六章 密室 2—3


『優衣を殺したのは、おれか? でも、おれは知ってる。あいつが近ごろ、また誰かと浮気してたこと。


 相手の名前まで知らないが、たぶん同業者だ。


 おれに隠れて、毎日、こそこそしてた。


 あいつのほうこそ、おれを裏切ってたんじゃないのか?


 おれが、あの役をもらって、これからってときに、急に、よそよそしくなって……。


 別れをきりだしたとたんに、あてつけみたいに、あんな死にかたしやがった。


 あいつは、いつだって、そうだ。いつも自分勝手に、おれをふりまわす。


 そんなに、おれを妬かせたかったのか? でも、自殺はやりすぎだろ。死んじまったら、もう会えないじゃないか。


 なんでだよ。優衣。帰ってこいよ。おれが悪かったからさ。


 ほんとは、あの結婚の約束、延期したのは、事務所の方針だった。


 おまえだって納得したと思ってたのに……』


 このへんだけ読んでも、だいたい事情が飲みこめた。


 更科優衣は恋人の速水くんと結婚の約束をしていた。が、速水くんに大役が舞いこんできて、延期せざるを得なかった。


 その心のすきまから、柳田さんと浮気。速水くんに知られて、二人は破局した。


 そういうことのようだ。


「じゃあ、アキトくんを殺したのは、なんでだろう」

「アキトくんの悪口なら、ここに書いてありますよ」


 次のページを読んでた蘭さんが、その部分を指でしめす。


「二人は同じプロダクションの先輩後輩ですね。


 速水くんが、いい役をもらった腹いせに、アキトが更科さんに手をだして、二人の仲をかきまわしたみたいです。


 ほら、ここ。


『あのやろう。おれをコケにするだけなら、まだいい。よくも優衣に、あんな恥かかせて。絶対、ゆるさないからな。タマぶっつぶして、ゲロ吐かせて、二度と立たなくしてーー』


 あとは、僕の八重咲ですら使わない放送禁止用語がならんでいて、ちょっと僕には読めません」


 いや、けっこう、蘭さんの口から聞きたくない言葉、聞いたけど……。


 赤城さんが、ほがらかに宣言した。


「決まりだね。速水くんが柳田さんとアキトくんを殺した。やりとげて満足したのち、恋人のあとを追って自殺した」


「そうや。それで決まりやあ。いや、わかるもんやな。話しあい、大事やなあ」


「東堂さんが、みんなをまとめてくれたおかげですね」と、湯水くん。


 でも、そんなふうに言われても、猛の顔つきは浮かない。


 猛のミッションもクリアできたし、殺人事件も片づいたし、バンバンザイじゃないのかな?


 みんなで解決に導いた答えに、誰もが満足していた。


 時刻は午前五時。


 あらためて本人に返されたカードキーを持って、みんなは部屋に帰っていった。


「はあ……眠い。でも、おれのカギ、ないんやったなあ。まあ、今さら、もうええか? 事件解決やろ? 自分の部屋行くで?」


 猛は三村くんの顔をマジマジと見る。


「……いや、いちおう、警察が来るまでは、用心しとこう。念のためだ。三村は速水の部屋で寝てくれ」


「ええっ! 念のためって、なんでやねん。まあ……そうせえちゅうなら、したるけど。にしても、おれの寝るとこ、死体のとなりばっかやなあ。速水のとなり、アキトやで」


「アキトの部屋はキーが見つかったし、閉めておこう。封印もして。半紙のあまり、まだあるか? 蘭」


「あったと思いますよ。ええと……あの係は湯水さんでしたよね?」


「あ、はい。持ってますよ」


 半紙は残り二枚になっていた。


「おまえも、たいがい用心深いなあ。東堂。もう、それ、ええんちゃうん?」


「いいじゃないか。あまってるんだから。ついでに、おまえの部屋にもつけてやるよ。三村」


「なんでやねん……」


「だから、ついでだよ。面白いだろ?」


 うーん、何が面白いんだか、わからない。


 猛はそんなことに、稚気を刺激されるやつではないはずなんだけど……。


「じゃあ、僕とヒロくんで、猛さんの部屋を使うんですね?」


 蘭さんが、ちょっとイヤそうな顔をするのは、なんでだろ?


「……フトンは入れかえて、いいですか?」


 なんと、そこか!


 たしかに猛の部屋は、その前、馬淵さんの留置所になってたけどね。


 猛が苦笑した。


「どっちみち、フトンが二人ぶん必要だろ。おまえらの部屋にまわって、運んでいこう。三村、手伝ってくれるか?」


「しゃあないな。非力そうな二人やもんな」


「僕も手伝いますよ?」


 うろうろしていた湯水くんが言う。


 すかさず、三村くんが、つっこんだ。


「おまえも非力や」


 しかし、せっかくの厚意なので、湯水くんにも手伝ってもらう。


 僕たちは五人で、蘭さん、大海くんの部屋のフトンを運んだ。


「荷物はいいのか?」

「一晩、寝るだけですから、べつに、いいです。誰かが僕の部屋のカギ、かくし持ってるとは思えないし。猛さん以外は持ってても、意味がない」

「持ってないって」

「じゃあ、今夜、あなたの部屋に僕を入れるのは、寝てるあいだに、僕の『命』をうばいにくるためじゃないんですね?」


 猛は、ため息をついた。


「なあ、蘭。おまえ、ほんとに今でも、残りの人生をこの館で過ごしたいと思ってるのか?


 かーくんとも、大海とも会えなくなるんだぞ」


 蘭さんは答えない。


 決心が、ゆらいでるように見えた。


「そうだよ。蘭さん。僕は蘭さんと会えなくなるの、いやだなあ。ねえ、ヒロくんも、そう思うよね?」


 大海くんは大きく、うなずく。


「でもねえ、ストーカーをふせぐには、最高なんですよね。ここ」


 敷きぶとんをかついだ三村くんも言う。


「なんや。おまえ。そないな理由で勝ちたいんかいな。悪いこと言わんし、やめときや。絶対、さびしなんで」


「そう言いますけど、顔に硫酸、ぶっかけられそうになったんですよ。


 ものすごいPTSDわずらいましたよ。毎晩うなされるし、白昼夢まで見るんですからね。


 誰もいないはずの部屋の片すみに、硫酸のビンを持った女の黒い影が見えるんだ」


 三村くんは、ゾッとしたようだ。


「ハンパないなあ。おまえほどの美形になると、ストーカーも強烈。けど、女房かて、ストーカーにならんとは限らんで」


「まあ、それも一つの可能性ですよね」


 話しているうちに猛の部屋についた。馬淵さんの使ったフトンは廊下に出して、たたんでおく。


「馬淵さん。これ見たら、なんて思うやろな」


「馬淵さんは、そんな小さいこと気にする人じゃないよ。笑いとばすと思う」


 僕は保証した。

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