第30話 反抗の開始にて候

 『よし、俺に任せろ!』


 男なら一度は言ってみたいセリフだよな。


 しかし、このセリフを言って大概の人は後悔するだろう。


 そして俺もその一人だ。


 人を助ける前に自分の身の安全を確保しないといけない。

 まずはそれからだ。

 俺は家族に身の周りの物を整理させる。

 清洲に居るのは危険だ。

 一旦離れて様子を見ないといけない。


 直ぐにでも市姫様を救いたいと言う寧々の思いは分かるが、まだ直ぐにどうこう出来る訳ではない。


 体勢を整える。


 それから行動する。


 だが体勢を整えながら情報を集めないといけない。

 誰が敵で誰が味方なのか?

 そして、味方とどうやって連絡をつけるのか?


 課題は沢山だな。


 大学時代を思い出す。


 やたらめったら課題を出されてそれに四苦八苦する。

 そして課題を出した教授はそれを見てほくそ笑むのだ。

 この場合ほくそ笑むのは信行達か?


 それを思うとやる気が出てくるな!


 大学時代は単位の為、卒業の為だが今回は違う。

 俺を助けてくれた恩人の為だ。

 まずは当初立てた計画通りに動こう。

 小一は家族と荷造りだ。

 小六と手下は外で活動する。

 そして俺は寧々から姫様達の情報を集めよう。


「寧々、どうやってここに着た? まつや又左はどうしてる? ゆっくりでいい。落ち着いて話してくれ」


「は、はい」


 屋敷の奥の部屋で二人で話す。

 なるべく寧々の姿を隠さないといけない。

 俺達家族がここに居ることは分かっているだろうが一応用心しておく。


 寧々の話は信行達が城に来た時からだった。


 寧々はいつものように吉乃様の側付き侍女として吉乃様と奇妙丸様の世話をしていた。

 するとそこへ武装した兵達が現れた。


 その中に信行の姿もあった。


 信行は吉乃様に自分が一門筆頭と後見役を信光様から引き継いだと宣言して、吉乃様と奇妙丸様を軟禁したのだ。

 自分と他の侍女は吉乃様と奇妙丸様の世話をする為に城に止め置かれたと。


「周りは兵達が見張っていて、逃げ出す事も出来ませんでした」


 それから数日して昨日の昼間に市姫様とまつがやって来た。


「びっくりしました。まつちゃんは頬を腫らしていたし、市姫様はかなり怒っていました」


 まつは抵抗したのか?


 それを見た市姫様はお怒りになったか。


「それから夜になってまつちゃんと私が外に連絡しようと城を出ました」


 ずいぶんと無茶をする。


 何でも奥屋敷からの脱出路が有り、そこから城を出たらしい。

 その後まつは又左の実家の荒子前田家に、そして寧々は俺の元に来た。

 寧々は一旦は俺の屋敷に向かったが誰も居なかったので、ここ蜂須賀邸にやって来た。

 そして馴染みの門番が居たので話をして俺がここに居る事を知って助けを求めたと。


 寧々は勝三郎や又左の事は知らないらしい。

 平手のじい様の事も知らない。

 吉乃様と奇妙丸様は無事で市姫様と共に居る。


 それだけ分かれば上出来だ。


 寧々は緊張の糸が切れたのか。

 話を終えるとすやすやと眠ってしまった。

 俺は寧々を起こさないように着物を上にかけてやり部屋を出た。



 寧々の話を聞く限りでは、まだ奇妙丸様と市姫様は殺される事はないだろう。

 今殺す事で得るメリットとデメリットを考えるならば、デメリットが大きいと思う。

 今現在尾張の主は織田奇妙丸であり陣代の市姫様だ。

 仮にこの二人を殺すと何が起きるか?


 尾張各地で造反が出るだろう。


 そもそも信行は人気がない。


 全く無いと言っていいだろう。

 なぜなら信行が信長を殺した、もしくは毒殺したと噂が絶えないからだ。

 この噂、広めるように指示したのは亡き信長だ。

 噂を広めた平手のじい様と勝三郎から直接聞いているから間違いない。

 信長は信行を信用ならない、信頼できない人間としてしまう事で織田家後継者の資格無しとしたかったらしい。


 この策はズバリ当たった!


 噂が原因で信行は民にも人気がない。


 そんな人物が当主と陣代を同時に殺せば………


 誰も信行について行かないだろう。


 かえって野心ある人物が我こそはと立ち上がる筈だ。

 そうなると尾張は、美濃斎藤、駿河今川の餌食だ。


 だからそんなバカな事はしないはずだ。


 まずはある程度時間をかけて奇妙丸様から正式に家督を譲られるようにするだろう。

 陣代である市姫様は誰かの下に嫁に出してしまえばいい。

 後は信光様を二、三年後にでも殺してしまえば尾張は信行の物だ。

 平手のじい様は一家臣でしかない。

 何らかの理由をつけて領地没収等して力を奪えばいい。

 それも二、三年後ぐらいだ。


 俺のこの計算は甘い見積りだが間違ってはいないはずだ。


 この計算が一年か、数ヶ月後に早まる事はあるかもしれないが、数日後に殺される事はないだろう。


 問題は勝三郎達近習だ。


 彼らがどうなるか?それは正直分からない。


 勝三郎達が一斉に殺される可能性は無くもない。

 一斉に殺してから罪をでっち上げる。

 この場合は謀叛を起こそうとしたとか?

 まあ罪は何でもいい。

 要は勝三郎達をまとめて処分できるだけの罪があればいい。


 そしてその時に怒り狂った親族を根絶やしに出来るだけの兵力が有ればいいのだ。


 そう、兵力だ!


 信行側の兵力が知りたい。

 こっちは馬廻衆だけで三千はいるのだ。

 今は率いる人間がいないが戦力はある。


 確か名古屋城の兵は千人ほど、これに林と柴田の兵力を合わせても三千に届かないはずだ。


 上手く人質を解放して馬廻衆を味方にして使えば勝てる! ………はずだ。


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。


 これじゃあ、浮野の戦いと同じだ。

 予測だけで戦うのは無謀だ。

 ちゃんと考えないといけない。


 まずは反信行派の旗頭を見つけないといけないな。


 誰がいるだろうか?


 佐久間盛重は市姫派だ。


 彼に立ってもらうか?


 いや、駄目だ。


 佐久間家は家臣団三番手だ。

 旗頭としては弱い。

 それに今、佐久間家と連絡を取るのは難しいだろう。

 きっと監視されている。


 やはり織田家一門の人間だろう。


 誰か、誰かいないか?


 俺は部屋の廊下を行ったり来たりしながら考えたが思い浮かばない。


 小六が帰って来てから相談してみるか?



 その後、帰って来た小六と相談してみたがいい考えは出なかった。

 しかし小六は津島の堀田道空と連絡を取って協力を取り付けた。


 これはデカイ。


 堀田家は織田家の支援者で強い発言力を持っている。

 彼が信行を認めなければ津島の商人は信行に投資しないだろう。

 そうなれば来年以降の金貸しがどうなるか?


 そうだ!


 道空殿に相談してみよう。

 彼は織田一門にも詳しい。

 今、信光様に代わって一門筆頭になれる人物を知っているはずだ!



 そして数日後俺達は津島堀田家に来ていた。

 寧々も一緒だ。

 父親である浅野長勝(養父)には寧々の居場所は知らないと言うように言ってある。

 仮に強引に問われたらまつと一緒だろうと言うようにとも教えた。

 荒子前田家には悪いがせいぜい囮になってもらおう。

 又左を俺に押し付けた借りを返してもらわないとな。


 俺達は堀田家が用意した屋敷に一時厄介になる。

 そしてここから母様ととも姉、弥助さんと朝日は蜂須賀党のいる村に匿ってもらう。

 美濃なら尾張に居るより安全だ。

 これで家族の安全は確保した。


 残った小一は俺と一緒に行動だ。


 色々と手伝ってもらわないとな。


 寧々も母様と同行するように言ったがここに残って手伝うと主張した。

 朝日も一緒になって手伝うと言ったが母様に説得されて渋々引き下がった。


 だが寧々は残った。


 案外頑固なんだな。


 母様達を屋敷に残して、俺と小一と小六は道空に会いに行った。


 協力のお礼とこれからの事で話合う為だ。


 道空とは軽い挨拶をした後に、早速本題に入った。

 商人は無駄な時間を嫌う。

 俺もそうだ。

 話は早いほうがいい。

 しかし道空からは意外な話を聞かせてもらった。


「関所が出来てる?」


「そうです。清洲と名古屋を繋ぐ道に数ヶ所です。おかげで余計な銭と時間が掛かっています」


 知らなかった。関所が出来てたなんて?


「もしかしたら、この先関所の数が増える可能性が?」


「あるでしょうな。おそらく信行様は昔のように関所を設けて税を安定的に獲たいのでしょう」


 バカなやつだ。


 それが本当なら尾張の経済力はどんどん下がって行くぞ。

 人も物も関所でストップだ。

 美濃に人と物が集まるかもしれない。

 人を制限する事で情報の遮断を意図しているのかもしれないが、それは悪手だ。

 経済を舐めているとしか言いようがない。

 数ヶ月後には、いや三ヶ月後にはそれを実感するはずだ。

 そしてそれを補おうと更に関所を増やすかもしれない。

 悪循環の始まりだ。

 せっかく回り始めた経済を自ら閉じるなんて?


 だが、これなら……


「信行では津島は発展しませんよ?」


「そうかもしれませんが、姫様がいませんと」


「信光様に代わる人物を立てます。その方に信行を排除させるのです。誰かいませんか?」


「信光様に代わる人物ですか?」


「そうです。誰かいませんか?」


 道空は腕を組んで考え込む。


 信行は自ら墓穴を掘った。

 織田家が力を持ったのは津島の経済力のおかげだ。

 その力を弱めるということは自分の力を弱める事になる。

 信行は父信秀の何を見ていたのか?



 道空が突然柏手を打つ。


 何か思い付いたようだ。


「二人おられます」


「二人も?」


 一人で十分だがもし断られてしまったらと思うともう一人いても良いだろう。


「一人は信行様の弟の『秀孝』様です」


「秀孝? 様」


「左様です。もう一人が庶子ですが長男の『信広』様です」


『織田 秀孝ひでたか』は知らないが、『織田信広のぶひろ』は知っている。


松平竹千代まつだいらたけちよ』こと『徳川家康とくがわいえやす』と人質交換された人物だ。


 確か史実では一門筆頭にあった人物だ。


 よく知らない秀孝より信広の方が年も上だし頼れるだろう。


「道空殿。信広様と連絡は取れますか?」


「取れますな」


 よし、織田信広に旗頭になってもらおう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る