第14話 悩む諸葛亮

「提案を承りましょう。」


諸葛亮は魏延に発言を促した。


「この南郡攻撃と平行して襄陽を攻撃する事を提案致します。」


「襄陽を攻撃すると?」


魏延の提案に対して諸葛亮は否定しなかった。諸葛亮自身も襄陽攻撃を考えていたからだ。


「そうです。襄陽を取れば荊北南部全域を勢力下に置く事になり、北伐する際の拠点となります。また西の上庸を経て漢中を窺う事も可能になります。」


「襄陽は必要であるのは理解出来ました。しかし南郡を落としてからでも遅くない

でしょう。」


「それでは呉軍の二の舞になります。南郡が落ちれば魏軍は襄陽へ退却するでしょう。そうなれば襄陽の兵力は事実上増強されます。そこへ攻め込めば苦戦することは間違いありません。」


魏延は南郡と襄陽を同時に攻める事で互いに援軍を出せなくして兵力で互角の状況を作り出すものである。襄陽から南郡へ援軍が送られても守備兵を残す必要があるので数もしれている。仮にそうなれば襄陽攻撃部隊からすれば願ったり叶ったりの状況になる。


「魏延将軍の意見は承りました。状況を見据えた上で結論を出します。」


魏延の言い分には一理ある。しかし冒険を好まない諸葛亮からすれば襄陽攻撃に失敗すれば勢いが削がれて南郡攻撃に支障をきたすのではと考えた。


「襄陽を攻撃出来る機会は今しかありません。早急に結論を出して頂くようお願い致します。」


前世で襄陽を取らなかった事が後々の荊州陥落・関羽敗死に繋がったと考える魏延もここで引くわけにはいかなかった。


「将軍の言い分も分かりますが、将兵や兵站の再配置に時間が必要なのです。」


「ちょっと待ってくれ。」


張飛が魏延の肩を叩いて後ろに下がらせた。


「張飛将軍、何でしょうか?」


「襄陽攻めに再編成は必要ないだろう。俺が率いてきた援軍をそのまま襄陽に振り向ければ済む話だ。襄陽攻撃は俺に任せてくれ。失敗した時は俺を軍令に照らして裁けばいいだろう。」


諸葛亮は張飛に対して援軍は現状必要ないと答えていた。張飛はその点を突いて襄陽攻撃を認めさせようとした。張飛は諸葛亮の才は認めており一目置いているので慎重に攻めたいとする諸葛亮の言い分も何となく理解していた。しかし襄陽を攻撃するには今が絶好の機会にあると云う魏延の言葉がそれを上回っていた。


「軍師殿、張飛がそこまで言うのは襄陽を落とす自信があるからこそ。作戦を考えた魏延も居るので心配は無いと思いますが。」


黙ってやり取りを見ていた関羽が襄陽攻撃を支持する発言をした。周りを見ても関羽の発言に異を唱える者は居ない。こうなれば諸葛亮以外の全員が襄陽攻撃を支持した事になる。


「分かりました。張飛将軍に襄陽攻撃をお任せしましょう。」


「魏軍に気付かれないよう夜明け前に出発する。」


「戦果に期待しております。但し襄陽以北への攻撃は止めて頂きたい。」


「心得た。襄陽を取った後は守備に専念する。」


なし崩し的に始まった軍議は襄陽攻撃を決定した事で解散になった。諸将が去った後、諸葛亮は一人幕舎に残っていた。


「襄陽攻撃は魏延の言う通り今が絶好の機会だ。しかし一介の将軍が何を根拠に言ったのかが分からない。あの男は私の心を読んでいるのか、それとも私を上回る知略を持っているのか。私はどうすれば良いのだ?」


諸葛亮は魏延が凶相の持ち主である上に数手先を読むような策を出してくるので恐ろしくなっていた。関羽以下諸将は殆どが魏延の肩を持っているので理由を付けて魏延を遠ざけようとしても誰かに潰される。諸葛亮は魏延に対してどう対処すれば良いのか分からなくなっていた。


*****


軍議が終わった後、陳到は関羽の幕舎を訪ねていた。


「関羽将軍、軍師殿の態度は非礼過ぎます。」


叔至陳到よ、あれだけはどうにもならん。文長魏延が冷静に対応しているからそれを見守るしかない。」


関羽は陳到に対して今のところはお手上げという態度を示した。


「しかし、長沙のような事が起きないとも限りません。」


「魏延も一本気なところが有るから下手をすれば官職を辞して長沙に戻るかもしれん。何か良い手立てを考えねばな。」


次に何かあれば魏延は長沙に帰る可能性が高い。そうなると諸葛亮も軍令に従い裁かれる事になり軍師の居ない劉備軍は混乱を極める。関羽は将兵を束ねる立場として頭を悩ませていた。


「荊北平定が終わり次第留守居役を趙雲殿から張飛殿に変えるのはどうでしょうか。魏延殿も必然的に留守居役になりますので諸葛軍師殿とかち合う事も少なくなるでしょう。」


「それは良い考えだ。江夏に戻ったら我が君に進言してみよう。」


陳到の意見に従えばお互い交わる事が少なくなるので諍いが起きる可能性も低くなる。関羽は陳到の意見は名案だとして劉備に進言する事にした。

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