第23話 龐統、諸葛亮を諭す

張飛は役務を終えるといつものように張南と馮習を伴い魏延の屋敷を訪ねた。魏延の屋敷には龐統と胡車児が居候しているので襄陽の首脳陣が一堂に会する事になる。


「魏軍はしばらく動けないね。立て続けに三度も痛い目に遭えば誰だって手を出せないよ。」


「我らも魏に合わせて守りを固めろと云う事だな。」


「そうだね。けど曹操は頭が回るからこっちを油断させて攻める事もあるよ。樊だけでなく宛にも物見を送るべきだね。」


龐統は監視の範囲を拡げて継続するよう張飛に説いた。


「任せてくれ。明日にも向かわせよう。」


張飛は龐統の言う事に対して素直に従った。魏に関する話もそこそこに終わったので魏延は龐統に前々から聞きたい事があったので訊ねる事にした。


「軍師は呉をどのように見られてますか?」


「このまま劉孫同盟が続くかと云う意味だね。」


「その通りです。」


「ちょっと待て。兄者は孫権の妹を娶ったじゃないか。仲違いするとは思えんぞ。」


魏延の発言に張飛は異議を唱えた。張飛の考え方が一般的であり張南・馮習・胡車児の三人も同じ考えだったので魏延を怪訝そうに見た。


「今のところは盤石だがね周瑜や魯粛が居なくなれば状況も変わってくるよ。孫権は利害関係に聡い面があるから場合によっては掌を平気で返してくるだろうね。」


「自分の妹が嫁いだ相手を攻めるなど考えられんがな。」


胡車児が驚いた様子で言い返したが龐統は首を左右に振った。


「荊州を追われた劉備様が復活出来たのは孫権の援助があったからだよ。今はどうだい?こっちは荊州・交州の二州を治めているが呉は揚州だけだ。孫権にすれば気分が悪いはずだよ。」


「向こうの希望通り江夏を返したぞ。」


張飛は江夏を返した事実があるので呉の考えは暴論だと思った。


「それだけじゃ納得しないよ。まあ徐州や青州が取れたら話は変わるだろうけどね。」


呉が徐・青の二州を取れば領民の数では荊・交を大きく上回り、西に進めば予州を経て中原が視界に入るので呉としてもあらゆる手段を講じて手に入れようとしていた。


「駄目なら荊州や交州を寄越せと言うのか?」


「おそらくね。手に入れたのは誰の協力を得たからだ?と言われるよ。」


「なんて連中だ。」


張飛は怒りを露わにして吐き捨てるように言った。魏延は龐統が呉を相当警戒している事が分かった事が収穫だった。いずれ行われる西蜀遠征時を乗り切れば龐統が荊州で万全の態勢を敷いて魏呉を迎え撃ってくれると思いを馳せた。


*****


江陵と周辺の慰撫を終えた劉備は諸葛亮を伴い襄陽に向かった。龐統を軍の責任者として用いる為である。襄陽に着いた劉備は張飛率いる将兵を褒め称え褒美を与えた。


「龐統、貴殿を軍師中郎将として荊・交二州の兵権を預ける。」


「謹んで拝命致します。我が君の念願である漢室復興に一命を賭して臨む所存です。」


龐統は劉備と対面して内に秘める強い信念を察した。自身も全身全霊を傾けて臨まなければならないと改めて気合いを入れ直した。


「諸葛亮、左軍師の職を解き尚書令に任命する。荊・交の政務を委ねる。」


「謹んでお受け致します。龐軍師が心置きなく戦に臨めるよう全力で支えましょう。」


諸葛亮は兵権を龐統に移された事を内心残念がった。しかし諸将から信頼されていない事を肌に感じるようになり、自身も政務に専念する方が性に合っていると思うようになっていたので納得することにした。


*****


諸葛亮は政庁の外れにある一室に龐統を誘った。


士元龐統、魏延の事をどのように見ているか聞かせて欲しい。」


「構わないよ。そういえばお前さん、長沙で一悶着あったらしいね。」


龐統は笑いながら長沙での一件を茶化した。


「私の人物観察が原因です。しかし言うべき事は言っておかないと駄目な性分ですから。」


「それはお前さんの良いところであり、悪いところだよ。」


諸葛亮は毅然とした態度で答えたが龐統はため息をついた。諸葛亮は真面目すぎると思っていたが久しぶりに再会してみるとそれが全く変わっていなかったので龐統はそれを嘆いた。


「で、どうですか?」


「確かに凶相らしきものはあるだろうね。しかしあの男の忠誠心は本物だよ。劉備様の思いに応えようとする姿勢には一遍の曇りすら無いね。」


今度は龐統が毅然とした態度で答えた。龐統は魏延に凶相があったとしても劉備に対する忠誠心を考えればそのような見立ては意味を成さないと思っていた。


「士元がそこまで言うのなら間違いないでしょう。」


「そういう事だよ。今は関羽・張飛の二人が軍の纏め役だがね、二人の後は趙雲と魏延がその役目を担う事になるだろうね。」


「分かりました。私も心の中にある憂いはしまい込んでおきましょう。」


諸葛亮は魏延に対する見方を改める事にした。しかし反骨の相が具現化しないよう注意を払う考えだった。


「あっしも孔明に話があってね。」


「拝聴致しましょう。」


「西川を狙うよ。西蜀は別にして漢中で魏軍と大規模な戦いをする事になるだろうね。」


龐統は前世と同じく西蜀と漢中の両獲りを考えていた。具体的な情報が無いため構想段階だが漢中では大規模な会戦があると龐統は予測していた。


「荊州からの北上はありませんか?」


「呉に横腹を突かれたら終わりだよ。お前さんならそれ位承知済みだろう。」


「はい。あの国は荊州を狙っていますから。」


諸葛亮も前世では大軍師と称された傑物である。龐統や魏延と同じく呉が荊州に災いを為す危険な存在だと理解していた。

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