七章 探偵の死 1—2


 ここで、とうとつに僕は思いだした。


「ああッ! そうだった!」


 大声だして、僕は、みんなの注目をあびた。恥ずかしい。でも、それどころじゃない。


「猛、この部屋、誰かに一回、あけられてるよ。間違いない。蘭さんの言うとおりだ。大海くんは外から来た誰かに殺されたんだ」


「どういうことだ? かーくん」


「だって、ドアあける前に見たとき、ここに書いてあった名前、東堂薫になってた」


「……かーくん。かーくん。おまえの名前は?」


「東堂薫——だけど、違うんだよ」


 僕は恥ずかしながら、自分の地味な失敗をみんなに告白した。


「——というわけで、ほんとなら、この部屋の署名は、川西薫って書いてあるはずなんだよ。さっき見たとき、東堂薫になってたから、なんか変だと思ったんだよね」


「つまり、表の札は、おれたちが貼ったのとは別物ってことか」


 みんなが考えこむ。


「もしかして、あの札、うまく、はがして、再利用する方法あるんちゃうか?」


「それはムリだ。いつもドアあけるとき、やぶれてボロボロになるじゃないか」と、赤城さん。


 猛も賛成する。


「おれも、そう思う。だけど、何か方法があるんだ」


「水で、ぬらせば? ノリがふやけて、はがせるかもよ?」


 僕は思いつきを言ってみる。


「うん。まあ、試してみるか」


 猛が、そう言うので、とにかく、みんなで外に出ることになった。


 このとき、蘭さんが、こう言った。


「少しのあいだ、ここにいてもいいですか? 大海とお別れするから」


 猛が、だまっていると、


「心配しなくても、僕が大海を殺した証拠をいんめつするつもりじゃないですよ。疑うなら、猛さんだけはいてもいいです」


「しかたないな。みんな、さきに出ててくれ」


 猛が言うので、僕らは室内に猛と蘭さんだけを残して、外に出た。


「人数、少ななったなあ。五人かいな」


 なにげに三村くんが、つぶやく。


 たしかに、少ない。

 最初は一ダースだったのに。


 と、そこで、みんな、一様に妙な顔をする。


「あれ? 数、あわなくない?」

「あわんな。死んだんは柳田さん、アキト、速水、大塚やろ」


 そう。四人。それで今、室内に猛と蘭さんが残ったから、ここには六人いないといけないはずだ。


 けど、いるのは、僕、三村くん、赤城さん、馬淵さん、淀川くんの五人。


「あっ、湯水くんがいない」


「ほんまやな。おれへんかったんか。影うすいなあ。あいつ」


「昨日は大変でしたからね。誰か起こしに行ったほうがいいかもしれません」


 と、赤城さんが言うので、


「行ってくる」


 僕は申しでた。


 トコトコと走っていって、湯水くんのドアをさんざんノックする。


 だが、湯水くんの応答はなかった。寝てるのか起きてるのか知らないが、まったく反応ない。


 しょうがないので、いったん、あきらめて、みんなのところへ戻っていく。


 201では、ちょうど中から、猛と蘭さんが出てきたところだ。


「大海とお別れのキスをしてきました」


 やりかねん……。


「湯水くん、出てこない。シャワーでも浴びてるのかもね」


 猛は僕を見たけど、何も答えない。さては、なんか考えてるな。


「半紙は、ぬれてないな。おれが三部屋の確認したのは朝九時だ。それ以降に細工したのなら、まだ、ぬれてるはずだよな」


 なるほど。そのことですか。考えてたの。


「じゃあ、違うんじゃない?」


 やっぱり、猛は答えない。


 もう、無視するの、やめて。あんまり続くと、へこむよ?


 猛は妙に、しげしげと、やぶれた半紙を見つめている。


「兄ちゃん? どうかした?」

「ああ……」

「どうかしたんなら、答えてよ」


 猛はドアの一番高い位置に貼られた半紙を、指の関節でたたいた。


「これ、おれの字じゃない。似せてるが、なんか違う」


 そう言われると、そうかも?

 猛の字にしては、微妙に細いような。


「ていうことは、やっぱり、偽物?」

「やぶれてるから、はっきりとは言えないが」


 なあーーと、三村くんが言いだす。


「字をまねるんも模写みたいなもんやろ? トレペかなんかあれば、簡単に写せるで。写真かなんか、手本に撮っといて」


「トレペって?」


 僕のそぼくな疑問に、三村くんが答える。


「トレーシングペーパー。イラストや図面なんか描くときに使う、半透明の薄い紙や。かんたんに言えば、写しがきするためのもんやな。たしか、湯水、持っとった。イラスト描ける道具、一式、持っとったで。前に部屋、しらべたとき」


 湯水くんが……。

 なんか、いやな予感がしませんか?


「湯水くん、なんで出てこないんだろう?」

「あいつが、やったんちゃうか?」

「少なくとも、封印をいじったのは、彼のようですね」と、赤城さんも言う。


「行ってみましょう」

 そう言う蘭さんの目が、きびしくなっている。

 大海くんを殺されて、内心のいきどおりを抑えかねるようだ。

 ときおり見せる、怖いような冷徹な目だ。


 前のアキトくんのときみたいにならなきゃいいけど。

 いきなりスタンガンで、湯水くんに襲いかかるかも。


 僕らは蘭さんを先頭にして、湯水くんの部屋に向かっていった。


 僕は蘭さんのようすが心配だったので、途中で言ってみる。とにかく、少し落ちつかせなきゃ。


「でもさ。蘭さん。湯水くんは犯人じゃないよ。だって、外の細工はできても、カギがない」

「じゃあ、猛さんと湯水さんが、グルだったのかもね」

「蘭さん、まさか本気で言ってないよね?」


 蘭さんは答えない。

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