六章 密室 1—4


 つかのま、みんなは、たがいをうかがった。


「さっきも言ったけど、僕はバイトさきが同じだったんです。赤城さんの店です」と、大塚くん。


 ああ、と赤城さんが、納得の声をだす。


「君の顔、どっかで見たことあると思ったよ。そうか。すっかり忘れてたけど、メンズブティックだったころの?」


「すみません。ナイショにしてたわけじゃないんです。でも、赤城さんも忘れてるみたいだから、まあいいかなと……」


 アイサツやら何やらが、メンドウだったーーと。


「更科さんは、僕より、ずっと前から店にいる先輩でした」


「更科くんのことは、もちろん、おぼえてるよ。二年半ほど働いてくれたかな。


 メンズを休業したとき、新しいスタッフと合わなくて、やめてしまったんだ。


 よく働いてくれて有能だったけど、ちょっと歯に衣着せぬところはあったかな」


「僕のイメージじゃ、地味で目立たない子だったけど」


 蘭さんが意外そうに言った。


「まあ、夏休みをはさんで、ほんの四、五ヶ月、同じクラスだっただけだしね。二人きりで話したこともなかった」


「中二のときやろ?」


 という三村くんを、蘭さんは、けわしい目で、にらむ。


「同情されるの、嫌いです」


 三村くんは肩をすくめる。


「強気やなあ。おまえ、じつは、けっこう、気ィ荒いやろ?

 まあ、それは、ええねん。それより、おれ、ずっと、おまえに聞きたいことあってん。九重、おまえ、さっちんの彼氏ちゃうよな?」


「彼氏? 中学のときのことなら、あなた、知ってるんでしょう? それで、この前から、そんなふうに哀れみの目で僕を見るんだ」


 みんなが困惑した。


「話が見えませんね」


 赤城さんに言われて、蘭さんは、ため息をついた。


「僕は中学二年のとき、ちょっとした事件に巻きこまれたんです。


 殺人事件には無関係ですから、言いませんけど。


 三村さんは、どうもその事件を更科さんから聞いていたんじゃないかな? だって、更科さんは大阪から転校してきた」


「中一まで同じ学校やった。幼なじみちゅうやつや。


 中二のとき、あいつ、転校して、電話や手紙のやりとりが、一、二年はあったかな。


 そんとき聞いたけど、あいつ、九重に、あこがれとったみたいやで」


「うぬぼれじゃないですよ? 当時の女子生徒は全校の八割がた、僕にあこがれていたと思います。


 いちいち、みんなのこと、こっちは、おぼえてないですよ。


 更科さんは転入生だったから、ちょっと印象に残ってるだけ」


 三村君は苦笑した。


「さっちん、撃沈やな。じゃあ、おまえが彼氏、ちゃうんか」


「違います。僕は中学のとき以来、更科さんには会ってない。猛さんにも、そう話したけど……」と言ってから、蘭さんは考えた。


「でも、さっきの話だと……そうでもないのか」


「どういうことだ?」


 猛が、たずねる。


「じつは僕も、赤城さんの店、知ってました。参加者と深くかかわる気がなかったので、だまってたけど」


 ああッと、赤城さんが身をよじって、変な声をだした。この人、ときどき、おかしい。


「まさか、そうなのか? 君が、うちの店に来てくれてたのか! もっと店番しとくんだった!」


 おーい、赤城さん、大丈夫ですか?


 蘭さんは、ゾッとしたらしい。


「……三村さんは関西人だから、しかたないとして。


 なんで、あなたは僕のこと、知ってたんですか? 赤城さん。


 今のは、そういう意味ですよね?


 ストーカー……ですか?」


 赤城さんは、あわてふためいた。


「違う、違う! 僕も関西人! 実家は奈良。君のニュースを見たんだ。断じてストーカーじゃない!」


「………」


 あーあ。蘭さんの、あの白い目。


 ほんと、ストーカー、嫌いなんだな。まあ、わかるけど。


「いや、ほんと。信じてもらいたいなあ。それで君のこと、うちのメンズ服のイメージモデルにしてただけだよ。他意はない」


「そうですか? それなら……いいですけどね。でも、それで納得。どうりで、あなたの店、僕に似合う服、多かった。メンズのころは、よく行ってましたよ。よくって言っても、年に数回だけど」


 赤城さんは残念そうに唇をかんでる。ほんとに他意がないのか、ちょっと疑わしい。


「僕が気づかなかっただけで、更科さんに会ってたんだな。あっちが気づいてたかどうかは知らないけど」


「そりゃ、気づいとるやろ。なんせ、おまえやで」


「でも、あの頃はメガネにマスク、帽子で顔をかくしてた。気づくかな?」


「気づいてただろう」と、猛が断言する。


「おまえの容姿を知ってる人間なら、どんなに隠してても、気づくよ」


「でも、更科さんが、そんなこと言ってきたことないですけどね。もう、なんとも思ってなかったからじゃないですか? 僕のこと」


「それか、大事件おこして、十年たっても顔かくしとるおまえが、ふびんやったんか。声かけられへんかったんちゃうか?」


「そうかもしれませんね。どっちみち、そのていどですよ。僕と更科さんのつながりは。

 僕より三村さんのほうが、親しかったんでしょ? さっきから言ってる彼氏っていうのは?」


 三村くんは深刻な表情で、口をひらいた。


「たぶん、そいつや。さっちん、殺したんは」

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