エピローグ 4
*
話してる途中で、だまりこむ兄を、僕は不安な気持ちで見つめた。
あの館から帰ってから、やっぱり少し元気がない。
猛らしくない気がした。
「兄ちゃん、大丈夫?」
「え? ああ。なんでもない。とにかく、じいさんは、おれたちを殺しあわせたかった。それによって、自分の殺しそびれた最後の一人を消したかったんだ」
「けっきょく、誰だったの? それ」
猛は、さみしそうに笑う。
「さあ。でも、じいさんが満足したんだから、死んだんだろ。そいつ」
「ひどい話だな。僕たちは捨て石にされたんですね」と、蘭さん。
まったくだ。恐ろしい。
僕は寒気をおぼえた。
「というと、あの人、これまでの半生、恨みに思う人の親族、全員、殺してまわってたってことだよねえ?」
「そうだろうな。もう立証は難しいだろう。時効になってる事件もあるだろうし」
猛は、ため息をつく。
「それって、すごい精神力だよ。ふつうは途中で満足したり、イヤになる。憎い相手は、まっさきに殺っちまってるんだろうし」
ほおづえをついて、蘭さんは、つぶやく。
「それほど深く、一人の女を愛したのか。うらやましいような、怖いような」
いやいや、蘭さんだって、そうとう激しいよ。大海くんに見せた執着とか。
「じいさんみたいなやつが、誰かに恨みをもって死ぬと、相手に、とんでもない呪いをかけるんだろうな。うちにかかってるのは、そういう呪いか」
なんたって、根絶やし……だもんね。
「おれは呪いとか、死者の霊とか、世間が言うような形で存在してるとは思わない。でも、死者の思いは、たしかにあるよ。死者っていうから変な感じだが、そいつが生きてるときに発した強い思いは、人や物や空間に、長く残り続ける」
兄ちゃん。食事中に怖い話、やめれ。
猛は、いつものポラロイドカメラを持ってきて、蘭さんに向けた。シャッターに指をかけるマネを、猛はしなかった。フラッシュが光り、シャッター音がする。
「蘭。おれには、そういうものが撮れるんだ。念写ってやつだ。おれが、おまえを撮ると、いつも、こういうのが撮れる」
猛の見せた写真には、蘭さんを中心に、金色の発光体が三つも四つも、よりそってる。
発光体は、ぼんやり人型をしている。
「ああ、やっぱり、ひとつ、増えてるな」
猛は、それを蘭さんの前に置いた。
「蘭。おまえが危険なめにあいながら、これまで大きなケガもなく、無事だったのは、こいつらのおかげだ。これは三十代くらいのキレイな女。おまえの母さんだろう。こっちの背の小さいのが、十代の女の子。おまえの最初のガールフレンドだよな。ちょっと遠慮がちに離れてるのが、高校のときの親友ってやつ。それから——」
猛は、ひときわ明るく、まぶしい光を指さした。
「これが、大海。大海の遺した、最期の思い」
蘭さんは、沈黙のまま、じっと、その光を見つめる。
「おまえは一人じゃないよ、蘭。こいつらが、いつも、そばにいて守ってくれてる。それに、これからは、おれや薫もいるんだし」
「猛さんって、ほんと、殺し文句がウマイんだ」
あ、また、猛が蘭さん泣かした。
でも、いっか。
蘭さんは幸せそうだ。
僕は思いだしていた。
蘭さんが言ってたこと。
絶海の孤島で、猫とウサギとオウムを飼って暮らすんだって。
あれって、僕らのことだよね。
華やかで賢いオウムは、蘭さん。
のんびりやで、ちょっと、どんくさいウサギが僕。
猛は猫っていうより、虎だけど。
ふだんは、ゆったり寝そべって、大きな尻尾をぱたぱた、ゆらしてる。
ウサギやオウムは、それで安心して、虎のそばで、のびのびしてられるんだ。
ここは絶海の孤島じゃないけど、それはもう、蘭さんも、どうだっていいはずだよね?
ぽろぽろ涙をこぼしながら、ほほえむ蘭さんは、これまで見たなかで、一番、きれいだった。
蘭さんをかこむ四柱の光が、一瞬、僕にも見えた気がした。
僕や猛にも、あんな光がついてるんだろうか?
父さんや母さんが? じいちゃんが?
そして、いつか、長い呪いの遺志も、時の力の前に風化して消えていくのだろうか。
そうならいいと、僕は思った。
兄ちゃんと百まで生きて(兄ちゃんには百四歳まで生きてもらわないと)、孫子にかこまれて、笑って大往生するんだ。
いつの日か、そんなときが来ることを、今は切に願う。
東堂兄弟の探偵録 日常編
第一話『アントリオンの定理』了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます