付けられるの?

 もうね、こんな所出て行ってやろうかと本気で思ったね。

 しかし、理由も述べられたのだ。


「そなたは農民上がりの成り上がりに過ぎん」


 それが何ですか? 知ってますよ。


「小六は美濃の有力国人衆の家格」


 それも知ってますよ。家の格が違うから結婚出来ないんですか?


「寧々は弓頭浅野の養女だ。寧々だけなら何の問題もない」


 嫌だね~今さらそんな事言わないでくれよ!

 いや、ちょっと待て!

 何でさらっと寧々も嫁に来る事になってんだよ!


「そなたが小六と婚姻を結べば、蜂須賀家が色々言われるのだ」


 農民上がりだから? 成り上がりだからですか?


 そんなの知ったことかよ!


「周りを黙らせるには、そなたが大功を立ててさらに出世するしかない」


 それで周りが納得するのかよ?


「一城を得るのほど大功を立てよ。そして織田家の家老になってみせよ」


 大功を立てよって言われても、俺の今までの働きじゃあ足りないのかよ?


 平手のじい様が俺に忠告する。


「今までがおかしかったのだ。そなたはあまりに姫様に近い。辺な誤解を起こされては堪らぬ。誤解されても良いほどの大功を立てれば良いのじゃ」


 うん、誤解されても?


「とにかく、そなたは功を立てる事を考えよ。よいな!」


 しかし、功を立てよですか。

 俺は右筆の仕事だけで手一杯なのに?

 どうやって功を立てれば良いのやら。


 困った時はホンレンソウだ!


 早速相談するとしよう。


 相談メンバーは、『又左』『勝三郎』『小一』だ!


 又左、勝三郎は当然として小一が居るのはこういう相談事等の案件が増えるだろうから、そう言う事に慣れさせるためだ。

 後は、小一みたいに武士でない者が案外良い考えを出すかも知れないしな。


「……と言う訳なんだが、何かないか?」


「そうか。藤吉も婚姻を意識していたのか。さすがに藤吉も気づいていたのだな?」


「うん、何をだ?」


「よせよせ勝三郎。こいつがそんなに察しが良いわけなかろう。なんせ寧々にも手を出さんのだからな」  


「な、寧々は関係ないだろうが、寧々は!」


 寧々は妹枠だよ!断じて嫁枠ではない!……と思う。


「関係ある!お前が早く寧々を貰わないと、俺がまつと婚姻されられるのだ!」


 俺と勝三郎は同時に頭を抱える。小一は話についてこれないようだ。


「お前の事はどうでもいい!それよりも」


「どうでもいいとはなんだ。どうでもいいとは!」


 そして俺と又左の醜い言い争いが。


「てめえはとっととまつと一緒に成りやがれ!」


「うるせえ! 俺はまだ独り身で居たいんだよ!」


「この甲斐性なしが!」「そっちがだろうが!」


「止めんか。このバカども!」


「うるせい。この妻帯者が!」「そうだ!この裏切り者!」


 勝三郎は既に結婚している。それに今年、子供も産まれている。


「妻がいて何が悪い。裏切り者とはどういう意味だ!」


「勝三郎にはまだ相手がいないと思っていたのに、この前いきなり紹介されておまけに子供まで。俺なんてまだろくすっぽ何もしていないのに!」


 そうだよ、俺はまだなんだよ!

 俺と小六がいい感じになると必ず誰かが邪魔すんだよ!


「本当なのか、小一郎?」「本当です」


 小声で小一に確かめる勝三郎。その目は俺を憐れんでいた。


「な、こいつはこういう奴なんだ。人の痛みが分からん奴なんだ!」


「それは取り消せ。人の痛みが分からんのはお前だろうが又左!」


「そうだ、そうだ!お前この前も侍女のみえさんに手を出しただろう。俺の所に苦情が来てたぞ!」


 そうだよ。思い出した!又左の苦情案件が何故か俺の所に回って来ていたのだ。

 この忙しい時にふざけんなと思ったね。

 迷惑だから直ぐに捨ててやったよ。

 当人同士で解決しろと書きなぐってやった。


 次いでにまつにもチクってやった!ざまあみろ!


「そんな事知らん。俺は誰にも縛られんのだ!」


 ビシッとポーズを決める利久。


「「お前はバカだ!」」 「なんだと!」


 いつの間にか相談事ではなくて互いにの悪口を言い合っていた。


「もう帰ってもいいですか?」


「「「駄目だ!」」」


 小一が帰ろうとしたが逃がすわけがない。


 お前も今日から俺らの仲間だからな!




 ※※※※※※




「ここがそうか?」


 一人の僧が輿から降りて、ある屋敷の前にいた。


「「止まれ。そこの僧。名を名乗れ」」


「無礼ぞ。この方をどなたと」


「よい、よい。そこの者。臨済寺の者が来たと中の者に伝えられよ」


「「臨済寺?」」


「そうじゃ、臨済寺と言えば分かる」


「「しばしお待ちを」」


「さて、どうして居ったのやら?」


 しばらくして。


「「どうぞ、御坊」」


「うむ」「では、我らも」


「「待たれよ!御坊お一人だけだ!」」


「何を!」「よい、よい。外で待つがよい」




 そして、僧一人が屋敷に入った。


 案内された部屋には一人の女性がいた。


「お久しゅうございますな。姫様」


「和尚。そなたか」


「はい、我にございます」



 今川 長得と太原 雪斎が尾張木下屋敷にて再会を果たした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る