三章 殺人ゲーム 二幕 1—4

 *


 食堂とホールのあいだの廊下を走っていくと、ニャアニャア変な声が聞こえてきた。

 猫か? いや、違う。猫っぽいものだ。


「ご主人さま? どうしましたニャン? しっかりするですニャン?」

 猫耳のメイドさんだ。

 倒れてるのは、柳田座長。


「ミャーコ。どいてろ」

 そう言って、猛はメイドさんをどかした。

 するっと愛猫の名前が出てくるところが、涙ぐましい。ミャーコも自分がこんなに、猛に好かれてるとは、じっさい考えてないだろうな。


「大丈夫か? 柳田さん」

 ようやく、座長は気がついた。

「い——痛いじゃないか。なにするんだ」

 抗議してくるのを、猛が手で制する。

「おれじゃないよ。あんた、殺られてる」


 座長の首から、ハートが消えている。自分の手で確認した座長は、ため息をついた。

「ほんとだ……」

 誰かに、スタンガンでおそわれたのだ。


「姿を見なかったのか?」

「いきなり、後ろからさ」


 話しているところに、104のドアがひらいた。玉石みたいな、蘭さんの顔が、のぞく。

「さっきから、何をさわいでるんですか?」


 そこへ、ちょうど館内放送が入る。

「水色の光が消えました。柳田さんは敗退です」

「なるほど。ご愁傷さま」

「あんたの部屋の前、誰か通らなかったか?」と、猛。

「さあ。ドアしめてると、外の音は、あまり聞こえません」

「まあな」

「エレベーターで逃げたんじゃないですか?」


 座長が倒れていたのは、大浴場の前。つまり、すぐよこにエレベーターがある。


「かもな。姿を見られないように去るには、そのほうが早い」


 すると、猫耳さんが遠慮がちに口をはさんだ。

「あのぉ……ネココ、今、これで上がってきたんですニャン。ネココが使ったときは、ハコは地下にありましたニャン」

「地下?」


 はて、ここって、地下あったっけ?

 僕がたずねると、猫耳さんは耳のあたりで、猫っぽい手つきをした。肯定の意味かな?


「地下通路ですニャン。ネココたちスタッフは、ジャッジルーム入れないんでぇ」


 それで、朝食のとき、奥のほうに消えていったのか。


 蘭さんも興味をひかれたのか、部屋から出てくる。

「地下なんて、見取り図には書いてなかったですよね」

 蘭さんが開閉ボタンを押すと、エレベーターはそこに止まっていた。

「地下には何があるの?」


 蘭さんが聞くと、ネココさんはノラ猫みたいな目になった。

 ちょっと警戒心。

 なんで? 蘭さん、とびっきりの美青年だよ?


「物置がありますニャン」


「物置か。調べたほうがいいかな? 犯人が逃げて、隠れてるかもしれませんよ」


 蘭さんが言うので、僕ら(僕、猛、蘭さん、ネココさん)は、エレベーターに入った。


「おれはいいよ。任す」


 柳田座長は、手をあげて、去っていく。自分をおそった犯人に興味ないのか。


 僕ら四人を乗せたエレベーターは地下へ降りていく。


「そう言えば、このエレベーター、夜中は使えないんだね。昨日、止まってた」


 僕が言うと、ネココさんが説明してくれた。


「十一時の消灯時間になると、使えなくなりますニャン。朝は七時からですニャン」


 ふうん。消灯時間は十一時か。


 B1の表示が明るくなる。

 ドアがひらいた。

 地下は本当に殺風景な通路だ。

 カベも床も天井も、飾りけのないコンクリ打ちっぱなし。

 エレベーターに近いあたりに、右と左に一つずつ、ドアがある。


「どっちが物置なんだ? ミャーコ(兄ちゃん……そんなに、ミャーコが恋しいのか)」


「両方ですニャ。右はクリーニングから返ってきたもの。左は生活用品ですニャン。ご自由に使ってくださいませニャン」


 左右の物置をしらべることにした。


「あの、ご主人さま。ネココ、お仕事に戻っていいですニャン? 朝食の片づけしなくちゃいけないですニャン」


「ああ。ジャマして悪かったな。ありがとな。ミャーコ(……もういいや)」


 そこでネココさんは一階に帰っていった。いや、正確には、彼女がエレベーターに乗ったところで、猛が呼びとめた。


「ミャーコ。もう一つ教えてくれ。この通路を使えば、本館に帰れるんだよな?」


 あ、そうか。本館と往復できれば、だいぶゲームの進めかたが違ってくる。


 でも、ネココさんは首をふった。


「本館とのあいだにドアがありますニャン。バイオなんとかっていうので、登録してない人はカギがあけられないですニャン。スタッフとお屋敷の人しか、あけられないですニャン」


「まあ、そうだよな。せっかく造った監獄だもんな」


 猛が苦笑してるあいだに、ネココさんは去った。


 僕ら三人は物置のなかをしらべた。カギはかかってない。


 なかみはネココさんの言ったとおりのものが入ってるだけだ。


 右側にはフトンやシーツ、スタッフの制服などが、クリーニングのビニールかけたまま保管されている。


 左は日用品。トイレットペーパーや蛍光灯。文具類。非常食もある。かなり、いろんなものが、そろってた。


「あっ、かーくんの血だ」


 ニカッと笑って、猛が手にとったのは、今時めずらしい、ヨードチンキ。なかみが半分、なくなってる。


「ああっ、僕の血は赤チンだったのか!」


「でも、ロープは白いな。赤いのなんてない」


「そう言えば、あの赤いロープ、どうなったんでしょうね」と、蘭さん。


「ああ。かーくんを助けたあと、テーブルの上に置いて、そのままだな。メシのときには、もうなくなってた」


「誰かの私物だったということですね。持ち主が持ちさったんだ」

「まあ、そういうことだよな」


「なんで、ロープなんて持ってるんでしょうね。しかも、赤」

「おれに聞くなよ。趣味なんだろ」

「楽しそうな趣味ですね」


 蘭さん、そこ、笑うとこかな?


 物置に人は隠れてなかった。


 僕は戦利品として、さきイカのフクロを持ちだした。

 これは今すぐ食べるのではない。

 毎日、ちょっとずつ、ちょろまかして、自宅に持ち帰るのだ。

 一千万をもらいそこねた、ささやかな報復である。


(ふふふ。サラミも欲しいな。チータラもあったし、カシュナッツは外せない! あと赤飯だね。アルファ化米。さすがにツナ缶は重いか。ああ、全部、リュックに入りきるかなあ)


 貧乏所帯がしみついてるっていうか、これでマラカスふりたい気分になれるのだから、われながら幸せな人間だ。


 物置から出た僕らは、いちおう廊下のさきまで歩いていった。


 ジャッジルームと同じ金庫みたいなトビラが、行く手をはばんでいた。もちろん、ここも監視カメラが人の出入りを見張っている。


「じゃあ、僕、執筆の途中だったので、おさきに失礼します」


 見るべきものを見たと思ったのか、蘭さんは一人で帰っていった。


「なんか、あわててたなあ。なんで、あんなにいそぐんだろ」


 どうせ帰るところだったんだから、いっしょでも、よかったんじゃないだろうか。


 猛はそんな蘭さんを、思うところあるような目で見送っている。


「薫。あいつには、気をつけたほうがいいぞ」


 僕は兄を見あげた。


 なんで今さら、そんなこと言うんだろう?

 どうせ、僕のハートはなくなっちゃってるし。


 だが、兄の横顔は真剣そのものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る