第13話 双六勝負にて候

 双六。




 俺が知っている双六は、絵双六と呼ばれる物だ。

 賽子をふって出た目の数だけ進みゴールを目指す。

 しかし、又左達がやっている双六は盤双六と呼ばれる物だ。


 明確なルールを俺は知らない。


 と言うか、おそらく現代の日本人の多くは盤双六を知らないはずだ。

 歴史が好きでも賭け事の歴史はよく知らない。



 知らない事は恥ずかしがらずに聞くことだ。


 勝三郎に聞いてみると盤双六の事を詳しく教えてくれた。

 簡単に言うと陣取り合戦だ。

 敵より早く自分の陣地に石を全て置けば勝ち。


 本双六とも言うそうだ。


 ローカルルール等の地方によって細かいルールが有るが、とにかく敵より早く上がること。


 こんな感じで……



「よし、これで三つだ」


 石は全部で十五個。


 又左は既に三つの石が上がっている。


 対して女の方は一つも上がっていない。


「ふーん。言うだけあって上がるのが早いね。ぼうや」


 余裕の表情だ。


「では、もう一つ。おっとこれは」


「進めないねえ」


 二つ以上の石が置かれている陣地には石が置けない。


 又左の石が進めない。


「じゃあ、私の番だよ。あは、ついてるねえ」


 女の石が又左の石が一つしかない陣地で止まる。

 すると、又左の石が中央の陣地に置かれる。

 又左の石が弾かれたのだ。


「くそ、次だ。次」


 又左が賽子をふる。


 またしても先に進めない。


「あら、ダメだったねえ。私の番ね」


 また又左の石が弾かれる。



 結局、又左は全ての石を弾かれて負けた。


 ついでに連敗中だ。


「おい又左」


「なんだ藤吉」


「お前、もしかして?」


「いやー、難しいな双六は。さっぱり勝てん。囲碁なら得意なんだが」


 やっぱりこいつ、初心者か!


「お前。分かってんのか! いくら負けてるか分かってんのか!」


「大丈夫、大丈夫だ。だいぶ分かって来たからな」


 ダメだこいつ。


 全然分かってない。




「代われ、俺がやる」


「うーん、あと一回。あと一回だけ頼む」


 …………ダメ男のパターンだ。


 そのあと一回でどれだけ負けるんだ。


「とっとと代われ」


「次は勝てるのに」


 又左はブー垂れていた。


「お前は横で見てろ」


「仕方ねえな。頼むぞ藤吉」




「お前と一緒にするな!まぁ見てろ」


 気合いを入れる俺。


 でも、大丈夫かな? 俺も初心者だし。




 ちなみに途中交代は有りだ。


「ふう。私も少し休もうかね。お前がやりな」


「へい、姐さん」


 姐さんか。


 確かに雰囲気が有る。


 周りの男達が姐さんと呼ばれた女の肩を揉んだりしている。

 女はキセルを持ち出して脇息にもたれ掛かった。

 そしてキセルをくわえて煙を吹かす。

 しなを作ったそのポーズはセクシーだ。


 この時代に来て良かった、と思うかよ。


 いかん、いかん、いかん!


 見とれていては駄目だ!



 早く始めないとな、早く、な!



「これで終わりだ」


「ぐ、ちきしょう」


 ふぅ、まずは一勝。


 まだ又左の負け分を取り返しきれてないが、とにかく嫌な流れを断った。


「はぁ、しっかりしな。まったく。次はお前だよ」


「へい、姐さん」


 どうやら女はまだ休憩か?


 代わりに肩を揉んでいた男が出る。




「おい藤吉。他の」「ここにいろ又左」


 暇になるとそわそわする又左に釘を指す。


 他所に行って負けられても困る。




「なぁ、なら次は俺に」「駄目だ」


 又左を見ないで即答。


 いじけた利久は床に寝転んでしまった。


 邪魔しないなら良いか。



「いくぞ。おら」


「勝手にどうぞ」


 威嚇のつもりだろうが通用しないよ。


 俺はもっと怖いのを知ってる。


 家の祖父とか、祖父とか、祖父とか。


 本当に怖いんだぞ!何度も泣かされたからな!




 結果、俺の連勝。



「よし。これで」


 負け分を取り返しプラスに転じた。


 勝った金額は五百貫。


 少しだけ見えて来たぞゴールが。


「はぁ、しょうがないねえ役立たずが」


 冷たい視線で部下を見る女。


 キセルを逆さまに持ってコーンと打ち付けると灰が木鉢に落ちる。


 なんかカッコいいな、おい。


 俺もやってみたいぞ。


「ねぇ、あんた。賭け金を上げないかい」


 現在の賭け金は一回につき証文一枚。


 つまり一口百貫だ。


『一口十貫じゃあつまらないな』と又左が賭け金を上げたのだ。


 自信満々に言う又左に俺はよほど自信が有るのだろうと思ったのだが、結果はご存じの通り。


 賭け金を上げた張本人の又左は既に寝ている。


 文句の一つも言いたいが今は賭け事優先だ。


 これが終わった後にきついお仕置きをしてやろう。


「一口五百貫だ。どうだい、受けるかい?」


 ふむ、一口五百貫か。


 後三回勝てば良いだけ。


 しかし、逆に五回負けたら………


「ちょっと待て。そっちは賭け金が有るのか?」


「ふふ。持ってきな」


 女は顎で部下に指図すると部下達は奥の部屋から箱を持ってきた。


「全部で三千貫。これで文句ないだろ」


 三千貫あれば余裕で任務達成だ。


 しかしこの金を見せたという事は、こちらの有り金全てを頂くという事か?


 迷ってもしょうがない。


 ここは一発勝負だ!


「よし分かった。一口五百貫だ」


「いいねえ。久々の大勝負だね。でも掛ける金が多いからねえ。立会人がいるね。おい、誰か呼んできな」


 確かにこれだけの大勝負だ。


 立会人は必要だろう。


 だったら。


「こっちで証文を書こう。どうだ」


「いいよ。お願いしようか」


 女の部下達が墨と硯を持って来る。


 スラスラと証文を書く。


「名前を聞いても良いかい」


「もちろんさ。あんたの名前は」


 証文には名前を書かないと意味がない。


『素性を詮索するな』と言われたがしょうがない。


「俺は『木下 藤吉』。 そっちは?」


「私は『蜂須賀はちすか 小六ころく』だよ」


『蜂須賀 小六』!?


 このバインバインなナイスバディなお姉さんが、蜂須賀小六!!


 マジか!?


「なんだい。そんな驚いた顔して。まさか、知らなかったって言うじゃないだろうね?」


「し、知らない」


 正直に答えた。


 知らないものは知らないですよ、はい。


 頭真っ白になった。


「なんだよ。てっきり。はぁ~まったく………」


 小六が何か言ってるが耳に入らない。


「姐さん。ちょっと」


「なんだい。こっちは」「すんません。ちょっとこっちに」


「ちっ、すまないねえ。ちょっと席を外すよ。お前はここに居な」


 部下の一人を残して小六は部屋を出て行った。




「又左は蜂須賀小六を知っているか?」


「あ~ん、詳しくは知らんな。確か川並衆と呼ばれる集団の一つに蜂須賀と言う名前が有ったような、無かったような」


 曖昧な答えだな、おい。


 それにしても川並衆の蜂須賀小六か?


 しかし女だとは思わなかった。


 てっきり山賊の頭のような出で立ちで筋肉ムキムキのマッチョで顔に傷のある不潔な男だと思っていた。


 それがあんな美人で色気ムンムンな人だとは?


 だがここで彼女と面識を得たのは大きい。


 それにこの後の事を考えれば……


 と考え事をしていたら小六が戻って来た。


「すまないねえ。時間をかけた。立会人はこの男だよ」


 見ると大小の刀を下げた一人の侍が居た。


 背の高さは百六十を越えるだろうか?


 年は三十前か?


 線は細いが痩せすぎてはいないようだ。


 柔和な感じのイケメンだ。


「『明智あけち 十兵衛じゅうべい』だ。よろしく」


 ご丁寧に頭を軽く下げる十兵衛と名乗った男。


 マジか!?


 今度は『明智 十兵衛 光秀』かよ!


 そりゃあ、ここは美濃だから居てもおかしくないけどさ。


 でもここは賭場だよ。


 何で居るんだよ!


 大勝負を前に俺はパニック寸前であった。

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