第12話 賭け事は苦手に候

 金が足りない。




 どうやっても兵糧を買う金がない。


 二万貫を頭の中で配分していた時は十分に足りていたはず。


 しかし、相場を考えてなかった。



 一貫で二石。


 それが普通の相場だ。


 しかし今は戦乱の世。


 金は有っても米がない。


 そもそも貨幣経済が発展したのは物がない代わりに貨幣を使うことで浸透してきたのだ。


 そして、現在の尾張の米の相場が一貫で一石と二斗。


 必要な米の量が五千石。


 約四千二百貫が必要だ。


 だが、用意できるのは三千貫が精々。



 残りの千二百貫を用意しないといけない。


 しかしこれ以上の借金は津島では出来ない。

 他に借金しようにも返済できるかわからない。

 熱田で借金するという手も考えたが熱田は信行達の息がかかっている。

 下手に熱田に借金して信行達に知られるのは不味い。

 そこから勘ぐられて岩倉織田家攻めを知られてしまうかもしれない。

 そうなると作戦その物を変更しないといけない。


 津島からの借金はいつもの事なので良いのだが、どうしたらいい?



 困ったら相談する。


 ホウレンソウは大事だ。


 俺と又左、勝三郎の三人で話し合う。


 市姫様に信光様、平手のじい様は動けない。


 と言うか準備に追われている。


 割りと暇している又左と、上と直接話が出来る勝三郎に話す事にした。




「金が足りない」


 嘘偽り無く真っ正直に話す。


 こう言う時は回りくどい言い方をしてもしょうがない。


 事実だけを話す。



「そうか。いくらだ」


「約二千貫」


 勝三郎の問いに即座に返答する。


「二千貫か? それは………」


 嘘を言っている訳ではない。


 本当の数より多めに言っておけば、後で足りなかったという事になるよりもいい。

 こうしている間も相場が上がっているかもしれないのだ。


「俺には妙案がない。他から借りる事も考えたが、尾張内だと足がつく」


「……熱田が使えんか」


 勝三郎は俺が言わなくても察してくれた。


 俺と勝三郎が、う~ん、う~んと唸っているのに又左は何も言わない。


「おい又左。何か無いのか?」


 一人だけ会話に加わらない又左に聞いてみる。


 すると利久がニヤっとする。


『あっ、こいつ何かろくでもない事を言うぞ』


 俺と勝三郎が互いに顔を見合わせて同じ事を思った。


「古来、金を稼ぐなら賭け事が一番だ」


 俺と勝三郎は同時に頭を抱えた。


「古来も何も賭け事で金を稼げるか!」


「そうだ。どうせ摩って終わりだ。ろくでもない」


 常識人である俺達二人からダメ出しを食らう又左。


 しかし、又左は折れなかった。


「時間が無いのだろう。十日や其処らで二千貫も稼げるか。どうだ?」


 ぐ、こいつやけに強気だな。


 日頃俺と勝三郎に言いくるめられているから調子に乗ってるな。


「大体、どんな賭け事で二千貫を作るつもりだ」


「それは勿論、双六だ」


 ………ダメだこいつ。


 俺と勝三郎は開いた口がふさがらない。


「ここ清洲だとあまり大口の賭けが出来ないが、美濃の井ノ口なら最低一口十貫だ。これなら稼げるだろう」


 一口十貫。


 ばかか、こいつ。


 そんな賭けが成立するか?


 成立してもほとんど胴元が持っていくに違いない。


 聞くだけ無駄だった。


「もういい」


「待て、聞いた事がある。一晩で三千、いや、五千貫当てた奴が要ると」


 おい、勝三郎君? 何言ってるの?


「そんなよた」


「そうだ勝三郎!それだ!」


 おい、止めろ。


「いけるかもしれない」


 それは逝けるだろうな。


「二人供、どうか」


「「これしかない!!」」


 人の話を聞けー!




 結局、二人の勢いに押しきられてしまった。


 俺と又左で美濃井ノ口に向かった。


 出発前に堀田家で二千貫の証文を書いてもらった。

 一つ百貫の証文、二十枚だ。

 現金を持ち歩く訳にはいかない。

 それに現金を持っていたら盗んでください、襲ってくださいと言っているようなものだ。

 これで井ノ口の商家でも換金できる。


 なるべく急いで向かう為、馬での移動だ。


 俺が乗る馬はポニーを少し大きくしたものだ。

 これは史実に近い。

 サラブレッドや道産子みたいな馬は存在しない。


 存在しないはず何だが?


 又左の馬は道産子みたいだ。


 この時代にあるまじき大きさ。

 突然変異の化け物馬だ。

 その名も『松風』


 松風って前田慶次郎の乗り馬の名前だったよな?

 何で又左の馬の名前か松風なんだよ?


 まぁ、深く考えたら負けなんだろう。


 考えない、考えない。


 全然納得しないが旅を急ぐ。




 ポニー事、馬に乗るのは初めてじゃない。


 つい最近も乗っていた。

 古戦場跡地を巡っていると馬に乗せてくれる場所もある。

 あれに比べるとこの時代の馬は小さい。

 俺くらいの背丈が有れば乗り降りも簡単だ。

 扱いも慣れたものだ。


 しかし、道が悪い。


 昔実家の田んぼの手伝いをした時の畦道にそっくりだ。

 それより幅は広いが地面むき出し草ぼうぼう。

 舗装なんてされてない。

 昔の人は、いや、今の人は大変だよ。ほんと。

 尾張を統一したら道の舗装を献策するか?



 そんな事を考えながら目的地を目指した。




 ここで美濃の国の俺が知っている事を少し話そう。


 現在の美濃の支配者は『斎藤山城守利政さいとうやましろのかみとしまさ』だ。


 道三とは名乗っていない。

 確か隠居した後に道三になったはずだ。

 今現在は現役バリバリの国主様だ。

 年は六十近い。

 正確な年齢は分かっていない。

 どうやら長良川の戦いは起こっていないようだ。

 まだ、隠居してないから当然か。


 親子仲が良いのか?


 少なくとも表立って対立している訳ではないようだ。


 そんな斎藤家は東は武田、北は越前朝倉、西は浅井、六角、南を織田家に囲まれている。


 武田とは東美濃の遠山家を間に挟んで睨み会い。

 朝倉とは和睦中。

 浅井は眼中になし。

 六角は畿内に目を向けている。

 我が織田家とは婚姻同盟を結んでいた。


 信長が死んだ後、濃姫はそのまま尾張に残った。

 葬儀に使者を派遣してきたが同盟を維持する話は出なかった。

 もしかしたら虎視眈々と尾張を狙っているかもしれない。



 しかし、どうにもな。


 死んでる人が生きてて、生きてた人が死んでるなんて違和感ありありなんだよ。

 信長が死んで狂ったのか?

 その前から狂ったのか?

 おそらく後者だろう。

 史実と違うから先の展開が読めない。

 面白いと思えば面白い。


 当事者でなければな。





 そして、道中何事もなく無事美濃井ノ口にたどり着いた


 今いる井ノ口は斎藤山城守の苦心の城下町だ。

 区画がはっきりと別れ、人の流れがスムーズだ。

 清洲が雑多なイメージなら、井ノ口は落ち着きのある町と言えようか。

 しかし、人の流入は清洲の方が多そうだ。

 清洲より井ノ口の人々の方がのんびりと言うか、余裕が有るように見える。


 これが斎藤山城守の治世か?




 そんな町並みを見渡しながら町を周り宿を取る。

 又左の説明によると賭場は夜からだそうだ。


 その時間が来るまで待つ。


 おそらく強面な人達が沢山居るんだろうな。


 本来ならお留守番をしていたいが、又左一人に行かせる訳にもいかない。


 目を離すと何をするかわからない。



 今回の美濃での資金集めは、上の連中には知らせていない。

 勝三郎も後になって冷静さを取り戻したが、もう遅い。

 やる気になった利久を止められなかった。

 仮に市姫様達に説明したらきっと反対される。

 それどころか市姫様も来たがるかもしれないと勝三郎が心配した。


 確かに市姫様だったら嬉々として付いてきたかもしれない。


 市姫様はおてんばな所が有るからな。

 きっと、いや絶対に付いてくるだろう。

 だからこの事は上層部は知らない。

 俺達の行方は勝三郎が上手く誤魔化してくれるだろう。

 多分帰ったら平手のじい様にこっぴどく叱られるだろうが。


 とにかく資金を手に入れる。


 それしかない!



 ※※※※※※※※



 日が暮れて、夜がやって来る。


 現代の夜よりも深い闇が辺りを包む。


 そんな中に一際明るい建物が有った。


 そこに近づくにつれ明るさと喧騒が聞こえてくる。


 『ようこそ、夜の町井ノ口に』


 建物の中に入った時そう聞こえた気がする。


 又左の後を付いていく俺。


「藤吉大人しく見てろよ。騒ぎを起こすなよ」


 騒ぎを起こすな、又左のセリフじゃないな。


 でも、周りを見ればそれも納得する。


 俺や又左より背が低い者達が俺達の周りを遠巻きにしている。

 場違い感が有るのは俺達だ。

 余計なトラブルは未然に防がないとな。

 絡まれるなんて持っての他だ。


 そんな周りの無遠慮な目を気にすること無く、又左は奥の部屋に向かう。


 まるで以前ここに来たことが有るかのようだ。


「おい、前に来たことが有るのか?」


「おう、有るぜ。信長様のお供でな」


 な、信長だと!


「信長様と来たのか?」


「前に来たときは信長様が婚礼前に斎藤山城に会うと言ってな。それでここに居ることを聞いて皆でやって来たんだ。そんで斎藤山城と会った信長様が双六を一緒にやったんだよ」


 信長は結婚前に道三と会っていたのか?


「その話本当か! 勝三郎は当然知ってるんだろうな?」


「ああ、勝三郎も知ってる」


「もしかして、ここに来たのは」


「斎藤山城守利政に会うためだ」


 なんで、そうなるんだ?


「何で?」


 かろうじてそれだけが言えた。


 ショックがでかすぎる。


「一口十貫って言っただろう。ふふん。それだけの賭け事をする人物は限られてる」


 女を口説く事以外脳がないと思っていたのに。


「ほ、本当に」


「まあ、斎藤山城に会えるかも知れないってだけだ」


「何だと!」


 ウソなのか?


「そんな大物も居るかも知れない賭場って事だ。今回は居ないみたいだがな」


「居てたまるか!」



「そら、着いたぞ。相手の素性を詮索するなよ。それがここの決まり事だ」


 部屋の前に居る門番みたいな男に金を渡す又左。

 男は何も言わずに戸を開けた。

 そこには既に相手が待っていた。



 女だ。


 女の後ろには男が三人いた。


 てか、デカイ。


 女は俺と同じか、俺より少し大きい。

 髪は長く、後ろに紐で縛っている。

 目付きが鋭い。


 年は二十代か?


 中々の美人だ。


 清洲城の女中でも上位に入るほどの美人だ。


 そして、デカイ。


 何がって、あれがすごいデカイ!


 男者の着物を来ているがそれを押し退けて存在を主張している。


 これは目に毒だ。


 視線がそっちに行ってしまう。


「あんた達が相手かい?」


 おっと、声に艶がある。


「ああ、そうだ」


「良いのかい。ここは高いよ?」


「だから来た。とっとと始めようぜ」


「せっかちだねえ。そんなに早いと女にモテないよ。ぼうや」


 後ろの男達が笑いだす。


 下卑た笑いだ。


 だが、動じない又左。


 慣れてるな。


 しかし、煽るな~。


 それに耳障りの良い声だ。


 おまけにしなを取るポーズ。


 完璧だ。


 是非、今夜お相手をお願いしたい!


「早くても腕には自信が有るぜ。さぁ、始めよう」


 さすが又左。


 下ネタには下ネタで返す。


 双六の盤の前にどっかと腰を降ろす又左。


「しょうがないねえ。お相手しようか」


 女も腰を降ろす。


 おお、揺れてる、すげえ揺れてる!


 く、これはダメだ。

 見てはいけない。

 見てはいけないのについ、目が行ってしまう。


 これはアレだ!俺達を動揺させる罠なんだ!


 勝負を前に俺達の集中力を削ぐとはやってくれる。



 俺達も腰を降ろす。


 向こうの男達も同様だ。


「じゃあ、始めようか」


 又左が賽子を持った。


 いざ、勝負!



 ………俺は見てるだけだけどね。

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