五章 顔のない死体 2—2


「殺されよった……」

「死んでたのは、アキトだったんだ」

「馬淵さんが聞いた悲鳴は、このときのものなんだな」


 そのあと画面では、何者かの手がドア付近の壁をさぐり、電気のスイッチを押した。室内が暗くなる。


「ちゃんと監視カメラのこと考えてるな」

「速水が出てったんは、ナイフ持ってくるためやったんか」


 暗闇のなかを、何者かがうごめいていた。廊下から入るわずかの光で、それがわかる。ときおり、犯人のシルエットが、光のなかに黒く浮かんだ。


「何しとるんや?」

「死体の処理ですよ。浴室に引っぱりこんで、着替えさせて」

「それにしても、えらい長いな」


 暗闇の作業は十五分以上も続いた。

 このあいだにアキトは、速水くんの服を着せられ、自慢の顔をつぶされたのだ。

 そう思うと、僕はちょっとアキトが哀れになった。

 ナルシストのアキトにとって、それは死ぬよりツライことだったろうに。


 やがて、ふいにまた画面が明るくなった。侵入時同様、腕だけ入れて、犯人が照明をつけたのだ。

 そのとき、とじかけるドアのすきまに、犯人の姿が映った。

 ほんの一瞬だが、あまりにも意外な姿。


「なんや、今の!」

「あのカッコ。もしかして……」

「蘭、巻き戻し」


 蘭さんが急いで巻き戻す。

 ふたたび、再生。


「あッ、ここ——」

「ストップ。ストップ」


 画面が一時停止される。

 見間違いではなかった。

 たしかにドアのすきまに一瞬、映った影は、青いメイド服を着ている。髪も長い金髪のウイッグだ。


「あ——アリスだ」

「なんで、メイドが?」

「いや、速水くんが変装してるんでしょう。これなら監視カメラに映っても、人物の特定ができない」


 蘭さんが言うのも、もっともだ。

 柳田さんのときのように、シーツをかぶっていたのでは動きにくかったのに違いない。


(ん? 待てよ。ていうことは、柳田さんのときの経験をふまえて変装したってことで、同一犯の犯行か?)


 考えていると、そのあいだに猛がモニタールームを呼びだした。

 さっきと同じカッコで、野溝さんが座っている。


「あんた、さっきの画像、チェックしたか?」

「はい。今、こちらでも見ていました」

「じゃあ、確かめてくれ。アリスはどうしてる? 犯行時間、そっちにいたか?」

「確認済みです。アリスはその時間、自室で就寝中です。画像、送ります」


 なんと……メイド部屋まで監視カメラ付きなのか。

 なんのために? まあ、ありがたいんだけど。


 ふたたび、送られてきた画像チェック。でも、これは、ぜんぜん見ごたえのあるものじゃなかった。

 いや、女の子の寝姿、勝手に見るのって、べつの意味でドキドキしたけど……。

 化粧とったアリスは意外に地味だったものの、まあ、昼間の人物だということは確認できた。

 犯行時間には、すでにベッドのなかで、今にいたる。それだけ。


「他のメイド二人は?」


 猛……まさか、女の子の寝顔、見たいだけじゃないよね?


 僕の疑念には気づかず、猛はネココさんと、デレナさんの画像も要求した。

 いちおう見たが、これもアリスと似たりよったり。


「……やっぱり、こっちの人間かな」


 つぶやく兄は、なんだか心のなかで別のことを考えているような……。


「速水やろ?」

「まあな」と、三村くんへの答えも、なんか、てきとう。


「速水くんなら、まあ、なんとかアリスの制服、着れそうですね」


 赤城さんが、そう言って、猛や三村くんをながめる。


「私もそうだが、東堂さん、三村さん、それに馬淵さんにもムリだ。体格や身長がありすぎる」


「せやな。おれら着たら、バケモンやろ。笑えるわ。こいつらなら似合うやろけどなあ」


 むう。またもや、この『こいつら』は、僕、蘭さん、大塚くんのこと。


「けど、アリスの制服なんか、どこにあるんですか?」


 大塚くんが、せめてもの反抗を試みる。

 けど、僕はその答えを知っている。


「あったよね。地下の物置に。ねえ、猛?」

「ああ。クリーニングから返ったままのやつが、カツラとセットで置いてあった」


「エレベーターは夜の十一時には止まるんですよね? ということは、それ以前に運びこんで用意していたということになる。計画的な犯行ですね」と、蘭さん。

「速水さんを捜しましょう。このまま、放置しておくのは危険だ」


「それには賛成だけど、死んだのがアキトくんで、生きてるのが速水くんなら、事情が違ってくるぞ。速水くんは自分の部屋に立てこもってるんじゃないか?」


 赤城さんの疑問に、蘭さんが答える。


「監視カメラで見てもらえばいいですよ」


 名案なんだけど、残念。

 野溝さんに調べてもらうと、速水くんは自分の部屋のカメラに前もって布をかぶせていた。


「これじゃ、たしかめようがないなあ」

「封鎖してあっても、なかにいるかどうかは、半紙がやぶられるまでわからないし」

「ロック、そちらから外してもらうことはできないんですか?」


 蘭さんが、たずねたとき、猛の顔に、ある表情が刻まれた。

 しまったな、という、それだ。


 まさに兄の予想どおりの答えが、野溝さんから返ってきた。

「カードキーをお使いください」


 みんなが驚愕の声をあげる。


「カードキー?」

「なんだ? それ?」

「カードキー。川西さんは、まだ203をお持ちじゃありませんか?」


 野溝さん、もういいよ。やめてぇー!

 しかし、もう遅い。


「キーだ! キーがあるんだ!」

 とつぜん、淀川くんが、さけんだ。

「小部屋のドアをあけるキーが、存在してるんだあッ!」

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