第五章 益州遠征

第27話 益州の張松

徐盛率いる呉の水軍に送られて襄陽に着いた孫尚香一行は襄陽城で数日間休息を取り魏延と胡車児はここでお役御免となった。襄陽に来ていた関平と廖化が護衛に付いて孫尚香を江陵へ送り届ける事になった。


「両将軍ともご苦労様でした。感謝致します。」


「過分なお言葉を頂き、有難うございます。」


「魏延将軍、私が言った事を心に留めて注意を払って下さい。」


「承知致しました。」


孫尚香は別れ際、呉に対する注意を促した。前世と違い孫尚香は劉備の元に居るので呉への抑止力になると魏延は考えていた。しかし呂蒙の狂気とも取れる荊州への執着心がそれを無力化する可能性もあるため先行きは不透明だった。


劉備は孫尚香の話と魏延の書状で先の一件を知ったが孫尚香が被害に遭っていないので呉に対して直接の抗議は行わなかったが国境付近の警戒を強める事で間接的に抗議をする形を取った。


*****


孫権は青州侵攻前で国内に波風を立たせるわけにもいかず、呂蒙以下襲撃計画に加わった者に対して将軍位の格下げと徐州への転属を命じるに留まった。その際に徐州に駐留している陸孫から周りに示しがつかないと厳罰をするべきだとする申し入れがあったが魯粛や徐盛から厳罰を科して軍の士気を下げるより罪を償わせる意味で最前線で功を競わせるべきだとの進言がありそちらを採用するに至った。


陸孫は陸軍都督に任命され青州侵攻軍の総指揮を執る事になった。当初は魯粛が総指揮を執る予定だったが先の件で不穏な空気になっている建業から離れる事が出来なくなったので留守を任されていた陸孫に白羽の矢が立てられるという経緯があった。


*****


曹操は益州の使者から救援要請を受けて、涼州軍との戦闘が膠着状態になっている隙に漢中討伐を再度行う事を決定、侵攻軍を編成して長安から五丈原を経て漢中へ向かわせた。


その情報を聞いた馬騰は漢中の張魯と手を結んでおり侵攻軍の牽制を目的として天水と安定を攻撃するため涼州軍を動かした。安定と天水を落とした涼州軍は漢中侵攻軍を五丈原で挟撃した。


虚を突かれた漢中侵攻軍は大打撃を被ったが長安からの救援を得て危機を切り抜けた。一方涼州軍は馬騰・馬休・馬鉄を失った事で勢いを削がれ金城まで後退する結果になった。


*****


張南は襄江沿岸を巡回している最中、襄江の渡し船から降りる十名ほどの集団を発見した。張南に気付いた集団の長は張南に近づいて拝礼した。


「某は益州の従事で張子喬と申します。この地は劉皇叔の支配下でしょうか?」


「この襄陽は劉備様が支配されている。太守は義弟の張飛様が務めておられるが。」


「是非とも張飛様にお会いさせて頂きたい。」


張松と名乗る男は張南に再び拝礼して懇願した。張南は魏延に相談する事にして張松らを連れて襄陽に向かった。


*****


襄陽に戻った張南は政庁に向かった。魏延は帰国直後から襄陽の政務を任されるようになったからである。張南から話を聞いた魏延は急いで張飛の元へ向かった。


「益州の使者が兄者に会いたいだと?」


「将軍がお会いになり用件を聞いてから我が君に取り次がれてはどうでしょうか。我が君にとって損な内容ではないと思われます。」


「分かった。直ぐに会おう。」


魏延の話を聞いて乗り気になった張飛は張松と対面した。


「某は益州従事の張子喬と申します。」


「襄陽太守の張翼徳だ。益州の従事がなぜ荊州に来たのだ?」


「益州を助けて頂きたいのです。」


「詳しい話を聞かせてくれ。」


張松の言葉に一同が唖然とした。魏延は前世で聞いていたので顔をしかめた程度だったがそれ以外の者からすれば驚くのが当然であった。


益州牧の劉璋は良くも悪くも平凡な人物である。平時では普通の州牧として無難に過ごせたが乱世においては優柔不断で決断力に欠けるので漢中からの攻勢に対応しきれず曹操に助けを求める始末である。


張松は劉璋の意を受けて許昌に向かい曹操と対面した。曹操は張松の要請を受けて漢中出兵を約束したものの尋ねる事は益州の内情や地勢など漢中とは無縁の事ばかりで張松も胡散臭さを感じていた。


数日後、人づてに曹操が漢中と益州の両取りを画策している事を聞いた張松は曹操に見切りを付けた。許昌から脱出して荊州に向かい劉備に窮状を打ち明けようと考え益州に帰国すると曹操に伝えて許昌から離れると荊州に向かった。


「張松殿、俺自ら護衛役になって江陵まで送らせてもらう。兄者も話を聞けば直ぐに援軍を出してくれる筈だ。」


「ご厚意に感謝致します。」


「魏延、張松殿を客舎へ案内してくれ。それと俺の手勢に出撃準備をさせてくれ。明朝出発だ。」


西蜀への遠征がいよいよ始まると実感した魏延だが龐統の件があるのでどうやって遠征軍加わるかを模索していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る