四章 殺人ゲーム 三幕 1—2
*
ジャッジルームから出てきた淀川の腕を、猛はつかんだ。
「来いよ。アキトに謝罪しとこうぜ」
「べつに、おれ、悪くないし。ルールどおり、やっただけだし」
「わかってる、わかってる。けど、いちおう頭のひとつも下げとけば? そのほうが遺恨が残らないだろ」
もちろん、薫のための時間かせぎだ。
そのまま自分の部屋へ逃げこまれると困る。
しぶる淀川を食堂へひっぱっていく。
食堂へ帰ってみれば、すでにアキトは目をさましていた。
三村と赤城に両側から押さえられて、罵詈雑言を蘭にあびせていた。
猛と淀川が入っていっても、まったく見向きもしない。
あくまで、アキトのターゲットは蘭なのだ。
「心配なかったな。あんたのことは、どうでもいいみたいだ」
それを見て、淀川は安心してコーヒーを飲みだした。セルフコーナーのやつだ。
まあ、これで、しばらくの時間はかせげる。それにしても、アキトと蘭はまだやりあってる。
「おぼえてろよ! きさま、絶対、ゆるさないからな。絶対だからな!」
「そのセリフは聞きあきましたよ。同じことしか言えないのなら、けっこう。僕はおろかじゃないので、一度、聞いたことは記憶できます」
優しい口調で説き聞かせながら、そのじつ、バカにしてるとしか思えない蘭のセリフ。
猛は苦笑した。
(こいつ、たいしたタマだ。そのうえ、すごい策士だな)
度胸もあるし、頭も切れる。
他の参加者たちは、侮辱された蘭が怒って、あんなことをしたと思っているようだ。
だが、たぶん、違う。
ああいう状況を作れば、ハートを持って棄権したい誰かが、淀川のような行動をとると、とっさに計算したのだ。
そもそも、朝食の席での一件。
あれも蘭の策だったのだろうと、猛は読んでいる。
証明するには、蘭が盗聴器の存在に気づいていた証拠を見つけるしかない。
おそらく荷物をしらべれば、盗聴探知機を持っているのではないかと思う。
あるいは、特殊な経歴の持ちぬしだから、そういうものの仕掛けられた場所を知りつくしているか。
盗聴器の存在を知ったうえで、蘭が今朝のセリフを言ったのだとしたら、その後の劇的なハートの争奪戦は、容易に説明がつく。
あれは複数の人間がうばいあったのではない。
全部、蘭がやったことだ。そう。うばったのではなく、もらった。
このゲームには、賞金目当てで、負け抜けを考えている参加者が、かなり、まざっているはず。
それをふるいにかけるために、あんな方法をとったのだ。
あのとき、蘭は言った。
僕なら、ハートを三倍の三千万で買ってもいいと。
つまり、蘭に『命』を売れば、確実に三千万が手に入る。
負け抜け狙いの連中には、これは大きな魅力だ。
やりかたは、かんたん。
ただ蘭の部屋の前を通ればいい。
たとえ、廊下や天井に盗聴器が仕掛けられていても、声に出して相談する必要はない。
食堂での話の直後なら、目を見かわしあうだけで、意思の疎通がとれる。
きっと蘭は、そういう人物が来るのを待って、ドアのすきまから外をうかがっていたに違いない。
目くばせをかわしあって通りすぎたあと、蘭が追いかけ背後から襲う。
監視カメラでは、それが茶番であるとは見抜けない。
こうして蘭は、午前中だけで、四人のハートを手に入れた。
地下で物置をしらべていたとき、時間を気にしていたのは、部屋を留守にしていたくなかったからだ。
あれほど賞金に執着していた柳田や、他の三人も、ハートをうばわれても、まったく気落ちしたようすがないのが、何よりの証拠だ。
しかし、もし朝食の席で、誰も盗聴器の存在を指摘しなかったら——
そのときは、あのまま蘭の提案が受諾されていた。
本気の人間と、そうでない人間が、それぞれ意思表示してたわけだ。自殺志願者は、その場で失格になっていた。
むしろ、蘭にとっては、そっちが本当の狙いだったかもしれない。むだな労力をかけることなく、あだ花をつみとることができていた。
今また、アキトと淀川も、蘭の手で消えた。
朝、昼、二回の策謀で、蘭は生存者をたった五人にまで減らした。
どちらもリスクの少ない、いい作戦だった。
(残ったメンツ。意外なやつらだ。湯水や速水なんて、てっきり参加費目当てだと思った連中が本気だとわかる。油断して最初にカモにしてれば、抵抗されて、相討ちになってたかもしれない)
そういう危険をさけた的確な判断だ。
しかし、これからはそうもいかない。
残るは本気モードの連中ばかり。手荒な手段にも出るだろう。
(九重は、あなどれない)
猛は勝つ気はないが、今のところ負けるわけにもいかない。
薫のもそうだが、猛自身のミッションも、クリアするには時間が必要だ。
『あなたは探偵です。更科優衣を殺した犯人を見つけてください』
(更科って、誰だ? 優衣はたぶん、ユイと読むんだろう。女だよな)
猛が考えているうちに、アキトは怒って自分の部屋に帰っていった。
アキトなら部屋の並びが離れているから、薫のジャマにはならない。
「あ、大塚さん。これ、あげます。赤城さんにも。馬淵さんもですよねぇ? ええと……あと、誰だっけ? 変だな。なんで一個、あまるんだろ」
ゾンビバッジをくばりながら、速水がオロオロしている。
そのとき、速水より、速水のお手製バッジより、もっとオロオロして青くなった薫が食堂に戻ってきた。
「に……たけ……ちょっと」
猛に手招きする顔つきが、ふつうじゃない。
「かお——かーくん。顔色、悪いぞ」
「ちょっと……ちょっと来て」
薫は猛をホールのすみまで、ひっぱっていく。
まわりに誰もいなくなると、目に涙をうかべて抱きついてきた。
かっ……カワイイ。
今日も抜群のブラザーキラーだ。
「し……死んでる」
「え? 何が? いや、誰がって言うべきかな? また誰か『殺されて』たんだな?」
ゲームのことだと思った。ところが、薫は必死になって訴える。
「そうじゃないんだよ。ほんとに死んでるんだ。部屋のなかで……柳田さん……」
薫はポケットからカードキーを二枚だして、事情を説明する。
「わかった。とりあえず、見に行くぞ」
「うん……」
薫をつれて、二階へ上がっていった。
薫の言葉はウソではなかった。
柳田座長は死んでいた。
さわると、遺体はすでに冷たい。
「どうしよう。兄ちゃん。僕が殺したことになっちゃうの?」
「おまえは食堂に柳田さんの姿がなかったから、心配になって呼びにきたことにするんだ。ドアがあいてたから、のぞいてみたら、死んでいた——みんなに聞かれたら、そう言うんだぞ」
「うん……でも、そうしたら、キーのことは?」
「わかってるだろ。これは殺人だ。絞殺されたあとが、くっきり首に残ってる。もし、今、カードキーのことを知ったら、みんなパニックになるぞ」
「う……そうだけど」
「カードキーのことは、絶対に言うな。やけになったら、みんな、何をするかわからない」
「わかった……」
薫をときふせておいて、室内をしらべる。柳田の部屋には、カードキーはないようだ。殺人の証拠になるものもない。
部屋を出るとき、柳田の部屋のスリッパを片方、ドアのすきまに挟んでおく。
「ほら、こうしておけばいいよ。な? かーくん」
薫が尊敬のまなざしで、猛を見ている。
まったく、可愛い弟だ。
薫が頼りなければ頼りないほど、猛は、もっと自分がしっかりしなけりゃと思う。
生きるための勇気を、薫がくれる。
正直言えば、猛だって、いつ自分や家族が死ぬかわからない運命が、怖くないわけじゃない。
薫がいてくれたから、今日まで頑張ってこれた。
猛はもともと強かったわけじゃない。薫がいたから、強くなれたのだ。
(おまえが無事なら、それでいいよ)
薫は気づいているのだろうか。
たったいま、猛が、とても残酷な決断をしたことを。
兄弟がウソをついて隠しても、参加者のなかで一人だけは、カギの存在を思いうかべる。
なぜなら、犯人は知っているからだ。
犯人が出ていったとき、柳田の部屋のドアは、ちゃんとロックされたことを。
犯人に第二、第三の殺人の意思があるなら、必死になってカギを探すだろう。それによって、誰かの命が危うくなるかもしれない。
でも、一つだけ、はっきりしていることがある。
薫の部屋のカギは、すでに薫が持っている——
薫が無事なら、それでいいのだ。
世界でたった二人だけ、他者とは異なる運命を背負わされた兄弟だから。
そのために、ほかの人間が犠牲になれば、やはり猛はつらいだろうが、その痛みには耐えられる。
でも、猛は耐えられない。
薫の死の痛みには、耐えられない。
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