三章 殺人ゲーム 二幕 1—2


 蘭さんに言われて、僕はあの呼びだし電話を思いだした。

 あれ、けっきょく誰だったんだろう。僕がなかなか浴場に来ないから、きっと、後をつけてきたんだ。


 僕のハートは、むざんにむしりとられていた。一千万は失った。ここは参加費だけでも守らないと。


「まあ、その……喉がかわいて」

「無用心でしたね」


 たしかに、うかつだった。やっぱり、猛が風呂からあがるまで待っとくべきだった。


 朝食はバイキング。

 メイドさんたちは支度が終わると帰ってしまった。なんか、ホールじゃなく、奥のほうへ歩いていく。


 食堂のテーブルは、四、五人用の大きな円卓が二つ。二人用の小さいのも二つだ。

 小さいほうは、今朝もバッチリ、ドラゴンメイクの淀川くんと、馬淵さんが一人ずつで占領している。

 あえて彼らに近づく勇者はいない。あとのメンバーは二つの大テーブルに、てきとうに分かれて座っていた。


 柳田座長の顔色が悪い気がする。

 気のせいだろうか?


 とつぜん、大塚くんが、ふうっと大きく息を吐いた。

「ウソや冗談じゃなく、本気でやるんですね。このゲーム」

「なんや。おまえ。びびっとんのかいな」

「ていうか、顔に『死体』とか書かれるのは、ちょっと……」

 あざ笑ったのは、アキトだ。

「だよねえ。あんなの書かれんの、ダサすぎ! おれがされたら、ママ、泣くね」


 僕は両手で顔をおおった。もう、その話題、やめてほしい。


「うう……あれ、女の子なら、泣いてるからね! ほんと」

「ええやんか。男やろ」

「そうだけど、スタンガン、痛かった! 痕、残ってた!」

「冷蔵庫に缶ジュースあんで。冷やしときいな」


 セルフコーナーの冷蔵庫か。どんな飲み物があるか、あとでチェックしとこう。


 僕がだまりこむと、急に蘭さんが立ちあがった。

「今だけ腹をわって話さないか?」


 あれ、どうしたんだろう。妙にまじめ。


「このなかで、ほんとに勝ちぬきたいやつ、何人いる?」

 蘭さんのこの言葉に、みんな、静まりかえった。


「僕が思うに、そう多くないはずだ。みんな、金が欲しいんだろう? だとしたら、早めに抜けたいやつは、ここで正直に名乗りでてはどうだろう」


 名乗りでるって……蘭さん、何を言ってるんだ。自殺は禁止じゃないか。


 蘭さんは続ける。

「僕は勝ちたい。賞金は、どうだっていい。名乗り出てくれた人には、ハートの賞金一千万、ゲーム終了後に僕から贈呈する。そのほうがゲームが短期で終わるし、抜けたいやつは、負けて一千万を失う心配しなくてすむ」


 なるへろー。うまいこと考えたなぁ。僕のハートがぶらさがってたなら、僕も乗ったよ。その話。


「でも、それは自殺になるんじゃないですか?」と、大塚くん。

「だから、ここで話しあっておくんだ。

 監視カメラの前でだけ、それらしく演技しておけば、自殺だとは思われないさ」

「ああ、そうですね」

 大塚くんはだまった。


 けど、今度は柳田座長だ。

「君、そんなこと言って、ちゃっかり賞金をひとりじめするつもりだろう。信じられない」


 すると、蘭さんはフロックコートのポケットから、高そうなサイフをとりだした。


 そのカードホルダーから、数枚ぬいて見せたのは……あれだ。

 初めて見たよ。ウワサに聞く黒とか金とかのカード。


「僕、金には困っていないんですよね。三十億とまでは言わないけど、それなりの資産はあります」


 か……金持ちだ。この人、すごい金持ちだ。まあ、見ためからして、そうだけど。


「なんなら、みなさんのハートを三倍の三千万で買ってもいいですよ」


 座長が目を丸くする。


「……なんで、そこまでするんだ」

「もちろん、勝ちたいからですよ」


 みんなは考えこんだあと、いっせいに顔をあげた。


「そうだな」

「いいんじゃないか?」

「よさげやなぁ」


 みんなの意見がまとまりだしたところで、今度は猛が立ちあがる。

「待てよ。おまえら、気づいてないのか? この別館のなか、あちこち盗聴器、しかけられてる」

「えっ、マジ?」

「なんで、そんなことわかるんだ?」


 猛は答えないで、つかつかと、壁ぎわに近づいた。

 観葉植物のかげにコンセントがある。そこから、タコ足配線用のプラグをぬきとる。猛はみんなの前で、プラグをふみつけてこわした。なかから、見なれぬ小さな機械が出てきた。


「おれ、特異体質だから、わかるんだ。機器類のそばに来ると静電気が……」


 さらに、猛はポケットから似たような機械をとりだし、ざらりとテーブルにならべた。


「昨日、寝る前に、おれの部屋のは全部、はずした」


 みんながそれぞれ盗聴器を手にとって、たしかめる。


「ようわからんけど、ホンマもんみたいやな」

「そうですね」

「けど、これ、勝手に外してええんか?」

「おれたちが許可したのは監視カメラだけだ。ルールにもなかったし、かまわないだろ」


 猛は宣言する。

「食堂も、これ一つじゃないはずだ。自殺志願を表明するのは利口じゃないな」


 うーんと、みんなはうなる。


 とつぜん、

「なんで、もっと早く言わないんだよ! そしたら全部、はずしてから、秘密会議できただろ」

 アキトが叫んだ。


 むっ。アキト。兄ちゃんに教えてもらっときながら、なんて自分勝手な。


「おれだって、全部の位置は把握しきれない。天井裏にしかけられてたら、お手あげだ」


 そうだ。そうだ。

 うちの兄ちゃんは盗聴探知器じゃないんだぞ。


 蘭さんが肩をすくめる。

「東堂さんの言うとおりだ。この話は、いったん、なかったことにしましょう」


 参加者たちはしらけて、もくもくと食事を再開する。食べおわると、そのまま去っていった。


「じゃ、かーくん。食い終わったら、作戦会議な」

「ええ……今さら作戦会議って言ったって……その前に僕の部屋の盗聴器もはずしてよ」

「じゃあ、おまえの部屋の、はずしながらしよう」

「猛の静電気体質も、たまには役に立つんだね」

「たまにはって……おれの存在理由を全否定するなよ」

「ごめん。ごめん。このタルトタタン、むちゃくちゃ、ウマイよ。猛も食べなよ」


 朝からガッツリ、肉料理&デザートをたいらげる兄弟をよこ目に見て、蘭さんが席を立つ。


 あれ、行くんだ。

 と思う僕に、指さきをひらひらさせて、蘭さんは自室の方角に消えていった。

 僕たちの作戦会議をジャマしない配慮だったのかも?


「ああ、うまかったぁ。この調子だと、ここにいるあいだに五キロは太っちゃうね」


 しかばねにされた悔しさを、朝めしでとりもどし、僕たちは103へ帰っていった。

 そのときだ。

 どこか廊下の奥で、変な声がした。悲鳴か……?


「なにあれ、猛?」

「行こう」

 僕らは急いで、声のしたほうへ向かった。

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